ラヴ KISS MY 書籍
第ニ章 捧げちゃった
「それから、またニューヨークに二人で来ような、その時は夫婦として」
「はい、絶対ですよ、約束」
亜紀は満面の笑みを浮かべた。
ニューヨークの最後の夜、俺は亜紀を抱きつくした。
私は運命の人に巡り会い、初めてを捧げた。
そして、結婚する、夢にまで見た好きな人との結婚。
一ヶ月、二ヶ月過ぎても理樹さんから連絡はなかった。
ニューヨークでのアバンチュールだったの?
私、遊ばれたの?
でも、若くて可愛い子ならありうるけど、年上の冴えないアラフォーを騙して、理樹さんにとってなんのメリットがあるの?
そんな私に冬美から連絡が入った。
「ニューヨークどうだった?素敵な巡り会いはあった?」
私は冬美の声を聞いて、張り詰めていた気持ちが音を立てて崩れた。
電話口でわーわー泣いた。
「亜紀、どうしたの?何があったの?」
「冬美、私、騙されて初めてを奪われたよ」
冬美は仕事が終わってから会おうと言ってくれた。
私は泣くだけ泣いて、ちょっとスッキリした。
冬美と待ち合わせした時間にはちょっとは元気になっていた。
「亜紀、大丈夫?ニューヨークで何があったの?」
私は冬美にニューヨークでの理樹さんとの出会いを語り始めた。
「ニューヨークで白人男性に襲われそうになったところを、助けてくれたのが東條ホールディングス社長、東條理樹さんだったの」
「それで」
「私、怪我してたから、理樹さんが自分の泊まっているホテルに連れて行ってくれて、怪我の手当をしてくれたの」
「なるほど、よくあるパターンね、それで?」
「ルームサービスで食事をして、彼に振られて傷心旅行してる話をして、結婚するまではこの身は捧げないって言ったら国宝級だなって言われた」
「確かにその通りよね」
「そうしたら私の初めてを俺にくれって、東條亜紀になれって」
冬美は驚いた表情を見せた。
「プロポーズされたの?」
「うん」
「それで、亜紀の初めてを捧げたの?」
「うん」
「それ以来連絡ないんだ」
「うん」
「東條ホールディングス社長、東條理樹よね」
冬美はスマホで調べ始めた。
「副社長の東條健しか、メディアに出てこないわね」
「兄弟?」
「違う、偶々同じ苗字みたいよ」
「そうなんだ」
次の瞬間、冬美の表情が強張った。
「冬美、どうしたの?」
「亜紀、東條理樹のことは諦めなさい」
「どうして?」
その時冬美の言葉に私は愕然とした。
「東條理樹には婚約者がいるよ」
「婚約者?そんな」
やっぱり遊ばれたんだ。
私はその場にへたり込んだ。
「亜紀、大丈夫?」
「大丈夫」
冬美にはそう言ったものの、全然大丈夫じゃなかった。
私は一人でアパートに帰った。
部屋で一人大声で泣いた。
その頃俺は途方にくれていた。
あれから二ヶ月も経ってしまった。
亜紀、待っててくれているだろうか。
俺はスマホを壊してしまい、データーをバックアップしておかなかった為、亜紀の連絡先がわからなくなったのだ。
「理樹、だから言っただろう、あれほどバックアップしておけと」
「しょうがねえだろう、それよりアドレスってなんとかならないか」
「あのな、バックアップしてないんだから無理」
「ああ、どうすんだよ」
亜紀が連絡くれても、通じない。
そうだ、いい事を思いついたぞ。
俺の秘書を募集だ、亜紀は連絡取れないと絶対に真意を確かめる為応募してくるに違いない。
ところが多数の応募があったが、その中に亜紀はいなかった。
俺って気づいてないのかな?
東條ホールディングス社長、東條理樹って俺言ったよな。
自分の会社のホームページをマジマジと見つめた。
俺の写真全く掲載されていないのか、えっ?これじゃまるで健が社長みたいじゃないか。
自分のプロフィールのページを見て、俺は愕然とした。
なんだよ、婚約者って。
「おい、健、俺のプロフィールに婚約者ってどう言う事だよ」
「取引先のお嬢さんだよ、あれ?紹介しなかったっけ?」
「紹介されたよ、それは覚えてるが、婚約者って聞いてねえぞ」
「そうだったか、でも手間が省けていいじゃん」
「はあ?俺は認めてねえぞ」
「愛理ちゃんはその気なんだから、恥をかかすなよ」
「愛理ちゃん?そんなに仲がいいんならお前が結婚すればいいだろ」
「愛理ちゃんはお前を好きなんだよ、今、愛理ちゃんの親父さんに手を引かれたら、この会社は倒産する」
「嘘だろ?」
「嘘じゃねえよ、この会社を存続させたければ、結婚したい女は諦めるんだな」
俺は亜紀との約束を果たす事が出来なくなった。
それからさらに一ヶ月が過ぎようとしていた。
私は理樹さんを諦めなくちゃと自分に言い聞かせていた。
婚約者がいる社長さんが私にプロポーズするわけがない。
異国の地で一夜のアバンチュールだったんだ。
理樹さんだけ責めることは出来ない。
私だって納得して、一夜を過ごしたんだから。
でも「あの夜の事は遊びだった」と言われたら諦められるかもしれないと思い、私は信じられない行動に出た。
東條ホールディングスのビルを訪ねた。
こんなところまでアポなしで来て、理樹さんに会えるわけがないよ。
ビルを見上げていると、一人の男性が私に声をかけて来た。
「失礼ですが、弊社に何か御用でしょうか」
振り向くと、誠実な印象の素敵な男性だった。
「いきなり、失礼致しました、自分は東條ホールディングス副社長、東條健と申します」
その男性はそう言って、私に名刺を差し出した。
私はその名刺を受け取りまじまじと見つめた。
「あのう、社長秘書の件でしたら、既に決まってしまって」
「いえ、違います」
「そうですか」
副社長ならいろいろな事を知ってるかもしれない。
私は意を決して副社長に尋ねた。
「御社のホームページを拝見して、社長さんのプロフィールの事なんですが、婚約者と記載があったのですが、婚約者がいらっしゃるって事ですか」
副社長は私をまじまじと見つめて、それから答えた。
「はい、取引先のお嬢さんです、失礼ですが社長のお知り合いの方でしょうか」
私は戸惑いを隠せなかった。
「あの、その、えっと、知り合いではありません」
まずい、変に思われたよね。
「そうですか」
でも質問をやめる事は出来なかった。
「あの、社長さんは三ヶ月ほど前、ニューヨークに行かれましたか」
「はい、仕事で十日ほど滞在致しました」
やっぱり、理樹さんだ。
「もしかして、理樹とニューヨークでお会いになったのですか」
「えっ?いえ」
もう完璧にしどろもどろになってしまった。
「あのう、自分は現在秘書を探しています、もしよろしければ、僕の秘書になって頂けませんか」
「はい?」
「急で驚かれたと思います、実は社長の秘書応募に若い女の子が殺到しまして、僕は若い女の子は苦手で、あっ、すみません、決してあなたが若くないってわけじゃなくて」
「大丈夫です、本当に私、若くないので、もう三十九ですから」
「えっ?見えないですよ、僕と同世代かと思っていました」
「副社長さんはおいくつですか」
「僕は三十です」
そういえば理樹さんの年齢聞いていなかったな。
副社長さんと同じ位かな。
「社長さんはおいくつなんですか」
「僕と同じ三十歳です」
「そんなふうに見えないですね」
「やっぱり理樹と面識あるんですね」
私はしまったと口に手を当てた。
「水本さんは可愛い人だな」
可愛いなんて言われた事ないから、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。
副社長さんはクスクス笑っていた、もう、私、バカにされてるの?
ちょっと拗ねて見せると「拗ねた顔も可愛いな、理樹が好きになるのも納得出来る」と私を見つめた。
「是非、僕の秘書になってください、ご連絡をお待ちしています」
副社長さんが手渡してくれた名刺をじっと見つめて、そう言えば理樹さんは名刺をくれなかった、スマホの連絡先を交換しただけで、あれ以来理樹さんから連絡はない。
やっぱり遊びだったのかな、婚約者いるし……
「水本さん?どうかなさいましたか」
「いいえ、なんでもありません」
「では、絶対に連絡くださいね」
私は曖昧な返事で誤魔化して、その場を後にした。
その夜、冬美と連絡を取った。
「東條ホールディングス副社長の秘書の仕事を、やろうかなって思ってる」
「えっ?社長秘書じゃなくて、副社長の秘書?」
「うん」
「募集でも見つけたの?」
「東條ホールディングスのビルまで行ったの」
「亜紀にしては大胆な行動に出たわね」
「もう、からかわないで、自分でもびっくりしてるんだから」
「それで」
私は副社長との一部始終を冬美に話した。
「そうなんだ、社長との関係、副社長にバレたね」
「やっぱりそうかな」
「だから秘書をお願いしようと思ったんだよ」
「どう言う事?」
「副社長は二人の仲を取り持つんじゃなくて、自分と亜紀の仲を見せつけたいんだと思うよ」
「まさか」
しかし、冬美の考えは的中した。
でも、少し違っていた、副社長の想像以上の溺愛に放浪されるなんて想像もしなかったのである。
私は副社長に連絡を取った。
「やっぱり、連絡してくれると信じていたよ」
「あのう、私、秘書の仕事は経験ないんです」
「大丈夫だよ、仕事の秘書はちゃんといるから、とにかく説明するから弊社のビルに来てくれるかな」
「わかりました」
私は東條ホールディングスのビルの前にいた。
まさか、また、このビルに足を運ぶ事になるなんて夢にも思わなかった。
正面入り口から受付に行くと、副社長さんが既に待機してくれていた。
「また、逢えて嬉しいよ」
副社長さんはニッコリ微笑んで、私をエレベーターにエスコートしてくれた。
エレベーターで最上階に向かう。
じっと見つめられてる?何?もう、どうしよう。
「緊張しているのかな?」
「えっ?あっ、はい」
「僕も、素敵な女性と二人でこんな密室で緊張するな」
副社長さんはプレイボーイなの?
私は目線のやり場に困って、副社長さんに背を向けた。
エレベーターの窓から外が見えて、素晴らしい景色が広がった。
次の瞬間、耳元に何か感じた。
「綺麗だろ、この自社ビルを建てるのに五年かかった、理樹とガムシャラにつっぱしってきた、余裕なくてね、女性とゆっくり過ごす時間もなかった」
そして、私の肩を抱いて副社長さんの方へ向かせた。
「亜紀とゆっくり過ごす時間が欲しい」
そしてグッと引き寄せられた。
次の瞬間、エレベーターのドアが開き、一人の男性が立っていた。
「悪い、取り込み中だったか」
この声、理樹さんの声。
私は副社長さんの肩越しにドアの方を覗き込んだ。
理樹さん!
ドアが閉まりかけた瞬間、理樹さんがこちらを向いた。
目が合ったような気がしてドアは閉まった。
あれ、今、健と一緒にいた女性は亜紀?まさかな、こんなところにいるはずないよな、しかも健に抱きしめられていたんだから、亜紀のはずがないよな。
俺は一瞬亜紀に見えた事に、等々幻が見えてきたかと、項垂れた。
しかし、健が女性を会社に連れて来るとは珍しい事があるなと、この時は亜紀だなんて想像もつかなかった。
「閉まっちゃった、抱き合ってるところ見られたね」
亜紀は慌てて僕から離れた。
初めて亜紀を見た時、すごく惹かれた。
今まで味わった事のない感情が溢れてきた。
理樹が惚れたのも無理はない、しかし、理樹には何としても婚約者と結婚して貰わなければ、この会社を存続させる手立てが見つからない。
五年間必死になってこの会社を守ってきた。
ここで倒産など考えられない。
でも正直言って、僕の本音は亜紀を理樹に渡したくない。
そこまで、僕は亜紀に強く惹かれた。
そしてエレベーターが最上階手前で止まった。
「この階が副社長室だよ、この上が理樹がいる社長室だ」
「紹介しよう、僕の第一秘書の最上真理子さんだ」
「最上真理子です、よろしくお願いします」
「こちら、僕の秘書兼恋人の水本亜紀さんだ」
「副社長、誤解されるようなことは仰らないで下さい」
「水本亜紀です、秘書の仕事は経験がないので、ご指導よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それじゃあ、社長に紹介するよ、理樹に会わせるから」
エレベーターで上の階に向かった。
「こちら、社長の秘書の真壁蘭子さん」
「僕の秘書兼恋人の水本亜紀だ」