第五章 揺れ動く気持ち

 

私が真山さんに対してそんな気持ちを抱いているなど、想像もつかないお父様は、私に信じられない言葉を投げかけた。

 

「まりえ、見合いしてみないか」

 

「えっ、お見合いですか、急にどう言う風の吹き回しでしょうか」

 

お父様の考えに戸惑いを隠せなかった。

 

「わしもそろそろ年だからな、いつまでもまりえを守ってやれん」

 

「真山さんが守ってくれますから大丈夫です」

 

「真山くんはボディーガードだ、一生お前の側にいる相手ではない」

 

そうだ、彼は仕事で私を守ってくれているだけなんだ。

 

私は何を勘違いしたんだろう。

 

「では、来週あけておいてくれ、先方には連絡しておく」

 

「はい」

 

私は不本意ではあるが、お父様の顔を立てるべくお見合いを承諾した。

 

断ればいいんだもんね。

 

気楽に考えようとしたが、どうしても真山さんと一緒に居たいと願う気持ちが強かった。

 

実家の門を出ると、真山さんが車を正面に停めておいてくれた。

 

「お父様のお話は終わりましたか」

 

「うん」

 

真山さんは当たり前のように、助手席のドアを開けてくれた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

第三者から見れば、結婚した二人が実家に挨拶にきたような感じだろう。

 

でも、私と真山さんの関係は違う。

 

お父様は真山さんにどのような依頼をしたのだろうか。

 

そして、なぜ急にお見合いの話を持ちかけたのか。

 

私が結婚したら、真山さんと一緒にはいられない。

 

真山さんとずっと一緒にいるためには、ボディーガードの依頼を続けるか、真山さんと結婚するか、いやいやそれは無理がある、ボディーガードの仕事だから私を守ってくれているんだから。

 

「まりえさん、シートベルトを閉めてください」

 

「あ、うん」

 

何回やっても出来ない。

 

私が孫ついてると「失礼します」と言って真山さんは手を伸ばしてきた。

 

私と真山さんの顔が急接近する。

 

ドキドキする。

 

でもゆっくり離れた。

 

「食事して行きましょうか」

 

真山さんがニッコリ微笑んだ。

 

「うん」

 

私も頬の筋肉が緩んで笑顔を見せた。

ずっと一緒にいたい、真山さんと……

 

そして食事を終えてマンションに戻った。

 

私は真山さんの反応が見たかった。

 

もし、私がお見合いすることを知ったらどう思うの?

 

「真山さん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「お父様の話なんだけど……」

 

真山さんはじっと私を見つめた。

 

 

「来週、お見合いすることになったの」

 

真山さんはテーブルの上のコップを引っ掛けてコーヒーをこぼした。

 

慌ててキッチンへダスターを取りに行って拭いた。

 

慌てている様子がありありと感じ取れた。

 

「お父様が、将来ずっと私を守ってくれる人と結婚した方がいいと言い出したの」

 

「私は真山さんが側にいてくれるからって言ったら、真山さんはボディーガードだから、ずっとってわけにいかないだろうって」

 

しばらく黙っていた真山さんは口を開いた。

 

「来週、お見合いの場所までお送りすればいいんでしょうか」

 

「うん」

 

「帰りはお迎えに行かなくても大丈夫ですか」

 

「どうしてそんなこと言うの」」

「ここに戻ってくるのはまずいんじゃないでしょうか」

 

「どうして?」

 

「お見合いは結婚相手としてお互いに顔を合わすんです、早々にご実家に戻られた方がよろしいかと思います」

 

「私は真山さんとずっと一緒にいることは出来ないの?」

 

「依頼があれば可能です、しかし、お父様はちゃんとした身分の男性との結婚を望んでいると思われます」

 

「真山さんはちゃんとした身分の男性じゃないの?」

 

「自分はボディーガードを仕事にしています、いつも危険と隣り合わせの生活をしています、ですから家族は持ちません、それに俺は人妻になったまりえさんをガード出来るほど、人間が出来ていません」

 

「私がずっと一人なら守ってくれる?」

 

「それは……」

 

「私を一生守ってくれるんじゃなかったの」

 

真山さんは黙ったままだった。

 

「分かった」

 

私は自分の寝室に入った。

 

俺は完全に動揺した。

 

なんか支離滅裂なこと言ってなかったか。

まりえさんはいつかは結婚する、そんなことは分かっていることなのに、

俺は、この生活がずっと続くと思っていた。

 

だから一生守っていくと思っていた。

 

それなのに、思いもよらぬ小出氏の考えにすっかり動揺してしまった。

 

俺はボディーガードだから、まりえさんの側で一生彼女を守って行くことが出来ない人間なんだと思い知らされた。

 

それから一週間、俺はまりえさんにつかず離れずの立場を守った。

 

そしてお見合いの日の前日、小出氏から俺のスマホに連絡が入った。

 

「真山くん、いつもすまんな、まりえを守ってくれて助かってるよ」

 

「とんでもございません、仕事ですから」

 

俺は自分のまりえさんへの溢れる感情を抑えて答えた。

 

「明日、見合いの日なんだが、まりえの美容室の予約をした、明日八時頃、道玄坂の美容室へ連れて行ってくれ、地図は真山くんのスマホに送っておいた」

 

「かしこまりました」

 

「それから、見合い会場のホテルにまりえを送ってくれ」

 

「了解致しました」

 

「その後なんだが、まりえをこっちに戻してくれないかな」

 

俺は狼狽えた。