ひとり移住暮らし

ひとり移住暮らし

多くの人生経験はやや波乱な方だと思う。
おぎゃーと生まれたときから、振り返れば本が書ける
逞しく強くそして自由に残された時間を過ごす。

東京から北国へ移住した理由は小さな詰め重ねの結果
波乱万丈の生き方だけど自然と空が見える環境で落とし前がつく
頼れない、聞けない、お願いできない、断れない性格が自信を苦しめる
ひとりで行動しひとりで遠慮なく生きる。
それが自分の選んだ選択。

このところ、なんだかパワーが無い

毎日何もしなくても時間が過ぎるけど・・・

 

いろんなことが頭をよぎり

まとまりがなく

方向性もバラバラ

 

遠い記憶が戻って来たり

思いもよらない夢を見たり・・・

 

こういう時期のことを何というのだろうか?

自己に問いかけるも

それだ!と言う答えもない。

 

こんな歳になっても

おかあさ~んと叫びたいとこだけど

その存在も居ないし

何より、胸元に抱かれたいと思う存在でもない。

 

亡き母は、私がいなければよかった。

そう思ってたと思う。

正確には、姉も私も、つまり子どもがいなければ・・・と

最後のベットで思ってたと思う。

 

私が叫んで飛び込みたい存在は、

「昭和莊のおばさん」だった

 

私の乳母と言うか、今でいうベビーシッターみたいな感じで

いくら支払してたのか?

どんな約束をしてたのかも不明

近所に住んでて、

正直、かなり貧困の苦難の人生のおばさんだった

 

4~5歳の頃、朝早くパジャマのまま家を出て迷子になった

お漏らしもして、泣きながら道を歩いてさまよう先に、

ともこ~!!と呼ぶ声の先には、母とおばちゃんがいました。

 

私は、母ではなく、

おばちゃ~んと泣きながら駆け寄り抱きついた記憶です。

 

のちに母は、寂しかったと言いましたが

私の中で、母は依存する存在ではなくなってたんですね。

 

そんなおばちゃんは、大きくなっても交流し

99才で天寿を全う

認知症も進み、ベットに寝たきり、

そして、誰のこともわからなくなって

世話をしているお嫁さんもわからない

 

そんなおばちゃんが、私が行くと

ともこかい?と呼ぶ。

(お嫁さん憤慨(笑))

 

家族と言うのは複雑です。

生い立ちから家庭環境は時に地獄

そして生活する場が、基本的人格を作ると思います。

 

小・中・高、そして就職

ずっと一人だったんだと今は分かります。

 

重すぎる話ですね(^^♪