第四章 気になるスマホの相手

 

別に俺に対して好意を持っていてくれてるわけじゃないってことだよな。

 

俺はまりえさんを抱いたなら、いや抱かなくとも誰にも渡したくないと言う気持ちが溢れていた。

 

私は久崎社長に呼ばれなかったらと思うと怖くなった。

 

真山さんはどう言うつもりであんな事言ったんだろう。

 

もう、分かんない。

 

あれから全く仕事がはかどらなかった。

 

終業時刻になって真山さんの元に向かった。

 

どうしよう、なんかドキドキする。

 

真山さんはスマホを見ていた。

 

彼女とLINEしているのかな。

 

それとも、思いを抱いている女性と連絡しているのかな。

 

真山さんは私に気づいて車から降りて助手席のドアを開けてくれた。

 

「お疲れ様です、どうぞ」

 

私は助手席に座った。

 

「今、誰と連絡していたの?」

 

「誰とも連絡はしていません、ニュースを見ていただけです」

 

「そう」

 

「出発しますよ、シートベルト閉めてください」

 

私はシートベルトがうまくいかず、孫ついていた。

 

「自分がやりましょうか、失礼します」

 

真山さんはそう言って、シートベルトに手をかけた。

 

真山さんの顔が近づいて、目が合って、じっと見つめ合った。

 

鼓動がドクンドクンと打って呼吸が苦しい。

 

唇が数センチと近づいたが、真山さんは私から離れてシートベルトをはめてくれた。

 

あんなこと言われたが、意識してるのは私だけ?

 

(あの、ほかに候補がいるなら、そいつじゃなくて俺が)

 

そんな気はなかったのかな。

 

いつもはおしゃべりするのに沈黙のままマンションに到着した。

 

「すぐ夕食の支度しますので、シャワー浴びてきてください」

 

シャワーの水が私の身体に流れる、あ〜あ全然水弾かない。

真山さんの肌は水を弾いてキラキラしてたっけ。

 

私は首を横に振る。

 

駄目だ、がっくりされちゃうよ。

 

私をがっくりさせないためにその気があるように言ってくれたの?

 

思ったよりバスタイムが長かったのか、真山さんが声をかけてきた。

 

「まりえさん、大丈夫ですか」

 

「大丈夫よ」

 

「それならいいんですけど、いつもより時間かかっているように感じたので、心配になって、すみません、声をかけてしまいました」

 

「ありがとう、今出るから」

 

「はい」

 

ガラス越しにうろうろしていた真山さんの姿が、なんか可愛くて、笑ってしまった。

 

バスタブから立ち上がった時、いつもより長い時間浸かっていたためか、ぐらっとめまいがして、倒れた。

 

結構すごい音がして、私は気を失った。

 

俺はまりえさんが心配で仕方なかった。

 

表情が暗いと心配事があるのだろうかとか、入浴にいつもより時間がかかっていると、何かあったのかとか、そんなことを考えていると、ものすごい音がバスルームから聞こえてきた。

 

この音はまりえさんが倒れたんじゃないかと嫌なことが脳裏を掠めた。

 

すぐにバスルームへ行くと、何も音が聞こえてこない。

「まりえさん、大丈夫ですか、まりえさん」

 

まりえさんの返事がない。

 

「開けます、失礼します」

 

俺の目に飛び込んできたのは、まりえさんが倒れている姿だった。

すぐにバスタオルで身体をくるんで、ベッドルームへ運んだ。

 

身体の隅々まで確認したが、怪我はないようだった。

 

気を失っているだけのようだった。

 

私はしばらくして目を覚ました。

 

バスタブに浸かっていたはずだけど、なんでベッドに寝てるの?

 

ドアがガチャっと開いて、真山さんが入ってきた。

 

私の姿を確認すると、安堵の表情を見せて、私に近づき抱きしめた。

 

えっ、何が起きたの?

 

「よかった、目が覚めなかったらと思ったら心臓が止まるほどだった」

 

そう言ってさらにギュッと抱きしめられた。

 

「真山さん、痛い」

 

「すみません」

 

真山さんは慌てて私から離れた。

 

「どこも痛いところはないですか、まりえさんの身体を確認しましたが、怪我をしているところはありませんでした」

えっ、身体を確認したって。

 

私はバスタオルのしたは何もつけていない状態だった。

 

真山さんに裸を見られたの?

 

「出て行って!」

 

「すみません」

部屋にぽつんと残された私は、助けてくれた真山さんに対して、真っ先にお礼を言わなくちゃいけないのに、出て行ってって声を荒げてしまった。

 

私を助けるのに夢中で、悠長に私の裸を見てる場合じゃないはずなのに、意識しているのは私だけだ。

 

しかも、もうすぐ四十になろうとしている私の裸を見たいわけない。

 

もったいつけるほどの品物じゃないよ。

 

逆に恥ずかしい、謝らなくちゃ。

 

私はそっとドアを開けて真山さんの姿を確認した。

 

でも真山さんはどこにも姿が見えなかった。

 

その時、廊下から話し声が聞こえてきた。

 

「さゆり、大丈夫か、ごめんな、もうすこし我慢してくれ」

 

さゆり?我慢してくれって、彼女だよね。

 

私のボディーガードするために、私が真山さんのマンションに居座ってるから彼女と会えないんだ。

 

私、すごく迷惑かけてる。

私は部屋に戻って、荷物をまとめた。

 

部屋から出た時、真山さんも廊下からリビングに戻ってきた。

 

「まりえさん、こんな夜遅くにどちらにいかれるのですか」

「私、一人暮らしするので、ここを出て行くの」

 

「自分の行動に対してお怒りなら謝ります」

 

「そうじゃないの、私が真山さんのマンションにいると、彼女と会えないでしょ、だから私が出て行くの」

 

「ちょっと待ってください、自分には彼女はいません」

 

「さゆりさんは彼女でしょ」

 

「違います、さゆりは自分の義理の妹です、親父が連れ子がいるお袋と再婚して、その連れ子がさゆりです、親父はすでに他界しています」

 

「それならご家族いるってことよね」

 

「お袋とさゆりとは血の繋がりはありませんし、生活も別ですから」

 

「私のために可愛い妹さんに我慢させるのはかわいそうよ」

 

「あんなことがあった後に、まりえさんを一人にはさせられません」

 

真山さんは私の手を引き寄せ抱きしめた。

 

「俺が一生守って行くからここにいてください」

 

真山さんの力強い言葉にドクンと胸が高鳴った。

 

同時にお腹に虫が鳴った。

 

真山さんはクスッと笑って「すぐ飯食いましょう」とキッチンに向かった。

すごく仕事熱心で、私を守ってくれることに頼もしさを感じた。

 

まさか、真山さんが十年前から私に好意を寄せていて、見守っているだけの気持ちから独占欲が目覚めたことなど知る術はなかった。

 

俺はまりえさんを手放す気持ちは全くなかった。

 

(俺が一生守って行くからここにいてください)

 

この言葉は嘘偽りのない、俺のまりえさんに対しての気持ちだった。

 

次の日曜日、私は父に呼ばれて実家に向かった。

 

もちろん真山さんと一緒だ。

 

あれ以来、私はずっと助手席に座っている。

 

シートベルトを真山さんがしてくれる時、グッと顔が接近すると、このままキスされるんじゃないかとドキドキが加速する。

 

でもそれでも構わないと思えるほど、真山さんに惹かれはじめていた。

 

助手席のドアを開けて、「自分は車で待機しています」と言ってくれた。

 

後ろを振り向くと真山さんがじっと私を見つめていた。

 

真山さんの俺が一生守って行くからここにいてくださいと言った言葉は脳裏に焼き付いて離れない。