真言宗では加持祈祷と言って、人々の願い事を叶えるべく拝むことがございます。

 

古来から様々なお願い事を受けて参りましたが、その中でも最近依頼されることが増えてきましたのは「癌平癒」です。

 

今や日本人の4人に1人が癌で亡くなっています。

 

多く人々を苦しめている病気ですが、その根本的な治療法は未だ見つかっていません。

 

そんな中、医者に見捨てられ藁にもすがる思いで真言密教の加持祈祷に頼る方々がいらっしゃいます。

 

「真言宗は魔法のような力で癌を治してくれると聞きました!ぜひお願いします!」

 

このような意気込みでお見えになる方がいらっしゃいますが、当寺院では檀家さん以外の新規の方のご祈祷はお断りしております。

 

なぜかと申しますのも、安易な気持ちで癌平癒を祈ることで、行者自身も癌になりやすいからです。

 

まず、そもそも癌という病気は普通の病気ではありません。

 

「業病」と呼ばれるもので、少々のことで手っ取り早く治ってくれるものではないのです。

 

加持祈祷をして、すぐに効果が現れ、癌が治る方もいらっしゃいますが、これは「本人の功徳がそれだけ高かった」という要因の方が大きいです。

 

本人の業が深く、どうしようもなくなったから癌になってしまった、と言うパターンです。

 

正直、そんな人をちょっとやそっと拝んだところで治るわけがないのです。

 

本気で治したいのであれば、これまでの非を悔い、自らの行動を改め、懺悔して、利他行に専念し神仏に帰依する心を持って護摩行に臨んでいただくのが良いかと思います。

 

しかし、大抵の人は何本か護摩木を書いて、平時と何ら変わりない日常生活を送っています。そんなことでは治る病気も治りません。

 

さて、ではなぜ行者が癌平癒を拝むと癌になりやすいかと申しますと、癌で苦しんでいる人の業を受けるからです。

 

癌で苦しんでいる人を拝むことで、行者はその人の業に関わっていくことになります。

そして行者自身の業に病人の業を取り込みます。病人は自身の業が少し減ることになるので、快方に向かいやすくなるのです。病人の業が減った分、そのまま行者に業が乗り移ってきます。

 

本来、真言宗の加持祈祷というのはそんな一個人の業に負けてしまうような脆弱なものではございません。

しかし、真言宗の加持祈祷の真価を発揮するためには、仏様と行者が一体になる「入我我入」という瞑想法が要となってきます。この入我我入ができないのです。

 

ほとんどの真言宗行者はできていません。大半は「出来た気になっている」と言った方が正確でしょう。

 

かく言う私も、まだまだ修行が足りないと感じています。

 

この入我我入ができてれば、拝む過程で病人からもらった業を仏様が吸収して法界へ持って帰ってくださるのですが、入我我入が中途半端だと、そのまま業を受けてしまい、行者は近い将来病気になると言うことです。

 

 

我々の業界では「力のない行者が癌平癒を拝めば行者自身が癌になる」と言われているのはまさにこのことです。

 

最近、境内に高々と「癌平癒に功徳あり」と告知しているお寺が見受けられますが、よほど行を積んだ素晴らしい行者さんなのか、はたまた怖さを知らない人なのか、甚だ疑問であります。