第七章 溢れ出す感情

 

私はその女性の車を見送ってから大我先生の元に駆け寄った。

 

「大我先生、今日最上先生の診察があって血液検査とレントゲン撮ってきたの」

 

「そうか、大丈夫だった?」

 

「私は大丈夫、でも最上先生は心配性なのか、無理するな、走るんじゃない、呼吸は苦しくないかってもううるさくて……」

 

「みんな、真由香さんを心配なんだよ」

 

「大我先生も私を心配してくれてるの?」

 

「当たり前だろう」

 

「先生、寒いから部屋に入れて」

 

「ああ、そうだな、こんな薄着してるからだろう」

 

「だって、昼間は暖かかったんだもん、昼ごろから待ってたんだよ」

 

「そんなに?」

 

大我先生は私を部屋に招き入れてくれた。

 

「大我先生、あの人と食事済ませちゃったの?」

 

「ああ、なんか食うか」

 

「うん」

 

「着替えてもいい?」

 

「ああ、そっちの部屋使って」

 

私は案内された部屋に入って着替えた。

 

以前私が使わせてもらったままになっていた。

 

荷物を整理して部屋着に着替えた。

 

洗面道具をウオッシュルームに運んだ。

 

キッチンに向かうと、大我先生は目を丸くして驚きの表情を見せた。

 

「真由香さん、その格好」

 

「今日からお世話になります」

 

「えっ」

 

「大我先生、結婚するなら私として、お願い」

 

「ちょっと待って、結婚って俺はまだ決めたわけじゃないから」

 

「でも、さっきの人はお見合い相手なんでしょ、結婚して病院継ぐって最上先生が言ってたんだもん」

 

「全く、勝手なことをペラペラと」

 

「違うの?」

 

「はじめはそのつもりだったんだけど、真由香さんの時と一緒で彼がいるんだって、やっぱりお父さんから無理矢理お見合いさせられたって」

 

「本当?」

 

私は嬉しくて思わず大我先生に抱きついてしまった。

 

俺はまたしても真由香さんに振り回されているなと感じた。

 

抱きつかれて、上目遣いでじっと見つめられると、愛おしさが込み上げてきて、どうすることも出来ない気持ちが溢れ出す。

 

「真由香さん、お父さんにちゃんと言ってきた?」

 

「ちゃんと、言ってきたよ、大我先生とずっと一緒にいるからもう戻らないよって」

「溝口さんとはどうなったんだ」

 

「どうもならないよ、はじめから何にもないんだから」

 

「彼の勝手な思いだけってこと?」

 

「そうだよ、お腹空いちゃったな」

 

「ああ、ごめん、ごめん、今すぐ出来るからね」

俺はどうすればいいんだ、十歳も年下の女性なんて、絶対に俺に対して本気じゃないだろう。

 

しかも二十歳ってありえないよ。

 

「大我先生、どうかしたの?」

 

「いや、どうもしないよ」

 

「ごちそうさま」

 

「もう、いらないの、ほとんど食べていないよ」

 

「もう、お腹いっぱい」

 

「分かった、じゃあ、片付けるね」

 

「大我先生」

 

真由香さんはじっと俺を見つめた。

 

「何?」

 

「最上先生がね、必要以上に心配してくるんだけど、私、死んじゃうのかな」

 

「何言ってるんだ、そんなことはないよ」

 

「だって……なんでもない」

 

真由香さんは笑顔で答えたが何か言いたいことがあったんじゃないかと思ったが、真由香さんの考えていることは分からなかった。

 

次の日、俺は真由香さんのお父さんに連絡を入れた。

 

「日下部です、ご存じかと思いますが、真由香さんは自分のマンションで預かっております」

「日下部先生、本当に申し訳ありません、ご迷惑をおかけしてしまって」

 

「いえ、自分は大丈夫ですが溝口さんとのことは彼の勝手な思いだと、真由香さんは仰ってましたが……」

 

「ああ、わしは許可した覚えはないし、真由香は別れたから関係ないと言っておった」

 

「そうですか」

 

「ところでお見合いはどうなりましたかな」

 

「断られました」

 

「日下部先生を振る女性がいるんですね」

 

「いますよ」

 

「真由香はわがままな娘ですが、日下部先生への思いは誠実です、でも先生にも人生設計がおありでしょうから、適当なところで戻してください」

 

「はい、真由香さんはこんな自分を思ってくれてありがたいと思っています、でも医者として頼ってくれていると感じています、自分なんかよりもっと素敵な男性が現れるでしょう、では」

 

俺はスマホを切った。

嘘をついた、本当はこのまま俺の元にずっといてほしいと強く願っているのにどうしてその一言が言えないんだ。

 

過去のトラウマが俺の気持ちを閉じ込める。

 

それに真由香さんに裏切られたらと思うと怖くて自分の気持ちを伝えることが出来ない。

 

どうして、真由香さんを信じてあげることが出来ないんだ。

 

一週間後、私は最上先生の診察を受けるため、病院へ向かった。

「真由香、どうだ、調子は」

 

「うん、元気だよ」

 

「そうか、何か変わったことがあったら、俺に報告しろよ」

 

「はいはい、分かりました」

 

「そう言えば、大我のところに押しかけるって言ったことどうした」

 

「今、一緒にいるよ、でも……」

 

「でもなんだ」

 

「すぐにうちに返そうとするんだよ、子供扱いするし」

 

「そうか、お前から襲っちゃえ」

 

「もう、最上先生は下品なんだから、他に好きな人いるのかな」

 

「いねえよ」

 

私の心配は、この日大我先生と白衣の女性が話している場面に遭遇してますます色濃くなった。