ラヴ KISS MY 書籍
第十三章 亜紀を襲った病魔
亜紀の病室の前まで来ると、亜紀は眠っていた。
「どちら様でしょうか」
そう言って一人の男性が俺に声をかけた。
こいつか、刈谷秀。
俺と同世代と思わせる雰囲気を醸し出していた。
「はじめてお目にかかります、俺は東條ホールディングス社長東條理樹と申します」
「ご丁寧にありがとうございます、自分は刈谷秀と申します、亜紀のお知り合いの方でしょうか」
俺ははっきりと言った。
「亜紀と結婚の約束をしています、トラブルがあり、誤解を解く為に亜紀を探していました、亜紀と話す事は出来ますでしょうか」
「そうですか、あなたが……自分も亜紀とトラブルがあり、誤解が解けたところです、亜紀は自分と結婚します、なのでお引き取り願えますでしょうか」
「刈谷さんとの結婚を亜紀は承諾しているのでしょうか」
「もちろんです、さ、お帰りください」
俺は亜紀を目の前にして追い立てられるようにその場を離れた。
亜紀、嘘だよな、俺以外の男と結婚だなんて……
しかも病気だなんて、大丈夫だよな、命に関わるなんて事ないよな。
俺はパニックを起こしていた。
まず、病院の医師に亜紀の病状を確認した。
「こちらに入院している水本亜紀さんの病状を教えて頂きたいのですが」
「水本亜紀さんとはどのようなご関係でしょうか」
「結婚を約束した恋人同士です」
「そうですか、こちらが承っております水本亜紀さんのご結婚相手は刈谷秀様との事です、刈谷様以外は個人情報をお教えする事は出来かねます」
「あいつが勝手に言ってるだけですよね」
「いえ、水本亜紀様ご本人からの情報です」
どう言う事だよ、亜紀。
俺は取り敢えず病院を後にした。
俺は健から助言を求める為、事の成り行きを説明した。
「亜紀が病気?命に別状はないのか」
「いや、病院の医師に確認しようにも、あいつ以外にはストップがかかっている」
「あいつって誰だよ」
「亜紀の結婚相手の刈谷秀だ」
健は驚きを隠せない様子だった。
当然だろう、俺だって何が起こったのかパニックを起こしているんだからな。
「亜紀の結婚相手?理樹以外にいるのか」
「亜紀が振られたと勘違いをしたとの事だ」
「元彼か」
「ああ、そうだ」
「それで、亜紀とは話を出来たのか」
「いや、出来ていない」
そうだ、亜紀の気持ちを聞いていないのだから、何が真実かわからないじゃないか。
俺は少し、光がさしてきたような感覚を覚えた。
まずは亜紀の病状が心配だ。
俺は毎日亜紀の入院している病院へ足を運んだ。
看護師に知り合いがいたのが、不幸中の幸いだった。
その看護師が調べてくれた結果は貧血が原因で、血液の検査をしているとの事だった。
「なあ、命に別状はないんだよな」
「それは検査の結果次第だから、今の時点ではなんとも言えないわね」
「そうか」
「ねえ、水本亜紀さんは東條くんのなんなの?」
滝本総合病院の看護師、三船あやかは俺の大学時代の同級生だ。
「俺の結婚相手だ」
三船は急に笑い出した。
「やだ、冗談はやめて、水本さんは刈谷さんと結婚するって言ってたわよ」
「亜紀がそう言ったのか」
「刈谷さんから聞いたんだけど、水本さんも否定はしなかったわよ」
「そうなんだ」
「やだ、三角関係?」
三船は口角を上げてニヤッと微笑んだ。
やばい、こいつに知られた事は次の瞬間に広まる。
情報を聞き出すのには都合いい存在だが、情報を知られると厄介な存在だ。
「違うよ、俺の片想いだ」
「そうなんだ、へえ」
「検査の結果がわかったら教えてくれ、あと、亜紀と話をしたい、だからあいつがいない時間を調べてくれないか」
「あいつって刈谷さん?」
「ああ」
「恋人がいない間に奪っちゃうの?」
「お前、本当に変わらないな、人の恋の話が大好きだよな」
「そうよ、もう、自分の事は諦めてるから」
三船にしては珍しい反応だった。
「珍しいな、そんなお前久しぶりに見たよ」
「失礼ね、私だって悩みはあるんだから、まだ真央のこと忘れられないの、もう五年以上前の事だよ」
「なんだよ、急に」
「水本さんが救急搬送されて来た時、真央が生き返って来たのかと思って心臓止まりそうだった、水本さんを好きって、まさか真央の代わりじゃないよね」
「馬鹿言うなよ、違うよ、俺は亜紀を愛している」
「なんか複雑みたいね、まっいいわ、東條くんに協力してあげる」
「よろしく頼むよ」
俺は三船から刈谷がいない時を教えて貰い、亜紀と話をすると決めた。
健は俺からの状況説明が待てず、亜紀が入院している病院へ向かっていた。
「すみません、水本亜紀さんの病室はどこでしょうか」
「失礼ですが、水本亜紀さんは現在ご家族以外の方の面会はお断りする様に承っておりますので、病室をご案内する事は出来ません」
「そんなに悪いんですか」
「病状に関してもお応え出来かねます」
そこへ三船が通りかかった。
「東條健くん、私、三船あやか、覚えてる?」
「三船?お前、この病院の看護師なのか」
「もしかして、水本亜紀さんに会いに来たの?」
「ああ、でも家族以外は面会出来ないと断られた」
「東條くんに聞いてないの?」
「まだ、何も聞いていない、僕が居ても立っても居られなくて、来ちゃったんだ」
「そう言えば、東條健くんも真央が好きだったよね」
その言葉に健は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
「全くわかりやすいんだから」
「亜紀は大丈夫だよな、命に別状はないよな」
「東條くんにも説明したけど、検査の結果次第だから、もう少し待ってて」
「一目でも亜紀に会えないかな」
「今は無理よ、今日は帰って、また東條くんに連絡する約束してるから」
「わかった、じゃ、また来るよ」
健は仕方なく病院を後にした。
それからまもなくして、三船から連絡が入った。
「東條くん、刈谷さんが仕事で夜までいないみたいよ」
「サンキュー、これから亜紀の病室に向かうよ」
俺は亜紀に会う為、三船に同行して貰い、病室へ向かった。
「水本さん、体調はどうですか」
「大丈夫です」
「熱と血圧を測りますね」
「あのう、秀は仕事に行きましたか」
「はい、夜まで戻ることが出来ないので、水本さんをくれぐれもよろしくお願いしますって何度も頭を下げていましたよ」
「そうですか、私、彼にすごく迷惑かけていますよね」
「水本さんは刈谷さんと東條くんとどっちが好きなの?」
「えっ?」
亜紀の顔色が変わった。
「私、実は東條理樹くんと大学時代の同級生なの」
「理樹さんと同級生、そうなんですか」
「どうしても水本さんと話をしたいと頼まれて、今廊下にいるんだけど、病室に入って貰ってもいいかしら」
「えっ?理樹さんが来ているんですか」
亜紀の表情は明るくなった。
その表情の変化に気づき、三船は俺を病室に迎え入れてくれた。
俺は病室に入り、亜紀の姿を確認すると、気持ちが抑えきれずに亜紀を抱きしめた。
「亜紀、すごく心配したんだぞ、会いたくて堪らなかった」
「理樹さん、ごめんなさい、心配かけてしまって」
「亜紀、愛理お嬢さんが何を言ったか察しがつくが、そんな事は信じるな、
俺を信じろ、俺が愛しているのは亜紀だ」
「でも、少し時間をください」
「わかった、毎日会いに来る」
「理樹さん」
「東條くん、ここはラブホじゃないんだからね、それに水本さんは病人だかね」
「そ、そんな事わかってる」
亜紀はふふっと笑って笑顔を見せてくれた。
でも、亜紀の心は凍りついて溶かしていくのに時間がかかるなど、この時は思いもよらなかった。
亜紀の病室を後にして、三船に礼をした。
「三船、サンキューな、亜紀の笑顔を見ることが出来て良かった」
「ねえ、東條くんの片想いじゃないよね、愛理お嬢さんって誰?」
俺は仕方なく、三船に全てを打ち明けた。
「凄い女に好かれちゃったわね」
「俺も悪かったんだ、一回だけ思う存分楽しめば、諦めてくれると鷹を括っていたからな」
「それはダメよ、楽しかったらその気持ちをまた味わいたい、出来ればずっと味わえればと、女は欲が出てくるのよ」
「全くその通りだったよ」
「ねえ、水本さんはちょっとその辺の女と違うわね」
「そうだな」
「じゃあ、また連絡するわね」
「なあ、三船、亜紀は刈谷をどう思っているのかな」
「そうね、刈谷さんの水本さんに対する愛情は相当ね、水本さんの気持ちはわからないな」
「そうか」
「自信ないの?」
「そんな事ないよ、でも、選ぶのは亜紀だからな」
俺はその場を後にした。
それから俺は刈谷のいない時間に亜紀の病室を訪れた。
「亜紀、大丈夫か」
「理樹さん、お仕事大丈夫なんですか」
「大丈夫だよ、今日は亜紀がテンション上がるものを持って来たぞ」
俺はニューヨークの街並みが載ってるガイドブックを亜紀に見せた。
「ニューヨーク、また行きたい」
「行けるさ、今度は夫婦として行くんだろ、俺と亜紀で」
亜紀は恥ずかしそうに頷いた。
「一つ聞いてもいいか」
「なんでしょう」
「刈谷とはどうなってるんだ」
「どうって、別にどうもなっていませんけど」
「結婚するって噂を聞いた」
「秀とはすれ違いがあって、別れるつもりはなかったと言われましたが、私は好きな人がいますと伝えてあります」
「俺だよな」
「はい、でもそれは叶わない夢だと思っています」
「なんでだよ、俺は亜紀と結婚する」
「愛理さんが黙っていません」
そう、俺は愛理お嬢さんに訴えられている。
法廷で争うことも視野に入れている状況だ。
愛理お嬢さんに訴えを取り下げてもらう方向で話を進めているが、中々決着がつかない。
「亜紀は何も心配しなくていいんだ、俺は亜紀の気持ちを確かめられて良かったよ」
「私も理樹さんに会えて嬉しいです」
「また明日来るな」
その夜、亜紀は嬉しくて、俺が渡したニューヨークのガイドブックを枕元に置いたまま寝入ってしまった。
それを目の当たりにした刈谷はすぐに俺が亜紀に会いに来ていると察しがついたのだ。
次の日、同じ時間に亜紀の病室に行った。
いないはずの刈谷が俺を待ち構えていた。
「この泥棒猫が、人のいない隙に卑怯だぞ」
俺は思いっきり殴られた。
「やめて、秀、理樹さん、大丈夫ですか」
亜紀はベッドから立ち上がり、俺を庇ってくれた。
その瞬間、ぐらっと目眩がして倒れた。
「亜紀、おい、亜紀、しっかりしろ」
俺はナースコールを押した。
すぐに三船が駆けつけて、亜紀の処置をしてくれた。
亜紀はしばらく絶対安静の状態になった。
「東條くん、血が出てるわよ、何があったの」
「あいつに殴られた」
「まさか、手を出していないわよね」
「何もしてねえよ」
三船は俺の手当てをしてくれた。
「亜紀の気持ちがわかったんだ」
「あ、そう」
「何を怒ってるんだよ」
「わかんない、なんか気分悪い」
「大丈夫か」
「東條くん、その優しさがいけないんだと思うよ、愛理さんだって、その気になったんじゃないの?」
三船が怒っている理由は、俺にはわかっていた。
大学時代、俺は三船から告白された。
俺は真央が好きだったから答えはノーだったのだが、それから必要以上に三船を誘った。
俺は友達として失いたくなかった。
でも、三船にこの時も懇々と怒られた。
「東條くん、もういいから、その優しさがいけないんだよ、私は振られたんだよね、強く突き放さないと、女は期待しちゃうんだからね」
「でも、俺にとって三船は大事な友達だから」
三船は大学を中退し、看護の専門学校へ行った。
「あの時も俺はお前に叱られたな」
「知らない、覚えてない」
「気をつけるよ、亜紀は大丈夫か」
三船は大きく深呼吸をして、看護師の顔に戻った。
「大丈夫よ、でも今は絶対安静だから、自宅で待機してて、何かあったら連絡するから」
「ここにいさせてくれ」
「わかった、じゃ、ここで待機してて」
病院の夜は静かで、恐怖を感じた。
朝の光が差し込んで、夜が明けた。
亜紀はまだ目を覚まさなかった。
刈谷は一晩警察にお世話になり、厳重注意を受けて、病院へ戻れたのは夕方だった。
その間、亜紀は病室に戻れたが、意識は回復しなかった。
俺は亜紀のベッドの傍で、亜紀の手を握っていた。
「亜紀、早く目を覚ませ、退院したら一緒にニューヨークへ行くんだろ、その前に結婚しような、夫婦としてニューヨークへ行くんだもんな」
俺は亜紀の側を片時も離れず寄り添っていた。
刈谷は既に俺と亜紀の間に入り込める余地がないことを悟った。
病室のドアに背を向けてその場を立ち去った。
「亜紀、覚えているか、初めて会ったニューヨークの街並みはすごく綺麗で、忘れられない景色だったよな」
「亜紀、俺を置いて行くなよ、俺、亜紀にまで置いて行かれたらどうすればいいんだ」
俺の願いは聞き入れられなかったように、亜紀はずっと眠ったままだった。
真央、亜紀を連れて行かないでくれ、俺、また一人になっちまうよ。
俺は亜紀が目を覚ますまでずっと亜紀の側を離れなかった。