ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第七章 残酷なプロポーズ

 

「亜紀、ありがとう、亜紀にも聞いて欲しいから座って」

 

亜紀は俺の言葉に不思議そうな表情を見せた。

 

「俺は婚約を破棄した」

 

「お前、正気か」

 

健は俺に食ってかかった。

 

「俺は正気だ」

 

健の顔色が変わった。

 

「これからどうするんだ」

 

「どうもしない、取引はこのまま続けてくれると約束してくれた」

 

「本当か」

 

俺は亜紀の方へ視線を移し、言葉を続けた。

 

「亜紀、俺と結婚してくれ」

 

婚約者の問題が片付いたから、亜紀は喜んでくれると鷹を括っていた。

 

しかし、亜紀の口から出てきたのは信じられない言葉だった。

 

「理樹さんとは結婚出来ません」

 

「どうしてだ、婚約者の件は問題ない、会社も倒産することはないんだ」

 

「ごめんなさい」

 

亜紀はそう言って奥の部屋に入ってしまった。

 

何故だ、何が原因なんだ。

 

俺は亜紀の部屋の前に行き、声をかけた。

 

「亜紀、俺は諦めないから、また会いに来る」

 

そう言って健のマンションを後にした。

 

私は涙が溢れて止まらなかった。

 

東條財閥の御曹司、東條理樹とは結婚出来るわけがない。

 

東條理三郎、理樹さんのお父様と私は面識がある。

 

亜紀ちゃんといつも可愛がってくれた。

 

おじ様と私も懐いていた記憶がある。

 

理樹さんが産まれた日、私はおじ様に言われた。

 

「亜紀ちゃん、こいつは俺の息子だ、東條理樹、絶対に亜紀ちゃんを幸せにすると約束する、だから大人になったら理樹と結婚して、俺と親父さんを支えてくれ」

 

九歳の私は訳も分からず頷いていた。

 

可愛い弟が出来た位にしか考えていなかった。

 

そんな矢先、事件は起きた。

 

おじ様の右腕として働いていた父が、おじ様を裏切り、企業秘密を良からぬ連中に漏らしてしまった。

 

どうして父はそんな事をしたのか、事の真相は幼い私には理解出来なかった。

 

ただ一つはっきりしたことは、それ以来、おじ様にも理樹さんにも会えなくなったことだった。

 

大人になったら結婚すると約束したが、それぞれ別々の道を歩く事になったのだ。

 

私の父は十年前に他界した。

 

何故、おじ様を裏切ったのか、私にはわからないまま、おじ様とはずっと会っていない。

 

理樹さんが帰った後、健さんが私に言葉をかけた。

 

「驚いたな、仕事の面倒なことは全て僕に任せっきりだったのに、どうやって取引先の社長を説き伏せたのか考えられないよ」

 

私は何も返す言葉がなかった。

 

「亜紀、理樹のプロポーズを受けるの?」

 

「お受け出来ません」

 

「だって、婚約者のことは心配しなくていいんだよ、会社だって倒産は免れたんだし」

 

私は何も言えずに俯いていた。

 

「亜紀、理樹の親父さんと亜紀のお父さんの事件の事を気にしているの?」

 

私は驚きを隠せなかった。

 

健さんがおじ様と父の事件の事を知っているなんて……

 

「理樹にはっきり言った方がいいよ、亜紀を諦めさせる為に」

 

そんな事言えない、おじ様を裏切ったのは父でも、私はその父の娘。

 

そんな私と理樹さんの結婚をおじ様が許すわけがない。

 

理樹さんだって、どんな風に思うか、裏切り者の娘と冷たい視線を向けられたら、私は生きていけない。

涙が溢れて止まらなかった。

 

「亜紀、僕と結婚しよう」

 

「えっ?」

 

健さんの言葉に驚きすぎて固まってしまった。

 

「亜紀をはじめて東條ホールディングスのビルで見た時から、気になっていた」

 

健さんは私を引き寄せ抱きしめた。

 

「健さん、いけません」

 

「理樹のことは忘れるんだ」

 

次の瞬間、健さんは私の唇を奪った。

 

「いや」

 

私は健さんを突き飛ばし、部屋を飛び出した。

 

どうしていいかわからなかった。

 

マンションを飛び出して、東條ホールディングスのビルに向かっていた。

 

理樹さん、理樹さん。

 

私は急に目の前が真っ暗になり、ふらついて車道に飛び出した。

 

高級車の急ブレーキの音がして、私は気を失った。

 

気がつくと、広いベッドに身体を横たえていた。

 

ここはどこ?

 

その時、部屋のドアが開いて白髪混じりの老紳士が入って来た。

 

「気がついたかね」

 

私に声をかけてくれた老紳士はおじ様だった。

 

「おじ様」

 

「えっ、もしかして亜紀ちゃんかい」

 

私はその場に居た堪れず、部屋を飛び出そうとした。

 

また、目の前が真っ暗になり、その場にへたり込んだ。

 

「亜紀ちゃん、大丈夫か」

 

おじ様は私を支えてくれた。

 

「ベッドに腰掛けて、急に動くと危ないよ」

 

「すみません、ご迷惑ばかりおかけして」

 

おじ様は私をじっと見つめていた。

 

それからゆっくりと私に話を始めた。

 

「綺麗な娘さんになって、わからなかったよ」

 

「おじ様はお変わりなくお元気そうで安心しました」

 

「親父さんは健在か?」

 

「いいえ、十年前に他界致しました」

 

おじ様はびっくりした表情で私を見つめた。

 

「病気だったのか」

 

「はい、癌で気がついた時は手遅れでした」

 

「そうだったのか」

 

「あの、その節は父が多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、お詫びをしないといけないと思いながら、中々おじ様に会う勇気が持てなくて、本当に申し訳ありません」

「いや、その事なんだが、わしも早く真実を伝えれば良かったと後悔しておる、亜紀ちゃんがそんなにも気にかけて悩んでいたなど、考えも及ばなかった」

 

「どう言う事ですか?」

 

その頃、マンションを飛び出した私を心配して、健さんが理樹さんに連絡していた。

 

「亜紀が僕のマンションを飛び出して行方がわからない」

 

「どう言う事だ」

 

「亜紀の意に反する事をしてしまった」

 

「お前血迷ったか」

 

「すまない」

 

「俺に謝ってどうするんだよ、謝るなら亜紀だろ?」

 

「ああ、わかってる」

 

「親父に亜紀を紹介すると約束してるから、事の事情を親父に説明してくる、その足で心当たりを探すよ」

 

「よろしく頼むよ」

俺は親父の元に急いだ。

 

「親父、親父、実は……」

 

ドアをガチャっと開けると、探していた亜紀が親父と向き合って座っていた。

 

「亜紀、どうしてここにいるんだ」

 

「理樹さん」

 

「理樹、亜紀ちゃんを覚えているのか?」

 

「覚えているってどう言う事だよ」