ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第十章 離婚してから気づく溢れる想い

 

そこへコンシェルジュの山川が満面の笑みで俺達を迎え入れてくれた。

 

「海堂様、ちづる様、お帰りなさいませ、ちづる様、またお会いできて嬉しゅうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「お身体を大切になさってください、なんなりとお申し付けくださいませ」

 

「はい」

 

私は思わず返事をしたが、まさか海堂さんと同じマンションで、しかも隣の部屋だなんて、

嬉しいような微妙な気持ちだった。

 

部屋に入ると、荷物は全て移動してくれていた。

 

「ゆっくり、休め」

「はい、ありがとうございました」

 

「じゃあな」

 

えっ?もう行っちゃうの?ちづる、ご飯に誘うのよ。

 

「あのう」

 

「どうした?」

 

「えっと、海堂さん、夕飯はどうされるのですか」

 

「そうだな、これから会社に戻って、帰り、コンビニで何か買ってくるかな」

 

「そうですか」

 

「ちづるの分も買ってくるか」

 

「本当ですか?」

 

私の頬はめっちゃ緩んだ。

 

「待ってます」

 

海堂さんは会社に戻った。

 

私は部屋に入ると、少し眠ってしまった。

 

 

「ちづる、ちづる」

 

私を呼ぶ声が聞こえて、目を覚ますと、海堂さんが私の顔を覗き込んでいた。

 

「海堂さん」

 

「大丈夫か」

 

「大丈夫です、私、眠ってしまったんですね」

 

「インターホンを鳴らしたんだが、応答がなかったから、コンシェルジュの山川に鍵を開けて貰ったんだ」

 

「海堂さん、鍵持って行かなかったんですか」

 

「俺はちづるの部屋の鍵は持ってないからな」

 

あっ、そうだった、私達もう夫婦じゃないんだった。

 

「これ、買って来たぞ、ここに置いておくぞ」

 

海堂さんはテーブルにコンビニの袋を置いた。

 

そして、ドアの方に向かって歩き始めた。

 

えっ?帰るの?一緒に食べないの?

 

食事を一緒に食べていた私達、でも今は他人だから別々に食べるのが当たり前なんだ。

 

「ありがとうございました」

 

そう言う事が精一杯で、一緒に食べましょうと言う言葉を飲み込んだ。

 

海堂さんの背中に手を伸ばし、引き留めたかった。

 

離婚してから気づくなんて、こんなにも失いたくないと思うなんて。

元に戻りたい、なんで離婚してくださいなんて言ったの?

 

ちづるのバカ。

 

しばらくして病院へ診察の日がやってきた。

 

私は一人で行くんだと当たり前の事を思いながら、マンションを出た。

黒の高級車が私の前に停まった。

 

もしかして、海堂さん?

 

そんな微かな思いを抱きながら、車から出て来た男性に目を向けた。

 

「充?」

 

「ちづる、大丈夫か」

 

「うん、大丈夫」

 

「これから病院だろ?」

 

「どうして知ってるの?」

 

私の通院の予定をどうして充が知ってるのか不思議だった。

 

「海堂に頼まれたんだ、仕事で着いていってやれないから頼むってな」

 

「そうなんだ」

 

海堂さん、自分は離婚して関係ないって事?

 

充に任せておけばいいかって事?

 

「大丈夫よ、一人で平気だから」

 

「何言ってるんだ、これからは俺がちづるを守るから」

 

充はそう言って病院について来た。

 

診察の結果は順調だった。

 

「良かったな、ちづる」

 

「充、ありがとう、でもこれからは大丈夫だから」

「寂しい事言うなよ、また来月着いて行くよ」

 

私はどう答えていいかわからず、取り敢えず充と別れた。

 

マンションの入り口で、コンシェルジュの山川さんが声をかけてくれた。

 

「ちづる様、大丈夫ですか」

 

「はい、いつもありがとうございます、今日、診察の日で、何の問題もないそうです」

 

「それは良かったですね」

 

そこへ海堂さんが女性と連れ立って入って来た。

 

「海堂様、お帰りなさいませ」

 

「ただいま、ちづる、今日の診察は大丈夫だったか」

 

海堂さんが声をかけてくれた。

 

「はい、何の問題もないそうです」

 

「良かったな」

 

そんな私を海堂さんの連れの女性はじっと見つめた。

 

そして、海堂さんとエレベーターに向かった。

 

エレベーターに乗り込むと、海堂さんは私に声をかけた。

 

「一緒に乗るか」

 

えっ?一緒に?海堂さんが声をかけてくれて嬉しかった。

 

でも、一歩踏み出そうとした時、海堂さんの連れの女性が、乗るなと言わんばかりに私を睨みつけた。

 

私は足がすくんで一歩も動けなかった。

「だ、大丈夫です、山川さんともう少しお話があるので」

 

そう言って、断った。

 

「そうか、じゃ、先に行くぞ」

 

エレベーターのドアが閉まりかけた時、女性は海堂さんの腕に自分の腕を絡ませて、口角を上げてニヤリと不吉な笑みを浮かべた。

 

まるで海堂さんは私のものよと言っているように感じた。

 

この時、はっきりわかった、海堂さんと離婚した事を後悔している自分がいる事に……

 

「あのう、今海堂さんと一緒だった女性はどなたですか」

 

私は海堂さんと一緒だった女性が気になっていた。

 

彼女なの?

 

それとも仕事関係なの?

 

「海堂様とご一緒だった女性は、取引先のお嬢様です、お父様同士が古くからのご友人だとお聞きしています」

 

「そうですか、結婚するんですかね」

 

「どうでしょうか、でも最近頻繁に海堂様のお部屋にお見えになっています」

 

何でそんな女性がいるなら、私は海堂さんの側にいるように言われたの?

 

ひどいよ、新しい彼女と仲良くしているところを見せつけるなんて。

やだ、私、嫉妬してるの?

もう、関係ないのに……

 

しばらくして、私は部屋に向かった。

 

夕食どうしよう、作る気持ちにもなれず、買いに行くのも面倒だ。

 

そんな時、スマホが鳴った。

 

海堂さんからだった。

 

「はい、ちづるです」

 

「ちづる?もう飯食ったか?」

 

「まだです」

 

「俺もこれからなんだが、一緒に食うか?」

 

「一緒に?」

 

「彼女は用事があって帰ったから俺一人なんだ」

 

やっぱり彼女なんだ。

 

「ちづる?もしかして誰かと約束しているのか、充か?」

 

「約束なんかしていません」

 

「じゃあ、俺の部屋に来い」

 

心臓がドキドキいってる、私は早速着替えて海堂さんの部屋のインターホンを鳴らした。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

ついこの間まで一緒に生活していた空間に足を踏み入れると、なんか懐かしさを覚えた。

 

「座って待ってて」

 

キッチンで食事の用意をしてくれている、海堂さんの後ろ姿に思わず近づいた。

 

そして、私はこの時、自分の素直な気持ちのまま、海堂さんの背中に抱きついた。

 

「ちづる?」

「海堂さん」

 

海堂さんは私の肩を掴み、私の身体を離した。

 

「俺達はもう、夫婦じゃない、そんなつもりで誘ったんじゃない」

 

「じゃあ、なんで私を側に置いておくんですか」

 

つい、海堂さんに食ってかかってしまった。

 

「心配だからだ」

 

「心配?」

 

「それならなんで離婚したんですか」

 

「離婚を申し出たのはちづるの方だろ?」

 

「それはそうですけど……」

 

沈黙が流れた。

 

確かに離婚は私が言い出した事だ。

 

それなのに食ってかかって、私が悪い。

 

「さっきの人と結婚するんですか」

 

「どうかな、まだわからない、どうしてそんな事聞くんだ」

 

「どうしてって、仲良さそうだったからです」

 

「ちづるはどうなんだ」

 

「何がですか」

 

「充と結婚するのか?」

 

急に充の名前が出てきてびっくりしてしまった。

 

「充とは結婚しません」

 

「そうか」

 

私は思い切って自分の気持ちをぶつけた。

 

「私をもう一度お側に置いてください」

 

海堂さんは私を見つめ、そして、私を抱き上げ、寝室に運んだ。

「ちづる、俺が好きか?」

 

「はい」

 

「二度と俺から離れないと約束出来るか」

 

「はい」

 

海堂さんは私を抱きしめてくれた。

 

お互いに我慢していた感情が溢れ出した。

 

首筋から胸へ海堂さんの唇は熱を帯びた状態で、狂おしいくらいに私を求めた。

 

朝まで海堂さんの情熱の炎は消えなかった。

 

「ちづる、おはよう、すぐに婚姻届を出しに行くぞ」

 

「本当ですか」

 

「何も心配はいらない、俺だけに着いてこい」

 

ちづるは頷いた。

 

俺はちづるから離婚を切り出された時、途方にくれた。

 

説得しようにも、ちづるは納得しないだろう。

 

自分さえ我慢すればいいと思う女だ。

 

俺に対しての溢れる想いは感じていた、しかし、その気持ちを封印されたら打つ手がない。

 

俺がいないと生きていけないくらいに、気持ちを抑えられないくらいにしたかった。

 

俺はあっさりと離婚に承諾した。

 

敢えてちづるに冷たく当たり、充を利用して、充との距離を縮めさせた。

 

これは俺の賭けだった。

俺に対して冷たくされたことで、愛が冷めるのであれば、そこまでの気持ちと言う事だろう。

 

ちづるはそんな女ではない事は百も承知だ。

 

しかし、術後で気弱になっていたら、冷たい俺ではなく、優しい充を選んだら、これもまた賭けだった。

 

俺はもう一つ作戦を立てた。

 

昔から兄弟のように育った、取引先の娘、真弓に協力を求めた。

 

「頼む、協力してくれ」

 

「慎が私に頭を下げるなんて信じられない」

 

「そんな事どうでもいいだろう、やるのか、やらないのか、どっちだ」

 

「わかったわ、これは大きな貸しよ、覚えておいてね」

 

「ああ」

 

「ちづるさんが嫉妬の炎を燃やすようにすればいいのね、任して」

 

ちづるは俺の思い通り、俺に対する気持ちを爆発させた。

 

ちづるから抱きついてくるとは想定外だった。

 

俺とちづるは再婚した。

 

私はのちに、海堂さんからこの話を打ち明けられて、拗ねて見せた。

 

「ひどい、慎のバカ」

 

「いいな、その呼び方」

 

「慎」

 

慎と見つめ合い、二度と離れないと誓った。

私は充から呼び出されて、プロポーズの返事を聞かせて欲しいと言われた。

 

「ごめん、充、私、慎と再婚したの」

 

「えっ?マジかよ」

 

「やっぱり、慎を愛している事に気づいた、遅いよね、離婚してから大切な人に気づくなんて……」

 

「いや、俺もちづるを責められないな、お前が人妻でも俺はいつでもちづるを支えるからな」

 

「うん、ありがとう」

良かった、充がわかってくれて。

 

その後、慎と充は仕事上のパートナーの関係は変わらず、また、私を口説くことも変わらなかった。

 

私と慎は二人で生きて行くことを誓い合った。

 

二人の子供は望めない、養子も考えたが、慎が二人で生きていこうと言ってくれた。

 

「ちづる、頑張っていこうな、ずっと俺の面倒を見てくれ」

 

「はい、はい」

 

「はいは一回でいい」

 

「はい、はい」

 

慎は私を抱きしめた。

 

                END