第九章 引き離された二人

 

しかもまりえさんじゃなくまりえって呼び捨て。

 

私も思い切って呼んでみた。

 

「おはよう、亮」

 

亮はニッコリ微笑んでくれた。

 

お互いに一緒にいるんだと疑いもしなかった。

 

お父様に亮と一緒に居たいと自分の気持ちを伝えてみようと思った。

 

それなのに……二人の間には大きな壁が立ちはだかって二人で一緒にいることを許してはくれなかった。

 

それから二人で実家を訪れた。

 

「まりえ、気持ちは落ち着いたか」

 

「はい、お父様にお話があります」

 

「話は後で聞くよ、それより真山くんを解放してやらんとな、ご苦労だったな」

 

「いえ」

 

「また、依頼があったときは連絡するよ」

 

「あのう、小出氏に自分もお話があります」

 

「改めて聞くことにしよう、今日はこれで引き取ってくれんか」

 

「かしこまりました」

 

私と亮は引き離された。

「まりえ、今度の見合いの相手は初婚だ、三十五歳の建設会社の社長だ」

 

「お父様、私、お見合いは致しません」

 

「何を言い出すんだ」

 

「私は真山さんと一緒にいたいんです」

 

 

「この間も話しただろう、彼はボディーガードだ、お前を守ってくれるのは仕事だからだぞ」

 

「違います、私と亮は昨日愛を確かめあったんです」

 

「だから、お前は世間知らずなんだ、男は愛がなくとも女を抱けるんだ」

 

「そんなことはありません」

 

私は自分の部屋に入った。

 

すぐにでも亮に抱きしめてほしかった。

 

私はスマホを握りしめて、亮に電話をかけた。

 

しかし、いくら呼んでも亮はスマホには出なかった。

 

その頃、お父様が先に亮に連絡して、私とのことは諦めるように手を回していたのだ。

 

「真山くん、まりえは小出ホールディングスを継ぐ立場にある、小出ホールディングスを任せられる男性と結婚させる、君はその立場ではないことくらいわかっているね」

 

俺は何も返す言葉がなかった。

 

「それに、君には可愛らしい妹さんがいたね、ちゃんと妹さんを守ってあげなさい、この言葉の意味がわかるだろう」

 

俺はまりえさんを諦めることしか選択肢はなかった。

俺はまりえさんからの着信に出なかった。

ごめん、まりえ、俺は情けないくらいに力がない男だ。

 

小出氏の前になすすべがなかった。

 

俺はさゆりに仕事が終了した旨の連絡を入れた。

 

「さゆり、仕事終わったぞ、どこか行きたいところあれば付き合うぞ」

 

「まりえさんは?一緒でしょ?」

 

「いや、もう会わない、会えないんだ」

 

「どうして?」

 

「まりえは小出氏が決めた相手と見合い結婚する」

 

「何それ、お兄ちゃんそれで引き下がったの、いいの?それで」

 

「いいも何も仕方がないんだ」

 

俺はスマホを切った。

 

私は元の生活に戻った。

 

運転手付きの車での送迎で仕事場に行っている。

 

「まりえ、ボディーガードさんはどうしたの」

 

久崎社長が真山さんの姿が見えないことに不思議に思って尋ねてきた。

 

「私、実家に連れ戻されたんです」

 

「えっ、そうなの?ボディーガードさんはお役目御免になったの」

 

「そうなんです、父に無理矢理引き離されたんです」

 

「真山さんと連絡取ってるの?」

 

私は首を横に振って項垂れた。

 

「どうして?」

「連絡取れなくなっちゃったんです」

 

「圧力かかったわね」

 

私はいくら世間知らずでも、この時の久崎社長の言ってる意味は理解出来た。

 

私を諦めるように脅したんだ、きっと。

 

私が亮を求めれば求めるほど迷惑がかかるんだ。

 

そんな時私にお客様が現れた。

 

「まりえさん、お客様がお見えになりました」

 

「私に?」

 

誰だろう。

 

応接室に入ると、若くて可愛らしい女性が会釈してくれた。

 

「はじめまして、真山亮の妹で真山さゆりと申します」

 

亮の妹さん。

 

私は慌てて挨拶をした。

 

「はじめまして、小出まりえです」

 

さゆりさんはいきなり私につっかかってきた。

 

「なんでお兄ちゃんと別れたんですか」

 

別れたってまだ付き合ってもいないのに……

 

「あのう、私と亮は、いえお兄さんは付き合ってませんけど……」

 

「お兄ちゃんをもてあそんだんですか」

 

「あのう、もてあそぶなんてそんなことはしていません」

 

「なんで連絡してこないんですか」

「連絡したわ、でも電話もLINEも折り返しをくれないのはお兄さんの方よ」

 

「お兄ちゃんから積極的になれないことくらい分からないんですか」

 

やっぱり、お父様が亮にわたしを諦めるように、連絡取らないように言ったんだ。

 

「このまま、まりえさんは結婚していいんですか」

 

「そんなことはないけど、どうすることも出来ないわ、それに私を守ってくれるのは仕事だからかなって……」

 

「やっぱり、何もご存じないんですね」

 

「えっ」

 

「お兄ちゃんはまりえさんを十年前からずっと好きなんですよ、一途にまりえさんだけ見つめて生きてきたんです」

 

そう言えば、十年前から彼女いないって言ってた。

 

「十年前の事件をきっかけに、お兄ちゃんは、まりえさんにあんな思いを二度と味合わせないようにボディーガードの実績を積んで、まりえさんのお父様の信頼を得るために、必死に仕事に打ち込んできたんです」

 

十年前の事件?

 

「十年前の事件ってもしかして……」

私の中には記憶はない、そして亮が教えてくれなかったこと、そのことを聞き出すために知っている感じで切り出した。

 

亮の妹さんは話しはじめた。

 

「そうです、まりえさんが一人で行動して襲われそうになった事件です、あの時お兄ちゃんが助けなければ、まりえさんは襲われていたでしょう」

 

そんなことがあったなんて、だからお父様は私のボディーガードに亮を選んだの?

 

でも、私の結婚相手には相応しくないと判断して、私を諦めるように脅したってこと?

 

亮はずっと私を愛してくれていた。

 

あの時、十年前のこと、話してくれなかったのは、私に事件の真相を知らせないため。

 

お父様が私を一人で外に出さなくなったのも、十年前からだった。

 

「まりえさん、もしかして、事件のことは記憶になかったんですか」

 

「さゆりさんのおかげで不思議だったことがやっと繋がったわ、お父様も亮も必死に隠してきたんだから、ずっとモヤモヤしていたの」

 

さゆりさんは頭を下げて謝った。

「ごめんなさい、私、てっきりまりえさんは知っているものとばかり思っていたから」

 

「いいのよ、ありがとう」

 

「お兄ちゃんに連絡してあげてください」

さゆりさんはその場を後にした。

 

そんなこととは知らずに、俺はまりえを忘れるために悶々とした日々を送っていた。

 

ある日さゆりから連絡が入った。

 

「さゆり、どうした?」

 

「お兄ちゃん、ごめん、私、まりえさんに事件のこと話しちゃったの」

 

「どう言うことだ」

 

「お兄ちゃんが一途にまりえさんを愛しているのに、お見合いして結婚しちゃうなんて信じられなくて」

 

「お前」

 

「仕事終わったって聞いて、まりえさんとこの先も一緒にいるのかと思ったら、連絡取ってないって聞いて、まりえさんがどう思っているのか確かめたかったの」

 

「もう、いいんだ、まりえは結ばれない相手なんだよ」

 

この時さゆりは俺に心配させようと嘘をついた。

 

「お兄ちゃん、まりえさん、事件のこと聞いて相当落ち込んでいたよ、今頃泣いてるかも」

まりえは事件のこと聞いてショックだったのかもしれない。

 

俺は居ても立っても居られない状況に、まりえの元へ走り出していた。

 

まりえの仕事場に到着すると、ちょうどビルから出てくる久崎社長の姿があった。

 

「久崎社長、まりえは大丈夫でしょうか」

 

「あら、まりえのボディーガードさん、どうしたの?」

 

「まりえは落ち込んでいたり、泣いていたりしていませんか」

 

「そんなに心配ならずっと側にいたら?」

 

「それは……」

 

そこへまりえが姿を現した。

 

「亮」

 

「まりえ」

 

俺はまりえに駆け寄り、人目もはばからず抱きしめた。

 

「大丈夫か、俺は心配で居ても立っても居られない、俺がずっと守るから」

 

「亮」

 

まりえに対する気持ちが溢れて止めることが出来なかった。

 

「亮、ごめんなさい、父が何かひどいこと言ったんでしょ」

 

「そんなことはないよ」

 

「私は亮と一緒にはいられない」

 

亮の表情が変わった。

 

私は自分の気持ちを貫き通すと色々な人に迷惑がかかる。

小出ホールディングスの後継者のこと、亮のボディーガードとしての仕事のこと、妹さんのこと。

 

久崎社長が言っていたように、父の圧力がかかって迷惑がかかるなんて耐えられない。

 

亮は愛してはいけない人なんだ。

私の言葉に亮はしばらく黙っていた。

 

でも意を決したような表情に変わって言葉を発した。

 

「まりえ、俺はお前を抱いた時、生涯守っていくと決心したのに、小出氏に考えを改めるように言われ、お前を一旦は諦める道を選んだ、でもさゆりからお前が事件の真相を知ってしまったと聞いて、居ても立っても居られなかった」

 

「亮」

 

「俺の側にずっといろ、生涯お前を守る」

 

「ありがとう、亮、嬉しいよ、嬉しいけど他の人に迷惑をかけて私だけ幸せになるわけにいかない、ごめんね」

 

私は久崎社長に頼まれた書類を渡して社内に戻った。

 

「まりえ」

 

亮の声はわたしの去っていく後ろ姿に届くことはなかった。

 

俺は頭を抱えて項垂れた。

 

そんな俺に久崎社長は声をかけてくれた。

「真山くんだったわよね、まりえの本心じゃないことくらいわかってるんでしょ」

 

「はい、でも……」

 

「ちょっと時間いい?話があるの」

 

俺は久崎社長の話を聞くことになった。

 

「十年前の事件、犯人は小出氏に恨みを持つ男だったらしいんだけど、最近もまりえを狙ってる男がいるって情報を掴んだんだけど、何か感じない?」

 

「実は自分も感じてました」

 

「やっぱり、小出氏はまた最近敵を作る行動が目立ってきてるみたいなの」

 

「そうですか」

 

「実は小出氏からまりえを結婚させて、仕事は辞めさせるって連絡あったのよ、まりえは自分さえ我慢すればあなたに危害はないって、仕方なく小出氏の言う通りにすると決めたみたいなの」

 

「それであんなことを言ったんですね」

 

久崎社長は大きなため息をついた。

 

「多分、まりえがこれ以上あなたと一緒にいると、自分が決めた相手と結婚しないと言い出すって警戒したんじゃないかしら」