ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第六章 皮肉な運命

 

「俺は諦めない、ニューヨークでの亜紀の言葉を信じてる」

 

私は振り向きもせず走り出した。

 

ニューヨークでの熱い抱擁、私だって理樹さんの言葉は信じている。

 

でも、あなたは東條財閥の御曹司、私はあなたの側にはいられない。

 

なんて皮肉な巡り合わせなの?

 

ニューヨークで愛した理樹さんが父の会社を倒産に追いやった人の息子さんだなんて。

 

私達は巡り会ってはいけない運命だったのに。

 

俺は、会社のため、社員のために諦めなくてはと、亜紀への思いを封印したはずだったが、健と亜紀が一緒に暮らしていると言う現実を見せつけられて、俺のハートは燃え上がった。

 

絶対に亜紀を渡したくない。

 

健を好きだと言った亜紀の言葉が脳裏から離れない。

 

絶対本音であるはずがないと自分に言い聞かせて亜紀を奪い返すと心に誓った。

 

そんな俺に健はいつものように説教を始めた。

 

「理樹、何を考えているんだ、お前には婚約者がいるんだぞ、この会社と社員を守って行く責任があるんだぞ」

 

「そんなことはわかってる、でも亜紀のことは諦められない」

 

「亜紀は僕の事を好きだと言ってくれた、聞こえなかったのか、お前を信じられないとも言っていたんだ」

 

「だからだよ、お前と一緒に暮らしているなんて我慢ならない」

 

「僕も亜紀を愛している、祝福してくれてもいいと思うけどな」

 

「冗談じゃない、俺は諦めない」

 

俺はその場を離れた。

 

私はマンションに戻ると、とんでもない事を口にしたと反省した。

 

どうしよう。

 

「健さんが好きです、理樹さんは信用出来ません」なんて言ってしまった。

 

健さんにどんな顔して会えばいいの?

 

部屋の中をうろうろしていると、ガチャっとドアが開く音がした。

 

ドアの方に視線を移すと、健さんが立っていた。

 

「亜紀、ただいま、仕事が終わったから急いで帰って来たよ」

 

「健さん」

 

「亜紀」

 

健さんは両手を広げて、私に近づいて来た。

 

私は「ごめんなさい」と言いながら後退りした。

 

「何がごめんなさいなの?」

 

「えっと……」

 

「僕を好きって嘘?」

 

「そんなことはありません、でも……」

 

「でも……何?」

 

私はなんて言っていいか戸惑いを隠せなかった。

 

「ごめん、あんまり亜紀の困ってる顔が可愛いからいじめたくなっちゃった」

 

私はキョトンとしてしまった。

 

「これからも僕のハウスキーパー件恋人、よろしくね」

 

「はい」

 

「えっ?恋人公認?」

 

「違います、いえ、あのう」

 

「嘘、嘘、本当に亜紀は可愛いな」

 

健さんはそう言ってクスクスと笑った。

 

「お腹空いたよ、食事よろしくね」

 

「はい、すぐ支度します」

 

二人で食卓を囲み、たわいもないおしゃべりに花を咲かせた。

 

「亜紀、明日休みだから買い物付き合ってくれる?」

 

「わかりました、どこに行くんですか?」

 

「カーテン明るい色に変えようかと思って」

 

「そうですか」

 

「亜紀は何色が好き?」

 

私はなんて答えればいいか迷っていた。

 

健さんの部屋は落ち着いた暗い色に統一されており、何で明るい色に変えようなんて言ったのかわからなかった。

 

私の好みに合わせようとしてくれたの?

 

食卓を囲みたわいもないおしゃべりの中で、明るい色が好きって言ってしまったのである。

 

「ベージュとかオフホワイトが好きです」

 

「そうか、じゃ、その色のカーテンを買いに行こう」

 

「でも、健さんは落ち着いた色が好みなんですよね」

 

「大丈夫、何色でも平気だよ」

 

健さんの心遣いに感謝して、お言葉に甘えることにした。

 

次の日、健さんと買い物に出掛けた。

 

店員さんに「新婚さんですか」と声をかけられて、私は否定しようとしたら、健さんはニッコリ頷いていた。

 

「健さん、店員さん、誤解しましたよ」

 

「それなら、誤解じゃないようにすればいいさ、亜紀、結婚しよう」

 

「駄目です、私は……」

 

「な、亜紀、東條ホールディングスは東條財閥とは何も関係ない、ましてや僕は理樹の父親とは面識ないし、何の関係もないよ」

 

亜紀は不思議そうな顔をしていた。

 

それはそうだろう、何でこんな話をするんだろうと考えたに違いない。

 

「亜紀、僕のプロポーズの返事を真面目に考えて欲しい」

この時は真相に触れずにプロポーズをしただけに留めた。

 

俺は亜紀を諦められずに途方に暮れていた。

 

どうしても亜紀の気持ちを確かめたくて、健のマンションへ向かった。

 

「亜紀、俺だ、開けてくれ、大事な話があるんだ」

 

亜紀は躊躇していたが、しばらくして開けてくれた。

 

「亜紀、亜紀の本当の気持ちが知りたいんだ、本当に健を選んだって事か」

 

亜紀はずっと俯いたまま黙っていた。

 

「俺は婚約者との話はなかった事にして貰う」

 

「いけません、そんな事したら社員の皆さんはどうされるのですか、健さんだって、やっとここまでやって来たと言っていました、そんな事駄目です」

 

「会社を倒産させるとは言っていない、資金繰りのための他の手立てを考える、だから亜紀は何も心配しなくていいんだ」

 

「理樹さん」

 

この時の亜紀の気持ちがどうしてもわからなかった。

 

健を好きになったとはどうしても思えなかった。

 

俺を信用出来なくなったと言う事も考えにくい。

婚約者の事、会社の事を考えて、自分が身を引く手段を選んだんだと思ったが、何かが引っかかる。

 

それだけではない気がしていた。

 

「亜紀、もう少し待ってくれ、会社の事手立てを考えて、解決したら、迎えに来る、いいな」

亜紀は俺を見つめていたが、頷くでもなく、視線を逸らした。

 

やはり、気持ちが読めなかった。

 

俺はその足で親父の元に向かった。

 

俺の親父は東條財閥当主東條理三郎だ。

 

億と言う資産を動かし、会社を切り盛りしてきたが、今は会長の立場でいくつかの会社を任せている。

 

ゆくゆくは、俺にその全てを継がせたいと思っているようだが、俺は親父の力は借りずに生きていくと決めていた。

 

東條ホールディングスも健と二人で資金繰りをして立ち上げた。

 

だから、健の東條ホールディングスへの思い入れは計り知れない。

 

倒産させることはありえない、でも亜紀は諦められない。

 

なら、親父に頭を下げる手段を俺は選んだ。

 

「久しぶりだな、元気でやっておったか」

 

「ああ、今日は頼みがあって来た」

「頼み?」

 

「何も聞かずに金を貸してくれ」

 

俺は親父に頭を下げた。

 

絶対に親父には頭を下げないと頑張って来たが、亜紀を諦めることは出来ない。

 

「珍しいことがあるもんだな、お前がわしに頭を下げるとは……」

 

俺は握り拳に力を入れて悔しさを露わにした。

 

「理由を聞かずにわしの大切な金は貸すことは出来ん、理由を聞かせて貰おうか」

 

俺は仕方なく理由を親父に話す事にした。

 

「俺、結婚したい女がいる」

 

「そうか、なんだ、結婚資金も稼いでいないのか」

 

「違うよ、会社の大口の取引先のお嬢さんに惚れられて、その取引先の社長が、娘と結婚してくれなければ、契約を打ち切ると言われた」

 

「未だに親バカな奴がいるんだな」

 

「一旦は会社と社員のために諦めたんだが、健が亜紀に手を出そうとしてる、絶対に我慢出来ない」

 

「その健と言うやつはお前のなんだ」

 

「東條ホールディングスの共同出資者で、副社長をしてくれている」

 

「そうか、優秀なのか?」

 

「ああ、最高に頼りになるやつだ」

親父は次に亜紀の事を聞いて来た。

 

「亜紀さんとやらが、お前が結婚したい女か」

 

「そうだ」

 

「苗字は何と言うんだ」

 

「水本だよ、水本亜紀」

 

親父の表情が変わった。

 

驚きと信じられないと言った様子の表情だった。

 

「亜紀さんのお父さんは健在か」

 

「亜紀の親父か、聞いたことないな」

 

「そうか、今度亜紀さんに会わせてくれないか」

 

「ああ、構わないけど、金は用立てて貰えるのか」

 

「そうだな、取引先も紹介する、あとはお前の腕次第だぞ」

 

「助かるよ、必ず返すから」

 

「亜紀さんを早々に連れて来てくれ」

 

「わかった」

 

親父はなぜ、亜紀にそんなに会いたがっているかわからなかった。

 

俺の結婚相手だからだけではないような気がした。

 

親父の元を離れて、取引先の社長の元へ急いだ、婚約を破棄する為だ。

 

取引先の社長は驚いた表情を見せた。

 

「理樹くん、本当にいいんだな」

 

「はい、自分はお嬢さんではなく、他に結婚したい女性がいます」

 

「そうか、これからどうするんだ、親父さんに泣きつくのか」

 

「いいえ、自分でなんとかします」

 

「そうか、わかった、では約束通り契約破棄と言う事でと言いたいところだが、私もいくら娘が可愛いと言っても、理樹くんの会社と契約破棄すると、私が困るからな」

 

「それじゃあ……」

 

「契約はこのまま続ける、これからもよろしく頼むよ」

 

「ありがとうございます、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

俺は胸を撫で下ろした。

 

その足で健のマンションへ向かった。

 

その途中、親父に事の事情を説明した。

 

「そうか、よかったじゃないか、でも亜紀さんには会わせろ」

 

「わかったよ」

 

スマホを切った。

 

親父と亜紀は知り合いなのか?

 

嫌な予感が脳裏を掠めた。

 

健のマンションに着くと、早速インターホンを鳴らした。

 

「理樹、何の用だ、こんな時間に」

 

「話があるんだ、開けてくれ」

 

健は俺を部屋に招き入れてくれた。

 

「なんだ、話って」

 

亜紀は俺にお茶を入れてくれた。