第ニ章 なにも覚えていない彼②-2

 

『もちろん、会えるよ、打ち合わせがあるから、終わったら優里のアパートへ行くね、夕飯よろしく』

 

『了解、おやすみなさい』

 

『おやすみ』

 

そしてLINEは終わった。

 

良かった、明日また会えるんだ、安心したら涙が溢れてきた。

 

また、陸と離れ離れになったら、もう立ち直れないかもしれない。

 

心配なことは陸が私を覚えていないこと。

 

二年前の思い出なんかどうでもいい、陸が私を求めてくれてるのか、ただそれだけが重要だ。

会社ではもちろん会えないのはわかっていた。

 

早く仕事終わらないかなとそればかり考えていた。

 

仕事が終わって夕飯の買い物をしてアパートへ急いだ。

 

陸のことばかり考えていた。

 

まだ、何もわからない状態で、こんなにも陸でいっぱいの私は大丈夫だろうか。

 

もし、私を思い出して、やっぱり一緒にいられないなんて言われたらどうなってしまうんだろう。

 

陸とまた一緒にいられる喜びと、私を覚えていない不安が混在して素直には喜べなかった。

 

その頃俺は優里との関係に納得出来ない自分に違和感を感じていた。

 

なぜ、優里の携帯番号が登録されていたのか。

 

二年前、俺は優里と付き合っていたのか。

 

それならどうして別れたんだ。

 

二年前俺は何をしていたのか、全く思い出せない。

 

俺は秘書の阿部に確かめた。

 

「なあ、二年前俺は誰かと付き合っていたか」

 

「また、そのお話ですか、この間も申し上げましたが、私は社長のプライベートまで管理しておりません」

 

「森川優里を知っているよな」

 

阿部の顔色が変わった。

 

「あ、はい、総務部の社員ですよね」

 

「二年前、俺は彼女と付き合っていたんじゃないか、そして何か理由があって別れた、そうだよな」

 

「社長は誰ともお付き合いはされていなかったと記憶していますが……」

 

「だって、優里が、いや、森川さんが二年前俺から別れを告げられたと言っていた、どうして別れを告げたんだ」

 

「優里様は何か誤解をされているんじゃないですか」

 

「優里様?」

「いえ、森川さんにはお近づきにならない方がよろしいかと存じます」

 

「どうして?」

 

「私は詳しいことは存じ上げません」

 

「親父が言ったのか」

 

阿部は答えに困っている様子だった。

 

俺は親父の入院先の病院へ向かった。

 

「親父、体調はどうだ」

 

「おお、陸、わしは大丈夫だ、お前は仕事はどうだ」

 

「なんとかやってるよ」

 

「そうか」

 

「なあ、親父、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

「なんだ、仕事のことか」

 

「いや、違うよ、森川優里のこと」

 

俺の言葉に親父は顔色を変えた。

 

「やっぱり何か俺に隠していることがあるんだろう」

 

「別に何もない」

 

「俺は二年前森川優里と付き合っていた、でも何かの理由で別れを告げたってことか」

 

親父は何も返す言葉がないような様子だ。

 

「理由はなんだよ、なぜ俺はその時の記憶がないんだ」

 

「優里と会ったのか」

 

「優里?」

 

「いや、森川くんだったな」

 

「俺は優里と結婚したいと思ってる」

 

「それは駄目だ」

 

親父は声を荒げた。

親父は興奮したためか、呼吸が苦しくなり、俺はナースコールをした。

 

「すみません、親父が苦しがっているんです、お願いします」

 

すぐに担当の医師と看護師がきて処置を施した。

 

俺はしばらく廊下で待機していたが、親父の容態が落ち着いたのを確認して、

病院を後にした。

 

なんであんなに優里とのことを反対するんだ。

 

しかも親父は優里と呼んでいたし、阿部は優里様と言っていた。

 

どう言うことだ。

 

優里に問題があるとは思えない、それなら問題は俺なのか。

記憶がないことに関係があるのか、もしかして俺はとんでもない病気でもあるのか。

 

俺は会社に戻り、秘書の阿部を捕まえて詰め寄った。

 

「親父は森川優里との結婚をものすごい勢いで反対した、理由を教えろ」

 

「あのう、私は何も存じ上げません」

 

「お前にとって優里はどんな存在だ」

 

「我が社の社員です」

 

「お前は社員を様をつけて話すのか」

 

阿部は答えに困っている様子だった。

 

そう言えば優里はどんな経緯でこの会社に入社したのだろうか。

親父の知り合いなのか。

 

俺はこの日の夜、優里のアパートへ行き、事の成り行きを話した。

 

「優里、優里はどう言う経緯でこの会社に入社したの」

 

「私は大学を奨学金を借りて入学して、卒業後、就職活動がうまくいかなくて途方にくれていたの、母は私が二十歳の時病気で他界して、誰も頼る人がいなかったんだけど、その時、陸のお父様が当時社長で、電話をくださって……」

 

「親父はなんで優里の連絡先をしっていたのかな、この会社も受けていたの?」

 

「うん、落ちたけどね」

 

「落ちたのに親父から連絡あったんだ」

 

「そうなの、手違いがあって受かってますって」

 

「そうか、優里のお父さんは?」

 

「母はシングルマザーで私を育ててくれて、父のことは何も教えてくれなかった」

 

「なあ、俺の秘書の阿部って知ってるよな」

 

「知ってるよ、未だに独身って何かあるのかなって皆噂してる」

 

「ああ、別に何もないけど、その阿部が優里を優里様って言ったんだ」

 

「優里様?」

 

「心当たりある?」

「ないよ、お嬢様じゃあるまいし、陸の聞き間違えじゃないの」

 

俺は考え込んでいた。

 

二年前に何かがあった、そして俺は優里に別れを告げた、親父が倒れて俺が社長就任することになり、優里と再会した、また俺と優里の事を親父は反対している。

 

「なあ、優里、二年前、俺は何か言っていなかったか」

 

「好きな女が出来たから別れてくれって」

 

「それだけ?」

 

「うん」

「誰とか、どうしてとか俺を問い詰めなかったのか」

 

「だって、そんな余裕ないよ、陸の方こそなんで覚えてないの」

 

「わかんねえ」

 

「優里と結婚したいって言ったらすげえ反対された」

 

「えっ結婚?」

 

優里はびっくりした表情を見せた。

 

「なんでそんなに驚いてるの」

 

「だって、陸は社長さんだし、私との記憶はまだ浅いし、結婚を考えるほど私に魅力があるとは思えないし……」

 

俺は優里の手を引き寄せ抱きしめた。

 

「陸?」