第六章 気づく大好きな気持ち
まりえさんとの別れが現実のものになって行くと、どうしようもない淋しさに打ちのめされそうになった。
「真山くん、どうかしたか」
「いえ、なんでもありません」
「ではよろしく頼むよ」
そしてスマホは切れた。
俺は小出氏からの連絡をまりえさんに伝えた。
「まりえさん、お父様から連絡があり、明日道玄坂の美容室に予約を入れてあるので、向かうようにとのことです」
「道元坂?どうやっていけばいいの?」
「自分がお送りします」
「本当に?」
「はい、それから帰りなんですが、ご実家に戻るようにとのお父様からの伝言です」
「いやよ」
まりえさんははっきりと強い口調で言った。
「荷物をまとめてください」
そう言って俺はまりえさんに背を向けた。
私はどうすることも出来なかった。
自分の寝室に行き、荷物をまとめた。
これで、真山さんともお別れ、お見合いの相手と結婚させられるんだ。
私は真山さんが好き、自分の気持ちがはっきりと分かった。
涙が溢れて止まらなかった。
次の日の朝、真山さんは私を美容室まで送ってくれた。
「まりえ様、お久しぶりですね、お元気でしたか」
美容室で私に声をかけてくれたのは、以前私のカットをお願いしていた美容師さんだった。
「ゆかりさん、今こちらの美容室で働いているの?」
「はい、実はお父様の計らいで、三ヶ月前からこちらにお世話になっています」
ゆかりさんは結婚して、その後出産を機に育児に専念するため、仕事を休んでいた。
そうだ、ゆかりさんは真山さんと同世代だ。
「この度はおめでとうございます、お見合いなさるとお聞きしました」
「お見合いするんじゃなくて、させられるのよ」
私は俯いた。
「まりえさん?もしかして好きな男性でもいるのですか」
「えっ」
ゆかりさんにズバッと言われて、戸惑いを隠せなかった。
「お父様にそのこと伝えたのですか」
「伝えたよ、でもその男性はずっと私の側にいる立場ではないって言うの」
「どう言うことでしょうね」
「実は私をボディーガードしてくれている男性を好きになったの」
「ああ、そう言うことですか」
「うん」
「おしゃべりに花が咲いてしまって、お見合いの時間に間に合わないと困るので、急ぎますね」
ゆかりさんは急いで、でも丁寧に仕上げてくれた。
「着物なんて成人式以来かな」
「今は着る機会がすっかり減りましたよね、はい出来ました」
「さすが、ゆかりさん」
「良かったです、間に合って、あっ、ボディーガードさんにここまで来てもらいましょう、まりえさん、ちょっと待っていてください」
ゆかりさんは真山さんを迎えに行ってくれた。
ゆかりさんは車のガラスをトントンと叩いた。
俺は車から降りた。
「真山くん?」
「ゆかり」
「まりえさんの支度が出来たから迎えに来てくれる?とっても綺麗よ」
「ゆかりがまりえさんの担当美容師さん?」
「そうよ」
俺はゆかりについていき、まりえさんを迎えるべく上がって行った。
美容室に入ると、着物姿のまりえさんに見惚れてしまった。
「やだ、真山くん、まりえさんに見惚れちゃったの?」
「あの、ゆかりさん、真山さんとお知り合いなの?」
「そうなんです、高校の同級生なんです、ね、真山くん」
「真山くん!」
「あ、そう」
「まりえさんがすごく綺麗だからって、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
しばらくまりえさんをじっと見つめてしまった。
「ボディーガードさん、そろそろ出発しないとお見合いの時間に間に合わないわよ」
俺はゆかりに言われて我に返った。
「まりえさん、行きましょうか」
「うん」
まりえさんは気乗りしない様子がありありと感じられた。
まりえさんを車までエスコートして、後部座席に座らせた。
お見合いのホテルまで俺とまりえさんは一言も話さなかった。
俺はまりえさんを連れてその場から消えたかった。
惚れた女が今まさに他の男とお見合いをしようとしている、多分まりえさんはこの男と結婚するだろう。
他の男のものになるくらいなら、いっそこの場から連れ去りたいとよからぬ妄想が俺の脳裏を駆け巡った。
駄目だ、そんなこと出来るわけがない。
私はこれからお見合いをしようとしている。
きっとお見合い相手の男性と結婚させられるのだろう。
私は真山さんが大好き、それなのにどうして真山さんと一緒にいられないの?
真山さんにこの場から連れ去ってもらいたいのに、そんなこと出来るわけがない。
そんな気持ちをよそに車はホテルに到着してしまった。
「行ってらっしゃいませ」
お見合いの相手は小出ホールディングスの取引先の息子さんだ。
離婚歴があり、年齢は四十五歳。響亘。響不動産の副社長である。
「二人で少しホテル内の庭園を歩きましょう」
「はい」
当たり前かもしれないが、私の足元も気にせず、先に歩いて行ってしまう。
真山さんなら「まりえさん、足元気をつけて、うっかり屋さんだから、心配で仕方ないですよ」と言われちゃう。
私は「うっかり屋さんって、ひどい、私だって転びたくて転んでいるわけじゃないわよ」と頬を膨らます。
真山さんは「そうですね、大丈夫です、いつも自分がまりえさんを守りますから」そう言って見つめ合う。
響さんは会話もなければ、私を気遣う態度もない。
真山さんと一緒の方が楽しいと思ってしまった。
響さんは仕事熱心で、きっと私を大事にするタイプではないような気がする。
一番に響さんと一緒にいても心がウキウキしない。
真山さんとは一緒にいてドキドキする。
そんなことを考えているうちに、お見合いの時間は終盤を迎えた。
「まりえさん、またご連絡致します」
響さんはそう言ってその場を後にした。
私は真山さんが待っていてくれるであろう、ホテルの正面入り口に急いで向かった。
でも真山さんの車はなかった。
私はすぐにスマホで真山さんに連絡を取った。
「はい、真山です、まりえさん、お見合いは終わりましたか」
「真山さん、どこにいるの?ホテルの正面にいないんだもの」
「すみません、裏に回るように注意されて、すぐに向かいますので、ロビーで待っていてください」
「早くきてね」
「かしこまりました」
私はロビーで待機していると、真山さんの車を目視した。
ホテル正面入り口に向かった。
真山さんは車から降りて、走ってくる私を受けとけようと近づいてきてくれた。
私は思いが溢れて、真山さんに抱きついた。
「まりえさん」
真山さんも私をぎゅっと抱きしめてくれた。
このまま時が止まればいいのにと願わずにはいられなかった。
「すみません、実家にお送り致します」
私はお父様の元に逆戻りしてしまった。
「お父様、ただいま戻りました」
「おお、帰ったか、見合いはどうだった?」
「なんか惹かれるところがなかったです」
「一回位会っただけでは分からないだろう」
「でもまた時間を共有したいとは思えません」
「そんなこと言わずにデートしろ」
そしてお父様は真山さんに言葉をかけた。
「ご苦労だったな、迷惑をかけた、しばらくまりえは見合いが続くからこちらで暮らすことにするよ」
「はい、かしこまりました」
「では、荷物はこれだけですので自分は失礼致します」
真山さんが背を向けた時、私は「真山さん」と声をかけた。