第一章 彼はボディーガード

 

「ああっ、んん ん」

 

私、キスされてる。

 

どうしよう、彼の舌が絡んで気持ちいい。

 

彼の唇が首筋に触れて、すごく感じてる私。

 

はじめてなのに、彼は恋人でもない男性。

 

彼の手が胸に触れて、私は仰け反った。

 

私の身体、どうなっちゃってるの。

 

足をもぞもぞしてると彼は私の太腿に手を伸ばした。

 

経験はないけど、知識は充分にある。

 

これから何がどうなっていくのか、想像はつく。

 

私は三十八歳、なんでこの歳まで経験がないかって、私の父は小出ホールディングス社長小出健太郎、過保護どこじゃないくらいの過保護。

 

母は私が幼き頃に病気で亡くなった。

 

私を男手一つで育ててくれた。

 

三十八歳になったのにいつまでも子供扱いで、溺愛が止まらない。

 

父親からの溺愛ってどうなのか。

 

早く子離れしてほしい。

 

当然のごとく、一人暮らしなど出来るはずもなく、彼だっていない。

 

デートはもちろんだが、女の子の友達とだって出かけられない。

 

そんな私が今、まさにはじめてを経験しようとしている。

 

私を感じさせてくれている男性は、真山亮、三十歳。

 

父が雇い入れた私のボディーガードである。

 

ボディーガードがなんで私を抱いているのか。

 

私はある日、お父様に一人暮らしを提案した。

 

「バカもん、一人暮らしなど許せるわけがないだろう、お前は一生わしの側から離れることは許さん」

 

「お父様、私、このままだと結婚出来ません」

 

「け、結婚?」

 

「そうです、私だってもう三十八歳です、恋をして結婚したいです」

 

「そんな相手がいるのか」

 

「まだいませんけど、でも今のような生活をしていたら出会いもありません」

 

「それでよい、お前は男の手に触れさせたくない」

 

もう、信じられない。

 

私は男性とキスも経験ないまま年老いていくの?

 

そんなことを考えていた。

 

そんな矢先、父親はある男性を家に向かい入れた。

 

「まりえ、ここに座りなさい」

 

応接間に通されて、私の向かい側のソファに座っていたのが背が高く、ガッチリした体格のイケメン男性だった。

「真山亮くんだ、今日からお前のボディーガードを頼んだ男性だ」

 

「真山亮です、よろしくお願いします」

 

「ボディーガード?」

 

私はびっくりしすぎて、お父様の考えにはついていけないと思った。

 

「一人暮らしを許可する、そのかわり真山くんのボディーガード付きだ」

 

「ちょっと待ってください、私は四六時中監視されるのですか」

 

「監視ではない、真山くんはお前の危険を回避するためのボディーガードだ」

 

うそ!危険って、なんの危険よ。

 

「お前に変な虫がつかないように、また一人暮らしは色々なリスクを伴うものだ、だからいつでも真山くんがお前の側におるから頼るんだ、いいね」

 

「お父様、真山さんは男性です、危険ではないのですか」

 

「仕事だからな、護衛する対象者に万が一惚れたり、手を出すようならボディーガードは失格だ、真山くんは優秀だから心配ない、それに一緒に住めと言ってるわけではない」

 

「では、どのようにして私を守ってくれるのですか、いつでも側にいるとお父様はおっしゃいましたが……」

その時、真山さんが口を開いた。

 

「自分は車で過ごします、これからお嬢様が暮らす建物の外に待機しています、連絡はスマホでお願いしたいので、スマホの番号だけ教えて頂きたいのですがよろしいでしょうか」

 

「私はお嬢様ではありません、もう三十八になるんですから、まりえでお願いします、それとちゃんと恋人の女性には誤解がないように説明しておいてください」

 

「承知致しました、でも自分には恋人も家族もおりませんので、ご安心ください」

 

私はどうしても一人暮らしがしたかった、たとえボディーガード付きだとしても……

 

「ではお父様、私は明日引っ越し致します、ではお休みなさいませ」

 

「おい、明日って、どこに引っ越すんだ、業者は手配したのか」

 

「そんなに荷物はありません、真山さんにお手伝いして頂ければ、十分です」

 

「真山さん、では明日八時に迎えをお願いします」

 

「かしこまりました」

 

こうして私はやっと親元から離れることになった。

 

お父様を嫌いなわけでも、仲が悪いわけでもない。

早く子離れしてほしいのだ。

 

私だって、キスもしないまま、年老いていきたくはない。

 

真山さんを利用させてもらおうと咄嗟に思いついた。

 

次の日、私は身の回りの手荷物だけまとめて、支度を済ませた。

 

全てお父様に買ってもらったものばかりだから置いていこうと決めた。

 

仕事はしていたので、毎月一定のお給料は入ってくる。

 

大学時代の先輩、久崎翔子、四十歳。

 

十年前に香水の会社を立ち上げ、その時に社員として誘われた。

 

「まりえ、うちで働かない?」

 

「いいんですか」

 

「もちろん、お父様に話してみて、私が直接お願いしてもいいけど」

 

「大丈夫です」

 

大学を卒業後、花嫁修業で、お茶やお花そしてお料理、着付けなど、そして英会話まで、それなのに肝心の相手がいない、外に出る時はお父様の雇い入れた運転手付きの車の送り迎え、買い物はインターネットばかりで、出会いなどなかった。

気がつけば二十八になって、久崎先輩に誘われて、仕事を始めても車の送り迎えは変わらず、あっという間に十年が経ってしまった。

 

三十八でキスもしたことがないなんて……

 

久崎先輩は大学の時に付き合っていた男性と結婚。

 

今はご主人も先輩の仕事を手伝ってくれている。

 

子供には恵まれなかったけど、私からしたらなんて羨ましいと感じている。

 

「久崎社長、私、一人暮らし始めるんです」

 

「えっ、よくお父様が許してくれたわね」

 

「ボディーガード付きなんです」

「運転手付きの次はボディーガード?」

 

「はい」

 

私は恥ずかしくて俯いた。

 

「愛されてるのね、お父様と結婚したら?」

 

「社長、冗談言わないでください」

 

「ごめん、ごめん、どこに住むの?」

 

「ボディーガードの真山亮さんのマンションにしばらくお世話になろうかと思っています」

 

「えっ、同居するの?」

 

久崎社長はびっくりした表情を見せた。

「そうです、気に入ったマンションが見つかるまでですよ、それに真山さんのマンション、気に入ったんです、私の全ての条件をクリアしているんですよ」

 

「やだ、大丈夫なの?まりえのボディーガードするはずが、襲われちゃったりして」

 

「大丈夫ですよ、だって、真山さん三十歳なんですよ、私みたいなおばさん相手にしないですよ」

 

「世間知らずのお嬢さんはこれだから困るのよ」

 

「えっ」

 

「まっいいわ、それはそれで経験だもんね」

 

私は久崎社長の言ってることが理解出来ずにいた。

 

「それでビルの前にずっと停まってる車がボディーガードの車?」

 

「あっ、はい」

 

「ランチは外に行ける?」

 

「真山さんが後ろからついてきますけど……」

 

「ねえ、彼は食事どうするの」

 

「コンビニで済ますって言ってました」

 

「あ、そうなんだ」

 

「久崎社長、早速ランチ外に行きますか」

 

「ごめん、取引先の社長と約束あるからまた今度ね」

 

「分かりました」