第一章 突然の再会
私は、森川優里 三十八歳、城之内建設に勤務している。
この日、社内は大変な騒ぎになっていた。
新社長が就任するとの事だったのである。
その人物は城之内陸 三十歳、城之内建設の御曹司である。
そして私の元彼、そう、私は二年前に陸と付き合っていた。
父親の仕事は継ぎたくないと別の会社に就職していた。
城之内建設社内で、私達は出会った。
「すみません、社長室は何処ですか」
そう言って私に声をかけて来たのが陸だった。
それから二年間交際を続けて来た。
私の中ではこのまま交際が続いて行くと結婚かなと勝手に思いを巡らせていた。
ところが陸は突然、私に向かって信じられない言葉を投げつけた。
「優里、俺と別れてくれ」
「えっ、今なんて言ったの?」
私は突然の彼の言葉に困惑して、聞き直した。
私の聞き間違いかもしれないから……
「俺と別れてくれ」
やっぱり聞き間違いではなかった。
でもどうして、別れは突然やってくる、そんな事は分かっているが、まさか本当になんの前触れもなく、そう、喧嘩した事もない、意見がぶつかった事もない、一週間前には彼のマンションで愛を確かめ合ったばかりだった。
普通ならプロポーズの展開なのに、別れを突きつけられるなんて、私は呆然と立ち尽くした。
「ごめん、急に」
「理由を聞かせてくれる?」
「ほかに好きな女が出来た」
彼は俯いたまま、わたしの顔を見ようともせず答えた。
「そうなんだ」
私は淡々と答えた。
いつかはくるかもしれないと思っていた。
当時、陸は二十八歳、私は三十六歳、陸が二十台の可愛い女の子を好きになる事はあり得る事だと思っていた。
私は涙一つ見せず「分かった」と答えていた。
私と陸は別れた。
それから二年、陸とは一度も会っていない。
私の働いている会社は陸のお父様が社長を務めている会社だ。
陸が会社に来る事はあるかもしれない、私は微かな望みで敢えて会社を辞めず働き続けていた。
でも、陸は会社に来る事は一度も無かった。
ところが、二年経った今日、新社長として現れる、私は戸惑いを隠せなかった。
どんな顔して会えばいいの?
何を話したらいいの?
でも、陸は社長、私は平社員、接点などあるはずもなく、そんな心配は無駄だと気づかされた。
それに、私達は今となってはなんの関係もないのである。
私と陸の交際を知っていた親友奈緒子にも、はっきり言われた。
「優里、彼は社長、そして二人の関係はとっくに終わっているんだからね」
「そんな事言われなくてもわかってる」
いや、私はわかっていなかった。
一言でもいいから言葉を交わしたいと微かな望みを抱いていた。
私は総務部に勤務しており、陸はまず総務部にきた。
「皆、新社長が挨拶にお見えになる、手を止めてくれ」
部長が入り口から奥に通路を開けて、新社長を迎え入れる準備を始めた。
私は一番遠い後方の席なので、陸は気づかないだろうとしょぼんとしていた。
陸が総務部に足を踏み入れた。
二年経った陸は頼もしい感じを受けた、さすが社長に就任すると違うのかなと、二年前の陸の姿を思い返していた。
「新社長に就任致しました城之内陸と申します、右も左も分からない状況ですので、ご指導をよろしくお願いします」
そして、部長が私を呼んだ。
「森川、前に出てこい」
嘘、私?
私は咄嗟の出来事に狼狽えてしまった。
部長は私を陸に紹介した。
「総務部の森川優里です、何なりと聞いてください」
「森川優里と申します、よろしくお願いします」
私も挨拶をした。
そして、顔を上げて陸と目が合った。
陸はじっと私を見つめた。
陸との二年間が走馬灯のように蘇る。
私は胸が熱くなり、涙が溢れてしまった。
陸は私の涙を見て「大丈夫?」と言って涙を拭ってくれた。
思いがけない出来事に私は「すみません」と言って一歩後退りした。
「いや、俺の方こそ初対面の女性に触れてしまって、申し訳ない、これ使って」
そう言って陸は私にハンカチを渡してくれた。
「すみません、ありがとうございます」
私は陸のハンカチを使わせて貰い「洗ってお返し致します」とハンカチを握りしめた。
この時、また会えるかなとずるい考えが芽生えたのである。
でも、なんで私と初対面だなんて言ったんだろう。
この時は陸の気持ちは分からなかった。
もしかして、陸の中では私との事は既にリセットされているのだろうか。
意識しているのは私だけ?
陸は不思議そうな表情をして私を見つめた。
「俺、なんか気分を悪くするような事言っちゃったかな」
「いえ、私が勝手に昔の事思い出して泣いちゃっただけです」
「森川さんだっけ?泣き虫なの」
「はい」
私はずっと俯いていた。
彼は部長に向かって「森川さん、借りていいかな」と思いも寄らない言葉を発した。
「構いませんが……」
「じゃ、借りるね」
彼は部長にそう言うと私の手を引き寄せ「ちょっと付き合ってくれる?」そう言って、
私と共に総務部を出て行った。
「社長、どちらへ行かれるのですか」
「ちょっとドライブ」
陸はそう告げると、私にニッコリ微笑んで、駐車場に向かった。
「あの、ドライブって、仕事中ですが」
「いいから、いいから」
陸はそう言って私を車の助手席にエスコートしてくれた。
もしかして、私が泣いていたから気分転換に誘ってくれたの?
でも、それは社員思いの社長としての言動?
それとも……
私は大きく首を左右に振ってないないと自分に言い聞かせた。
優里、期待なんかしちゃダメだよ。
二年前の事忘れたの?はっきり私は振られたんだから。
いやだ、また涙が出て来ちゃった、どうしよう。
「森川さん、大丈夫?」
陸に覗き込まれて、二年前に戻ったような錯覚に陥った。
そして、とんでもない事を口走ってしまった。
「陸、なんで私は振られたの?」
「えっ、森川さん、振られたの?信じられないな」
私は我に返った。私ったら何を言ってるんだろう。
「すみません、忘れてください、私、変な事言っちゃって」
「なんかわかんないけど、森川さんを振るなんて、その彼今頃後悔してるかも」
えっ、どう言う事?
なんか全然話が噛み合っていない。
本当に私の事覚えていないの?
私は思い切って彼女の存在を聞いてみた。
「社長は彼女いらっしゃるんですよね」
「彼女?彼女はいないよ」
「じゃあ、以前いえ二年前にはいましたか?」
「二年前?どうかな、覚えていないな」
「あの、私と初対面って言っていましたけど、二年前に会ったことないですかね」
彼は一生懸命考えている様子だった。
「覚えてないな、初対面だと思うけど……」
「そうですか」
やっぱり私のことは覚えていないんだ、どう言う事だろう。
「気分転換になった?」
「はい」
「それじゃ、会社に戻るか」
私は一か八か賭けに出た。
私を覚えていないなら、食事に誘ったら付き合ってくれるかもしれない。
「あのう、気分転換に連れ出して頂いてありがとうございました」
「大丈夫だよ」
「お礼にお食事行きませんか」
言っちゃった、断られるのを覚悟して勇気を出して見た。
「いいよ」