ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第一章 親友 剣崎の死

 

僕は都築光、都築総合病院の精神科医である。

 

旧姓戸倉光、戸倉家の長男だ。

 

本来なら戸倉建設株式会社を継ぐ立場なのだが、僕は医者になるのが夢だった。

 

奨学金で医大に入り、猛勉強をした。

 

そこで知り合ったのが、都築玲子、都築総合病院のご令嬢だった。

 

玲子は一人娘の為、親の病院を継がなければならない。

 

ところが勉強について行けず、僕はいつも勉強を見てあげていた。

 

「全然わからない、私はやっぱり向いてないのかな」

 

「かもしれねえな、料理得意なんだからいい男見つけて結婚したらどうだ」

 

「だめよ、私は自分で都築総合病院を継ぐか、当病院を継げる医者と結婚しなくちゃいけないの」

 

「大変だな、ご令嬢も」

 

当時玲子は僕の親友剣崎優と付き合っていた。

 

運命とは皮肉なものだ。

 

剣崎もまた剣崎総合病院を継がなくてはならない身だった。

 

僕は長男なのに自分の好きな医者の道に進んで羨ましがられていた。

 

それも、僕の弟、戸倉慶に感謝だ。

 

 

 

僕と剣崎、そして玲子はいつも一緒だった。

 

「戸倉、お前はいいよな、好きな道にすすめて」

 

剣崎のいつもの口癖だ。

 

「戸倉くん、父の養子になって都築総合病院を継いでよ」

 

「玲子、お前はどうするんだよ」

 

「私は好きな道に進む」

 

「なんだそれ」

 

「いや、剣崎総合病院を頼む」

 

「お前らな、勝手なこと言うなよ」

 

僕達はいつも冗談を言って笑っていた。

 

まさか剣崎がこの世からいなくなるなんて、想像も出来なかった事だった。

 

ある日、剣崎は大学の講義を休んだ。

 

珍しい事もあるんだなと、玲子と話していた。

 

「剣崎くん、最近顔色悪いなって思ってたんだよね」

 

「そうだな、僕も気になっていた」

 

「剣崎の家に行ってみるか」

 

「うん、そうだね」

 

僕と玲子は剣崎の家に見舞いに行った。

 

剣崎の家は凄い豪邸で、坊ちゃん育ちだと納得した。

 

「玲子、来たことあるんだろ?」

 

「ないよ、いつも外で会ってるんだから」

 

「そうか」

 

「私と剣崎くんはこのまま、付き合っても未来はないし、お互いに友達止まりの付き合いって思ってるから」

 

「じゃあ、僕はどう?」

 

「えっ?」

 

「僕なら玲子と結婚して都築総合病院継げるよ」

 

「もう、冗談言わないで、さ、行こう」

 

玲子はいつもこの調子で、僕との未来の話ははぐらかされてしまう。

 

剣崎の家のインターホンを鳴らすも、「坊っちゃまはお休み中なので、お引き取りください」と門前ばらいを受けた。

 

「スマホに連絡してみるか」

 

しかし、連絡はつかなかった。

 

それから程なくして、剣崎は入院した。

 

病院なら会えるかと思ったが、考えが甘かった。

 

まさか、面会出来ない程重症とは思いも寄らなかった。

 

玲子はすっかり気落ちして笑顔が消えた。

それから間もなくだった、剣崎が亡くなったのは……

 

玲子も僕も途方にくれた。

 

医者を目指す友を亡くすなど、人生は何が起こるかわからない現状を突きつけられてしまった。

 

玲子は全く人が変わったみたいになった。

 

大学を休学し、外に一歩も出る事はなかった。

 

僕は精神科を専攻した。

 

それは玲子の今後に不安があったからだ。

 

僕だって精神的ダメージを負ってないと言えば嘘になる。

 

しかし、玲子の精神的ダメージは計り知れない。

 

僕は玲子の家に様子を見に行った。

 

玲子のご両親が部屋に案内してくれた。

 

「玲子、戸倉だけど、部屋に入れてくれないか」

 

全く返事が無い。

 

廊下には玲子のお母さんが用意した食事が、手をつけずに置いてあった。

 

「玲子、少しでも食べないと身体がまいっちゃうぞ」

 

僕はどうしたらいいか悩んでいた。

 

玲子の部屋は内側から鍵がかけてあり、全く中の様子がわからなかった。

 

外に回るも、窓はカーテンが閉めてあり、中の様子を伺い知る事は出来なかった。

僕は一旦引き上げる事にした。

 

それからまもなく、剣崎から手紙が届いた。

 

どう言う事なのか。

 

《戸倉、お前がこの手紙を読んでいると言う事は、俺はもうこの世にはいないって事だな、俺は癌に蝕まれている、もう前から余命宣告されていたんだ、情けないよ、医者を目指している俺が、病に勝てないなんてな、これも俺の運命だと思って諦めるしかないんだが、ただ一つ玲子の事が気がかりだ、お前も気づいていたと思うが、俺と玲子は付き合っていた、お互い、 背負っているものが大きすぎて、結婚は出来ないんだが、それでも一緒にいようって決めた、しかし、俺は一緒にいてやれない、戸倉、玲子を頼む》

 

剣崎は自分の命の炎が消えていくことをわかっていたんだ。

 

それでこの手紙を僕宛に残したんだな。

そう言えば、いつも三人で過ごした時間が多かったような気がする。

 

僕は嬉しかったが、以前玲子に相談されたことがあった。

 

「戸倉くん、私ね、剣崎くんと付き合ってるんだ」

 

僕はその時心臓が飛び出るんじゃないかと思う位驚いた。

 

僕はおじゃま虫だったと言うわけかと落ち込んだ。

 

「でも、二人になるのを拒んでいるみたいなんだけど……」

 

そう言う事だったのかと、今更ながら納得した。

 

僕は剣崎から受け取った手紙を握りしめて、誓った。

 

剣崎、約束するよ、玲子を守って行く。

 

それから僕は、玲子をなるべく外に連れ出した。

「なあ、玲子、剣崎はお前のこと大事に思っていたよ、いつでもお前を守ってくれている」

 

「そうかな」

 

僕は玲子に剣崎からの手紙を見せた。

 

玲子はゆっくりと噛み締めながら手紙を読んでいた。

 

玲子の目に涙が溢れて頬を伝わった。

 

それから玲子は少しずつ、元気を取り戻した。