被災地への救援の輪が様々なところで広がってます。


私の大好きな音楽界からもたくさんの支援が。


嬉しい限りです。


地元のライブハウスも店長さんを中心に復旧作業をしていて、20日には再開をしました!

それと同時に、なんと新宿ロフトでも茨城県出身者のアーティストが集まり茨城を支援するイベントが行われたとのことで。


また実際こちらに帰ってきて、自らが先頭に立って救援物資を届ける活動をしてくれたり。


そして、ここ数日に発生した大問題!

ホウレン草などの農作物の出荷停止問題!


こちらについてもいち早い支援が。

しかも東京で!


茨城県の農家直送ホウレン草の無料配布をレコード店の店頭で実施。

たくさんの人達が貰いに来てくれたそうで嬉しいです。


大盛況につき今日もやるそうです。


今日は地元茨城の水戸ライトハウスでも行ったそうで。

こちらも大盛況に終わったみたいで明日も実施するみたいで。


基準値以下のものを捨てるなんて・・・

農家の方たちの心情を思うと・・・


今日は仕事の都合で行けなかったけど、明日は頂きに行こうと思います。


本当にささやかなことだけど、育ててくれた人たちへの少しでも恩返しになればと・・・。



また一歩、また一歩とこれまでの生活に戻りつつあるような気はするけれど・・・


ライフラインが完全に復旧し、仕事も通常通りに始まれば少しは気分も落ち着くかと思っていたけど、逆でした。


この約1週間のことを振り返る余裕が少し出てきて、怖さや不安などこれまでに味わったことのない感情が込み上げてきて、今更ながら涙が止まらなくなる瞬間があります。


昨日簡単に書いたように、被災地域の中でも私の状況はかなり良い方だと思います。


同僚の中には昨日やっと水道が復旧したという人もいます。


東北地方の人達に比べれば申し訳ないとも思います。


そんな私が泣いていられません。


だから今度は私が、少しでも一歩前へ進める人が増えるような手助けができればと・・・(大した力は無いけれど)。

こちらもまずは一歩。

節電・節水から。


そしてもう一つ、言いたいことが。


この震災の中で改めて、“家族” “親友”などのつながりのありがたさや優しさを再確認することが出来ました。


特に友人たち・・・。


自分達も水が出たばっかりだし、仕事も対応に追われて大変なのにお風呂に入れてくれた友人。食料があまり手元に無いにも関わらずご飯まで出してくれたり。一泊させてくれたり。


こちらの都合に合わせて、いつもとは違う時間なのにお風呂を用意してくれた友人。


自分の方がヒドイ状況なのに、私を気遣ってくれた友人。


ライフラインが復旧したばかりで落ち着きたいところなのに、情緒不安定になり参りぎみだった私を優しく迎い入れてくれた友人。

その人の前で大号泣したおかげで、かなり気分が落ち着きました。


家族、ご近所さん、避難所の職員の方・・・


その他まだまだたくさんの人達に助けてもらいました。


みんな、ありがとう。


いてくれるのが当たり前だって思っちゃいけない。

そばにいてもらえるように私がきちんと努力をしなくちゃいけない。


何度言っても足りないけれど、本当にありがとう。

東日本大地震から丸10日。


まさか自分が避難民になる日がやってくるなんて、思ってもみなかった。


茨城県在住の私です。

テレビなどでは東北地方ほど報道されて無いけれど、被災地域です。


私の住んでいる所では津波の災害は無かったけれど、いわき市や大洗などでは津波の被害が出ています。


しかしながら私の地域でも水道・電気が止まりました。(ガスは我が家はプロパンなので使おうと思えばすぐに使える状況でした。勿論、怖くて暫くは使わなかったけれど)


家の中の物は食器や本など結構落ちていたけど、家自体は屋根瓦が少し崩れたのと、部屋の中の壁数か所にひび割れができた程度でした。

余震も続き、家の中の片付けも終わらないし、なんと言っても電気・水道が復旧しない状況のため、その日と次の日の夜は役場に避難しました。


以下、簡単にこれまでの私の状況の経過を・・・。


11日:地震発生時は会社

    その後、会社近くの避難所へ

    電車の復旧見込み無し→そのまま避難所にて一夜を明かす覚悟を決める

    22時時点でまだ家とは連絡取れず

    同僚に送ってもらえることになり、0時前に帰宅

    親が役場に避難している旨、玄関前の張り紙で確認→結果、避難所で過ごすことになる


12日:早朝:給水車に並ぶ

    午前中、家の中の片付け

    午後、会社へ行き会社の片付け(道がかなりデコボコなのを目の当たりにしていかに激しかったのかを再認識)

    この日も夜まで電気・水道復旧せず

    夜は役場に避難


13日:家の中の片付け

    水戸市はライフラインが復旧し始めたため、友達の家に避難し1泊(お風呂にも入れた)


14日:途中スーパーに寄り、当分の食料を確保し会社へ

    帰宅途中、1時間半ほどならびガソリンを入れる(20L)

    夕方、電気が復旧(これに伴いガスをつけてみる)

    地震発生時以来、初めて自宅にて就寝(と言っても、眠りはかなり浅いしすぐに逃げられるようにリビングで寝る)


15日:自宅待機

    隣町で6時間スタンド開店待ちをしている友達のところへ差し入れを持って行く(結局、この後さらに4時間ぐらい

    待ったらしい)

    水道復旧せず


16日:会社に行く前に友達の家でお風呂に入らせてもらう

    夕方に帰宅

    水道が復旧


ここでようやく一段落つきました。         



役場では非常灯も付いてるし、水道は出ないけれどトイレの水だけは出る状況で、しかもそこそこ温かいなかで過ごせました。

電気も水道も同じ町の中でも一番早い復旧でした。


そう、この私のタイミングでもラッキーな方だったのです。

隣町では未だに水道が復旧してなかったりします。

きのうの夕方、やっと復旧した家もあります。


1週間以上も復旧しないなんて思ってもみませんでした。


もっと書きたいことはありますが、とりあえず今回は状況報告まで・・・。