ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第四章 明らかにされた真実

 

「こちらこそ、当マンションのコンシェルジュ結城と申します、いつも東條様にはお世話になっております」

 

「挨拶はいいから、亜紀、部屋に案内するよ」

 

「失礼致します」

 

副社長とエレベーターで部屋に向かった。

 

部屋に入るなり、副社長は私の手を掴んで引き寄せた。

 

廊下の壁を背に動けない状態になった。

 

「副社長、冗談はやめてください」

 

「冗談なんかじゃない、亜紀を抱きたい」

 

「駄目です」

 

「どうして?僕は理樹みたいに婚約者もいないし、それに理樹は東條財閥の御曹司なんだよ、理樹と結婚することは大変なことだよ」

 

私は副社長の言葉に愕然とした。

 

もちろん婚約者がいるんだから、理樹さんと結婚出来るとは思っていない。

 

でも、ほんのちょっとおしゃべりしたり、食事をしたり出来たらと浅はかな考えをうちくだかれた。

 

理樹さんが東條財閥の御曹司だなんて。

 

身分の違いに足が震えた。

 

しかも私の父の会社は東條財閥の東條理三郎に倒産に追いやられた過去があった。

 

もちろん、父が悪い事は百も承知だ。

 

目をかけて貰っていたのに裏切ったのは父だからである。

 

理樹さんが東條財閥の御曹司だなんて……

 

理樹さんのお父様は私のことを知ったら反対するに決まってる。

 

そもそも、理樹さんは私の父の事を知らないのだろうか。

 

理樹さんとの結婚は出来ない事は分かりきっている事。

 

私が昔、裏切られた男の娘だと言う事を知ったら、息子の会社で働いているなんて知ったら、考えただけでもゾッとする。

 

私は理樹さんの側にいてはいけないと自分に言い聞かせた。

 

「私、副社長の秘書は辞退させて頂きます」

 

そして、出口に向かってあゆみを進めた。

 

「亜紀、ちょっと待って、何でそうなるの、僕は御曹司でもなんでもないよ」

 

「どうしよう」

 

「亜紀、理樹の事は忘れろ、僕を好きになってくれ」

 

副社長は私を抱きしめた。

 

「少しだけ、このままでいて」

 

亜紀は抱きしめた身体を震わせていた。

 

思いもよらぬ真実に打ちひしがれたのだろう。

 

理樹は昔からそうだった。

自分の立場を全くわかっていない。

 

東條財閥の御曹司と言う立場が、どれ程の影響力を持っているのか。

 

理樹とは大学時代からの付き合いだった。

 

はじめて理樹に声をかけられた時、まさか東條財閥の御曹司とは思いもしなかった。

 

「俺、東條理樹、お前東條って言うんだな」

 

「ああ、僕は東條健、何の用だ」

 

「悪いけど、講義の内容俺に教えてくれ、寝ちゃってて、気づいたら終わってて、参ったよ」

 

「友達に見せて貰えばいいだろう」

 

「ほら、これ、見てみろよ、全然わからないだろう」

 

「確かに、これじゃ本人もわかんないんじゃないか」

 

「講義聞いてるからわかるらしいぜ」

 

「凄いな、ある意味尊敬するよ」

 

「だから、頼む、飯、奢るからさ」

 

「わかった、今回だけな」

 

理樹はそれから毎回僕を頼って来た。

 

後からわかった事だが、理樹は僕に講義の内容を教えて貰うのは口実だった。

 

理樹は頭の回転がいい奴だ。

 

居眠りしてても講義の内容はほとんど理解していた。

 

理樹には御曹司なりの悩みがあった。

今思うと理樹とはこの時からの付き合いだ。

 

就職活動の時も、てっきり理樹は親父さんの会社を継ぐと思っていたが、僕に驚きの言葉を投げかけた。

 

「なあ、俺と会社立ち上げないか?」

 

「はあ?言ってる意味わからないよ」

 

「なんでだよお、資金は俺が出す、だから俺が社長で、健が副社長な」

 

「マジで言ってるのか」

 

「当たり前だろ、俺にないものを健は持ってる、だから俺達最高のバディだと思わないか?」

 

理樹は、まさかと思っていた事を現実に叶うと思わせた。

 

あれから五年ガムシャラに突っ走って来た。

 

僕は当時彼女がいなかった、しかし理樹には愛する女性がいた。

 

でも、今はこの世にいない。

 

五年前癌でこの世を去った。

 

まさか五年後に同じ女性を愛するなんて全く想像がつかなかった。

 

「私、帰ります、それからこのお話はなかったことにしてください」

 

「理由を聞かせてくれ」

 

亜紀は俯いて黙っていた。

「わかった、秘書の話は白紙に戻そう、その代わり僕のマンションでこの部屋のハウスキーパーの仕事を頼みたい、それなら問題ないだろう?」

 

「それは会社として私を雇い入れてくれるって事でしょうか」

 

「いや、僕個人と契約だよ」

 

亜紀の表情が変わった。

 

やはり、理樹が東條財閥の御曹司だと言う事が関係しているんだとピンと来た。

 

「それなら引き受けてくれるよね」

 

「でも……」

 

「理樹には亜紀は会社を辞めたと言っておくよ、問題ないだろう」

 

副社長はどうしてこんなにも私を引き止めるの?

 

理由が全くわからない。

 

もしかして理樹さんも私の父の事を知ってて、はじめから騙すつもりだったって事?

 

副社長も理樹さんと苦楽を共にして来た親友だから、今度は副社長が……

 

この時の私は冷静な判断が出来る状態ではなかった。

 

まさか、副社長が真っ直ぐな気持ちで私を受け入れようとしているなど、ましてや私を心配してくれていたなんて思いもよらなかった。

 

「亜紀?大丈夫?」

「ハウスキーパーのお仕事の件は考えさせてください」

 

「わかった、でも返事はYESしか受け付けないよ、連絡待ってる」

 

私は副社長のマンションを後にした。

 

何も考えられなかった。

 

あの時、父の会社が倒産して、私の家族は大変な思いをした。

 

でも、父が悪かったのだから理樹さんのお父様を恨んではいない。

 

逆に信頼していた父に裏切られて、どんなにか理樹さんのお父様はショックを受けたか、その事の方が気にかかる。

 

どうしていいか分からず、私は冬美に連絡を取った。

 

「冬美、理樹さんが東條財閥の御曹司だったの」

 

「東條財閥って亜紀のお父さんの会社を倒産に追いやった、あの東條財閥?」

 

「そう」

 

「えっ?それじゃはじめから理樹さんに遊ばれたって事?」

 

「わかんないよ」

 

「理樹さんに会えたの?」

 

「会えた、連絡するつもりだったけど、スマホが壊れてデーター消えて連絡出来なかったって」

 

「何?その言い訳」

 

「でも結婚したいと思った気持ちは嘘じゃないって」

「だって、婚約者を選んだのは事実でしょ?」

 

「うん、でもそれは会社のために」

 

そこまで言いかけて、冬美に大きくため息をつかれた。

 

わかってるよ、騙されたかもって言いながら、私は理樹さんの言う事を信じてる。

 

「副社長はどうなの?」

 

「よくわからない、秘書を辞退したいって言ったら、じゃ、ハウスキーパーを頼みたいって、言うし……」

 

「素直に亜紀を好きなんじゃないの?」

 

私は冬美の言葉に驚きを隠せなかった。

 

まさか、副社長とはビルの前で会ったのがはじめてだし、それからほとんど時間は経っていない。

 

「好きとか、心配なんだとか言われなかった?」

 

私は冬美の言葉に頭を巡らせていた。

 

「そう言えば、僕を好きになってくれって抱きしめられたような」

 

「やだ、そんな大事な事覚えてないの?」

 

「だって、理樹さんが東條財閥の御曹司って聞いて、パニックになっていたから」

「やっぱり、副社長は亜紀が好きになったんだよ、それでなんでもいいから側にいて欲しくてハウスキーパーを提案したんじゃない?」

 

「ありえないよ、あんなに若くてかっこいい人が私を好きだなんて、そんなに時間経ってないのに」

 

「愛に年齢も時間も関係ないよ」

 

「でも、やっぱりまだ理樹さんが……」

 

「亜紀、理樹さんは婚約者を選んだんだよ、亜紀は選ばれなかったの」

 

「わかってるよ」

 

「副社長は亜紀を真っ直ぐに愛してくれてる」

 

「でも……」

 

「いきなり、副社長の恋人になれって言ってないよ、様子見たら?仕事も探していたんだからちょうどいいじゃない?」

 

「だって、住み込みだよ」

 

「亜紀がしっかりしてればいい事だから、亜紀が拒んでるのに無理矢理襲わないでしょ」

 

「それはそうだけど……」

 

なんか冬美に言われるとそうかなって思ってしまう。

 

私は副社長のハウスキーパーを住み込みで受ける事にした。

 

その頃僕は亜紀の尋常じゃない態度に、理樹との関係を調べはじめた。

 

「副社長、わかりました」

 

「なんだ」

 

「社長のお父様と水本亜紀さんのお父様は古くからの親友だったのですが、亜紀さんのお父様が社長のお父様を裏切った事件がございました、その結果、亜紀さんのお父様の会社は倒産に追い込まれました」

 

「理樹と亜紀はニューヨークで何があったんだ」

「お二人を見かけた証言から、とても仲睦まじい間柄と感じたそうです、お二人の会話を偶々聞いていた者の証言によりますと、ご結婚の約束をされていたとか」

 

「理樹は亜紀のお父さんの事、知っているのか」

 

「社長は知らないと思われます」

 

「ご苦労様」

 

理樹が東條財閥の御曹司って僕から聞いて、亜紀は狼狽えたってことか。

 

もしかして、理樹に騙されたと思ったのか。

 

まさか、僕も疑われたって事か?

 

僕はすぐに亜紀に連絡を取った。

 

「亜紀、話があるんだ、僕のマンションに来てくれないか」

 

「副社長、私もお話しがあって、連絡差し上げようと思っていました」

 

「今晩、僕のマンションに来てくれ」

 

「わかりました、お伺い致します」

 

亜紀は僕のマンションに足を運んだ。

 

「どうぞ、入って」

 

「はい、お邪魔致します」

 

「ソファに腰掛けて、今何か飲み物持ってくるから、コーヒーでいいかな」

 

「はい」

 

亜紀と向かい合ってコーヒーを口へ運ぶ。

じっと亜紀を見つめると、恥ずかしそうに俯く。

 

ずっとこのまま二人で時間を過ごせる事が出来たらどんなにかいいだろうと妄想を膨らませた。

 

「亜紀の話って何?」

 

沈黙の中、僕が口火を切った。

 

「あのう、ハウスキーパーのお仕事をお受けしようかと思いまして……」

 

「えっ?ほんと?」

 

僕は嬉しさのあまり、立ち上がって亜紀に近づいた。

 

亜紀はびっくりした表情を見せた。

 

「その前にいくつかお尋ねしたい事があります」

 

「いいよ、何かな」

 

「このお仕事は副社長個人との契約で、会社は関係ないんですよね」

 

「僕個人との契約だよ、安心して、理樹は関係ない」

 

亜紀のほっとした表情が見えた。

 

「それから、住み込みのことですが、やはりやめたほうがいいと思うんですが」

「どうして、デートした時送って行くの面倒だし、毎日行ったり来たりじゃ大変だろう」

 

「デートってどう言うことですか」

 

「あれ、言わなかったっけ、デートも仕事のうち」

 

「聞いてません」

「そうだっけ?」

 

「それならお断りします」

 

「冗談だよ、冗談、デートはなしで、でも住み込みはお願いしたいんだ、遅く帰って来た時、簡単なものでいいから作って欲しい」

 

亜紀は考えていた。そして決心したかのように「わかりました、住み込みでお受けします」と言ってくれた。

 

「良かった」

 

「あのう、副社長のお話ってなんでしょうか」

 

僕は事の詳細は封印して、自分の気持ちだけを伝えた。

 

「亜紀、僕のことを信じて欲しい、どんな事があっても亜紀の味方だから」

 

亜紀はキョトンとしていた。

 

多分、何の事を言われたのか理解出来ていない様子だった。

 

「それじゃ、早速明日引越しだな、今日から契約スタートだからこの部屋使って、鍵がかかるから」

 

「えっ?今日からですか、何も用意してきていません」