第一章 突然の再会①-2
陸はニッコリ微笑んでくれた。
うそみたい、また陸と食事出来るなんて……
「連絡先交換しようか」
「えっ?」
「駄目?」
「大丈夫です」
そして、陸と連絡先の交換をした。
私のスマホには陸の番号が残っていた。
二年間ずっと消す事が出来なかったのである。
陸の番号変わってないんだ。
私は頬の筋肉が緩んだ。
陸は自分のスマホをじっと見つめていた。
どうしたんだろう、私の番号は既に消してあるだろうから、登録すればいいのだが、画面を見て全く手を動かそうとしない。
「どうかしましたか」
「森川さん、下の名前なんて言うの?」
「優里です」
「どんな字?」
「優しい里で優里です」
「そうなんだ」
「はい、あのう……」
俺は城之内陸、親父が突然倒れて城之内建設の社長に就任した。
右も左も分からない状況で、いきなり社長って参った。
社長なんて器じゃないし、どうすりゃいいか戸惑っていた。
そんな中、総務部に挨拶に行くと、総務部の部長が俺に紹介してくれたのが森川さんだった。
小ちゃくって可愛くて、俺より年上だなんて思いも寄らなかった。
しかも、俺を見つめて頬を涙が伝わった。
えっ、俺、なんかしちゃったかな。
彼女は「昔のことを思い出しちゃって」と言っていた。
俺は彼女をそのままの状態にはしておけなかった。
そして外に連れ出した。
俺に取って森川さんとは初対面の記憶しかない。
でも、森川さんは俺を知っている感じを受けた。
しかも、連絡先を交換した時、スマホの画面には「優里」の文字があり、森川さんの番号は登録済みだった。
どうしてだ、全く思い出せない。
そして俺と森川さんは会社に戻った。
俺は森川さんを総務部へ送り届けて、社長室へ向かった。
「社長、何をなさっているんですか」
いきなり、雷を落としてきたのは、秘書の阿部だった。
阿部は親父の秘書をしていた凄腕の社員だ。
阿部亮二、四十五歳、独身。
モテない訳じゃない、彼女はいるみたいだが、結婚しないのだ。
俺はと言うと、彼女がいた記憶がない。
えっ、俺ってそんなにモテないのか。
「なあ、俺って彼女いた事ないのか」
阿部の顔色が変わった、いつもこの話になると、阿部ははっきりしない。
「社長のプライベートまで把握しておりません、これから取引先の会社にご挨拶に伺いますよ、支度をしてください」
「めんどくせえな、挨拶明日からにしようよ」
「何を子供みたいな事を仰ってるんですか、さ、出発しますよ」
俺は渋々出かけた。
私は陸と番号交換をして、また一緒の時間を過ごせる喜びに胸を弾ませていた。
でも、私の事全然覚えていない様子だった。
どう言う事なんだろう。
仕事が終わり、夕飯の買い物をしてアパートに向かった。
アパートに着き、今日一日の事を思い出してにやけてしまった。
でも、陸は社長さんなんだよね。
それに付き合いがまた始まったわけじゃないし、社員に対する優しさなのかもしれない。
そう、陸は本当に優しい人だった。
別れ話も遠慮がちに、言葉を選んで、伝えようと必死だった。
あんまり、深入りしちゃ駄目だよねっと自分に言い聞かせた。
夕飯を作ろうとした時、スマホが鳴った。
スマホの画面は陸だった。
「社長、どうなさったのですか」
「あ、森川さん、取引先に挨拶に行ってもう、くたくただよ」
「お疲れ様です」
「悪いんだけど、飯食わして貰えないかな」
「大丈夫ですけど、どちらに伺えばよろしいですか」
「森川さんのアパートに行ってもいいかな」
「えっ」
「駄目?」
「駄目じゃないですけど」
「スマホに住所送って、これから行くから」
「はい、分かりました」
社長は何を考えているかさっぱり分からない。
私の事覚えていないような素振りを見せたり、まるで寄りを戻そうとしているみたいに甘えてきたり、何があなたの本心なの?
そう言えば、はじめて会った時もこんな感じで甘えてきたよね。
それから陸のペースにハマっちゃって、男女の関係になったのもあっという間だった。
それからまもなく陸はやってきた。
インターホンが鳴ってドアを開けると陸がニッコリして立っていた。
「森川さん、ありがとう、助かったよ、上がってもいい?」
「どうぞ」
食事の支度をしていると、その間陸は私の部屋を見回していた。
「社長、あんまり見ないでください、恥ずかしいですから」
「俺は森川さんのアパートにくるのは初めてだよね」
陸は二年前まで何度もきた事がある。
どう言う事なの、二年前の事はなかった事にしたいの?
それなら、普通は二年前は別れる気持ちが最優先だったから別れを言ったけど、今はやり直したいって流れでしょ。
それなのにあくまでもはじめてを押し通すつもりなら、私にも考えがあるんだから。
二年経って初めてかのように接してなんなの?
「はじめてですよ、食事食べたら帰ってください」
「なんか怒ってる?」
「怒ってなんかいません」
「絶対に怒ってるよね」
「胸に手を当ててよく考えて見てください」
陸は自分の手を胸に当てて考えていた。
「わかんないよ、俺、森川さんに怒られる事したかな」
「あなたは社長で、私は社員です、いきなり電話してきてご飯食べさせてって、
社長といえどもそんな権限ないですよね」
「俺はそんなつもりはない、森川さんは話しやすいし、頼みやすいし、頼っちゃたのは事実だけど、社長の権限を使ってなんてつもりはないよ」
私はちょっと言い過ぎたと反省した。
「ごめん、そうだよね、恋人同士じゃあるまいし、遠慮しろよって感じだよな」
「すみません、言い過ぎました」
「ちょっと森川さんの違う一面見せて貰ったな、帰るよ」
えっ、私はなんでこんなに怒っちゃったの?
陸と一緒に食事出来るなんてすごく嬉しいはずなのに……
はじめましてでも、なんでもいいから、一緒にいたい。
引き留めなくちゃ、優里、引き留めるのよ。
「あのう、食事食べて行ってください」
「本当?いいの」
「はい」
私は陸と過ごす時間が、こんなにも癒されてずっと求めていた時間だと気づかされた。
「めっちゃ、うまいよ、森川さん、料理上手だね」
「そうですか、社長の好みで良かったです」
それはそうだろう、陸が大好きなメニューばかりだから、二年前も褒められたっけ。
陸がどうして二年前をリセットして、私と向き合おうとしているのか分からない。
でも、今私が一番求めているのは、陸との時間。
陸は社長だから、陸と結婚出来るとは思っていない。
それに、彼女は別にいて、私は都合のいい女だけかもしれない。
そう、期待するとまた悲しい思いをする事になる。
そんなことを思い巡らせていると、陸が予想を遥かに超えた言葉を発した。
「森川さん、これから時々ご飯食べにきてもいいかな」
陸はニッコリ微笑んだ。
この笑顔に私は弱い。
素直で優しくて少年のような心を持っている、そんな陸に私は惹かれた。
私が体調が優れない時は、いつも優しく接してくれる。
そういえば陸が怒ったところは見た事がない。