第四章 傷心の旅 4-③

 

『よう、陸、久しぶりだな、ニュースで見たぞ、お前、社長に就任したんだな』

 

俺に電話をかけてきたのは、田上健太郎、北海道に拠点を置き水産業の会社を経営しているやりての社長だ。

 

『親父さんは元気か』

 

『病気で入院している』

 

『そうか、それでお前が社長業を継いだってわけか』

 

『ああ、そう言うことだ』

 

『お前が会社に来ることになったから、優里ちゃんが会社を辞めたってことか』

 

『二年前俺と優里は別れた経緯を知っているのか』

 

『ああ』

 

『会って話がしたい』

 

俺は藁をもつかも気持ちだった。

 

『優里ちゃんが北海道にいることは知ってるのか』

 

『知ってる、俺が社長就任した日にまた付き合うことになった』

 

『嘘だよな』

 

『親父がまた優里に余計なことを吹き込んで、今度は俺が振られたよ』

 

『そうか』

俺の勘違いか、電話口の田上は何かを隠しているように感じた。

 

私は何事もなく平穏な日々が流れて、変わりのない毎日を送っていた。

 

店に一人の男性が現れた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「久しぶり、優里ちゃん、俺のこと覚えてる?」

 

私はすぐには分からなかったが、その男性の言葉で思い出してきた。

 

「田上健太郎、陸の大学時代の同期」

 

「あっ、すみません、すぐ分からなくて」

 

「大丈夫、三年くらい前だよね、会ったの」

 

「そうですね」

 

「会社辞めたんだ」

 

「はい」

 

「陸、社長に就任したんだな」

 

「はい」

 

「この間、陸に電話したんだ、二年前のこと覚えていないんだって?」

 

「そうなんです」

 

「優里ちゃんは全て知ってるんだろ」

 

「はい、陸のお父様から聞きました、陸は二年前のことは覚えていません、だからお父様に結婚を反対されて別れると伝えました」

「そうか、陸が俺に二年前のこと聞きたいって言ってきたんだ」

 

「えっ」

 

私は陸が真実を思い出してしまうのではないかと不安に駆られた。

 

「陸がもうすぐここに来るよ」

 

「絶対に黙っていてください、私と腹違いの兄弟だと知って、記憶を失うくらいの衝撃を二度と味合わせたくないんです、だから陸のお父様も私に告げたんです」

その時、店のドアが開いて陸が入ってきた。

 

「陸、久しぶりだな」

 

「ああ」

 

「突っ立ってないで座りなよ、優里ちゃん、二人の注文聞いて」

 

「はい」

 

おばさんが奥から私に声をかけた。

 

「俺はカニクリームコロッケ定食、お前は」

 

「じゃあ、俺も同じもの頼むよ」

 

私は二人の注文を聞いて、陸の顔色が良くないのに気づいた。

 

「陸、顔色良くないけど、体調悪いの?」

 

心配で堪らず陸に声をかけた。

 

「うん、食欲なくて、夜も寝られないんだ」

 

「病院行った方がいいんじゃないの」

「体調悪い理由分かってるから、放っておいてくれるか」

 

「でも、心配なんだもん」

 

「じゃ、俺のそばにいて飯作ってくれたり、俺に笑顔向けてくれたり出来るのか、出来ないなら口出さないでくれ」

 

私は何も言葉が見つからなかった。

 

「優里ちゃん、カニクリームコロッケ定食出来たよ、運んでちょうだい」

 

おばさんが項垂れていた私に声をかけた。

 

「はい」

 

私は二人のテーブルにカニクリームコロッケ定食を運んだ。

 

そして奥に引っ込んだ。

 

俺はなんて嫌な奴なんだ、折角優里が心配してくれたのに、ひどい言葉を浴びせて、久しぶりに顔を合わしたんだから、もうちょっと気の利いた言葉をかけてあげれば良かったのに、何やってるんだ、俺は、だから優里に子供だって言われるんだよな。

 

「おい、食べようぜ、冷めちまうよ」

 

田上は同い年なのに、いつも俺に気遣いを見せてくれる頼もしいやつだ。

 

「なあ、二年前、俺はなんで親父の反対を素直に受け入れて、優里に別れを告げたんだ?」

 

田上は答えを探している様子だった。

 

「それになんで俺はそのことを覚えていないだ」

 

「二年前は聞き分けが良かったんじゃないか」

 

「お前まで俺を子供扱いするのか」

「そうじゃねえよ、二年前は親父さんの言うことが絶対だったんだろう、今はお前が社長だから、その自覚があるし、優里ちゃんをパートナーとして認めてるってことだろう」

 

「だからなんだよ」

「二年前は自分の気持ちと親父さんの言うことを守らなくちゃいけない狭間で苦しんでた、人間は自己防衛のために嫌な記憶を封印することがあるらしいぞ」

 

「それだけか」

 

「俺はそれ以上は何も分からない」

 

田上は俺から目を逸らした。

 

明らかに何かを隠していると感じた。

 

「優里を説得出来れば俺と優里は結婚出来るってことだよな」

 

「親父さんも説得しなくちゃ駄目だぞ、親の反対を押し切ってまで優里ちゃんがお前と結婚するとは思えないからな」

 

俺はしばらく北海道に滞在することにした。

 

酒を煽って時間を費やしても、何も解決しない。

 

今度こそ、優里の事は諦めないと誓った。

 

俺は毎日優里の働いている定食屋に足を運んだ。

 

「何にしますか」

 

「焼き魚の定食を頼む」

 

「はい、焼き魚定食お願いします」

 

優里と目が合う。このまま連れ去りたい衝動に駆られた。

 

しかし、真実を確かめないと何が、誰が俺と優里を引き離そうとしているんだ。