ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第八章 語られた真実

 

ちづるには聞きたい事、確かめたいことが山積みだが、今は俺の腕の中で満足している事だけで十分だった。

 

「ちづる、ずっと俺の側にいるんだ、いいな、充に着いて行くんじゃないぞ」

 

ちづるは俺の顔を見上げて頷いた。

 

俺を見上げるちづるは愛おしい。

 

あとは充の出方次第だな。

 

あいつには資金援助して貰っている。

 

ちづると引き換えに資金援助を打ち切るなんて言いかねない。

 

俺は何か他の手立てを考えなくてはいけないと正直焦っていた。

 

三神といい、充といい、俺は大変な女に惚れちまったな。

 

食事を済ませたあと、ちづるから話があるとの事だった。

 

多分、充との関係の事だろうと察しはついた。

 

「海堂さん、ごめんなさい、私は嘘をついていました、充の事は八年前から知っていました、結婚の約束もしていました、でも、他の女性との婚約の話が進んでいたと思い込み、充の前から姿を消したんです」

 

「そうか、それで誤解が解けて八年ぶりに寄りを戻す話でもしていたのか」

 

なんて俺は嫌な奴だ。

 

全てわかっているのに、わざと意地悪な言い方をしてしまった。

 

「違います、充からは寄りを戻そうと言われましたが、私はちゃんとお断りしました」

 

ちづるは必死に俺に訴えて来た。

 

「それなら、今日は俺の留守になんで充を部屋に入れたんだ」

 

「急に頭痛がすると言い出して、充はすぐ薬を飲まないと酷くなるんです」

 

「あいつのことが心配になったんだな、本当は奴に抱かれたかったんじゃないのか」

 

なんて酷い事を言ってしまったんだ、そんな事ちづるが思ってない事くらいわかっている。

 

「酷い、そんな事思っていません」

 

ちづるは泣き出した。

 

俺としたことが、ちづるを泣かせてどうするんだ。

 

「悪い、言いすぎた」

 

「いいえ、私が悪いんです」

 

ちづるはずっと泣いていた。

 

俺はちづるを抱きしめて、想いをぶつけた。

「ちづる、俺はお前を愛している、自殺した彼女には申し訳ない事をしたと反省している、しかし、心のどこかで裏切られた事が尾を引いて、許せない気持ちがあったと思う、だから仕事を優先してしまった」

 

ちづるは黙って俺の話を聞いていた。

 

「はじめてちづると出会った時、なんとなく放っておけない気持ちが強くて、ただそれだけだった、でも徐々にちづるに惹かれはじめている自分に気づいた」

 

「海堂さんは自殺した彼女をずっと愛しているとばかり思っていました、私は足元にも及ばないと諦めていたんです」

 

「ちづるは俺の事はなんとも思っていないんだと思っていた」

 

「お互いに惹かれあっていたなんて、嘘みたいです」

 

ちづるはニッコリ微笑んだ。

 

俺は思い切ってファーストキスの相手の事も聞く事にした。

 

「ちづる?間違っていたらすまない、一緒に酒飲んだあの夜私のファーストキスの責任取ってよって俺に絡んで来たの覚えているか」

 

 

「ごめんなさい、覚えていません」

「そうか、じゃあ、改めてちづるのファーストキスの相手は誰だ」

 

俺は息を呑んでちづるの言葉を待った。

 

「海堂さんです」

 

「マジか、そじゃあ、ちづるを抱いた男は俺だけか?」

 

ちづるは頬を真っ赤に染めてコクリと頷いた。

 

「充とは何にもなかったのか」

 

「何にもありませんよ」

 

「嘘じゃないだろうな」

 

ちづるは俺をまっすぐ見つめて答えた。

 

「嘘じゃありません」

 

俺は嬉しさのあまり、ちづるを抱きしめた。

 

それから毎晩ちづるを抱いた。

 

俺はちづるとの子供が欲しかった。

 

しかし、中々子供は授からなかった。

 

そんな時、ちづるが体調を崩した。

 

俺はてっきり妊娠したとばかり思い、産婦人科へ行くようにちづるに促した。

 

ところがちづるはとんでもない事を口にした。

 

「海堂さん、私、子供出来ないんです」

 

「えっ?どう言う事?」

 

ちづるはゆっくり話し始めた。

 

「八年前、子宮筋腫が見つかり、子宮全摘出手術をしたんです、だから妊娠出来ないんです」

「充の元を去ったのも、それが原因だったのか?」

 

ちづるは頷いた。

 

「充は私の病気の事は知りません、充は後継者を残せる相手との結婚を求められていたので、婚約の話が進んでいる事を知って、私は身を引いたんです」

 

「そうだったのか」

 

「海堂さんも結婚相手が私じゃ駄目ですよね」

 

俺はちづるをまっすぐに見つめた。

 

「俺はちづるで何の問題もない」

 

「会社から結婚を急かされているって言ってましたよね、後継者も残さないといけないんじゃないですか」

 

ちづるは慌てた様子を見せた。

 

「充の会社と違って、海堂コーポレーションは規模が大きくないから、後継者がいないのなら、それで問題ない」

 

「離婚が必要なら言ってください」

 

「俺はちづると離婚はしない、後継者を残せないって理由で、なんで俺とちづるが別れなくちゃいけないんだ、そうだろ?」

 

ちづるはふふっと笑い「はい、はい」と小さな子供をあやすかのように俺を見つめた。

 

「はいは一回でいいって、いつも言ってるだろう」

 

「はい」

「なんだよ、素直だと調子狂うな」

 

このたわいもない二人の時間がずっと続くと疑わなかったのに……

 

しばらくしてちづるは体調を崩した。

 

疲れが出たのだと思い、様子を見ていたが一向に回復する兆しが見られない。

 

「ちづる、病院へ検査に行くぞl

 

「海堂さん、仕事が忙しいんですから、無理しないでください」

 

「何を言っている、仕事なんて二の次だ、ちづるが一番大事だ」

 

俺はもう二度と後悔はしたくないと心に決めていた。

 

それからちづると病院へ向かった。

 

診察の結果、検査をしたいとわからないとのことで、ちづるは検査入院を余儀なくされた。

 

あれ以来、充からは何の連絡もない、資金援助は続けてくれている。

 

一度充と話をしなければと思っていた。

 

ちづるの入院のことも伝えなくてはと思いながら、本音は躊躇していた。

 

毎日、充は病院へやってくるだろう。

 

しかし、黙っているわけにはいかない。

 

俺は充に連絡を取り、ちづるの検査入院の旨を話す事にした。

 

「久しぶりだな、ちづるは元気か」

「まだ、日本にいるのか?」

 

「当たり前だ、ちづるを奪い返すまで俺は諦めない」

 

「そうか、ちづるが入院した」

 

「えっ?」

 

充は電話口の向こうで驚きの声をあげた。

 

「どこが悪いんだ、命に別状はないんだろうな」

 

「検査をしないとわからない」

 

「慎、ちづるの側にいながら体調の変化に気づかなかったのか」

 

「すまん」

 

「どこの病院だ」

 

「その前に、八年前、ちづるが子宮筋腫に侵されていた事を知っていたか」

 

「子宮筋腫?」

 

充は心当たりのない様子だった。

 

「お前の前から姿を消したあと、一人で子宮全摘出手術を受けたらしい」

 

「まさか、そんな事があったなんて、全く知らなかった」

 

「ちづるの気持ちを考えて、どうすればいいのかわかってくれ」

 

「慎、お前だって俺と立場は同じだろ?」

 

「海堂コーポレーションはお前の会社ほど大きくない、それに俺達は契約結婚だからな、ちづるも軽く考えていたんだろう」

 

「そうじゃなくて、後継者いないと困るだろう、まさかちづるを見捨てる気か」

「そんなわけないだろう、後継者はいなくても問題ない」

 

「資金援助はお前の判断に任せる、ちづるは渡さない、でも資金援助は頼むなんて虫のいい話は頼めないからな」

 

「資金援助は続ける、慎の為じゃない、ちづるを路頭に迷わす事は出来ないからな」

 

「すまん、助かる」

 

「ちづるの様子は事細かく連絡しろ、俺は一旦アメリカに戻る」

 

「わかった」

 

充と電話を切った。

 

俺は病院へ向かった。

 

ちづるはぐっすり眠っていた。

 

俺はちづるの手を握り、何があってもお前を優先すると心に誓った。

 

「ちづる、お前は俺の命だ」

 

ちづるに囁くと、ちづるは目を覚ました。

 

「海堂さん、私どうしたんですか」

 

「具合が悪くなって、診察を受けたら、疲れが出たらしく、しばらく入院する事になった」

 

「疲れ?私、どれだけ弱いんでしょう、疲れる事はしてないのに」

 

「そんな事ないだろう、もう少し、俺がちづるに気遣いを示さないといけないな」

 

「そんな事ないです、今度は海堂さんが倒れちゃいますよ」

「そろそろ、海堂さんって呼び方変えろ、慎って呼べ」

 

海堂さんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

海堂さん、かわいい。

 

「はい、はい」

 

「だから、はいは一回でいい」

 

「はい、慎」

 

慎は私の呼びかけに驚いたような表情を見せた。

 

私をじっと見つめて「素直だとなんか調子狂うな」と言いながら嬉しそうだった。

 

それ以来、ちづるは日に日に弱っていった。

 

ベッドに寝たまま、笑顔も少なくなっていった。

 

まさか、このままと不安が脳裏を掠めた。

 

俺の愛する人は、俺の元から去っていくのか。

 

頼む、ちづるを連れて行かないでくれと、神に祈った。

 

俺は毎日ちづるの病室へ仕事帰りに寄った。

 

ちづるの寝顔を見るだけで帰る日もあった。

 

今日もちづるの手を握り、早く元気になれと囁いた。

 

俺は知らないうちに眠ってしまったらしく、ちづるに起こされた。

 

「慎、慎」

 

「ちづる?俺、眠っていたのか」

 

「疲れているのよ、毎日来なくて大丈夫だからマンションに帰ってゆっくり休んで」

「大丈夫だ、俺はちづるより若いんだからな」

 

「強がって、今居眠りしてたでしょ」

 

「うるせえ、大丈夫だ、俺の勝手だろ」

 

「慎は強いね」

 

「当たり前だ、入院の事と八年前の手術の事、充に話しといた」

 

ちづるは慌てた表情を見せた。

 

「どうした、まずかったか」

 

「なんで話したの?充は慎と違って弱いのよ」

 

「そんな事ないだろ」

 

「私と一緒で、すぐにどうしようって狼狽えるタイプなんだから」

 

「そうか、俺の前では強がっているのか」

 

「そうよ、私の結婚相手は慎のような強い人じゃないと駄目なの」

 

俺は自然と顔の筋肉が緩んだ。

 

「ごめんなさい、寄りかかってばかりで、慎にしてみれば、迷惑よね」

 

「俺を見損なうなよ、何人でもドンと来いだ」

 

「私以外にも、慎に寄りかかる女性がいるの?」

 

「いねえよ、ちづるだけだ」

 

「良かった」

 

久しぶりにちづるの笑顔を見た。

 

でも喋りかけようと、ちづるの顔を覗くと眠っていた。

 

「ちづる!」

「あっ、ごめんなさい、ちょっと疲れたから眠りますね」

 

そう言って、ちづるは眠りについた。

 

このまま、目覚めなかったらと思うと、背筋が凍るような恐怖を覚えた。

 

ちづるの検査の結果は卵巣に腫瘍が出来たとのことだった。

 

悪性か良性かによって、卵巣を残すかどうかの判断を問われる。

 

既に子宮を失っているちづるにとって、残酷な告知だろう。

 

俺はちづるに真実を伝えて、手術をして終わると安易に考えていた。

 

しかし、ちづるにとっては重大な事だったんだろう。

 

信じられない言葉を聞く事になるとは予想も出来なかった。

 

「ちづる、卵巣に腫瘍が見つかったから、これから検査をして手術を決めるそうだ」

 

「そうですか」

 

「手術受けろ、そうしたらずっと一緒にいられる」

 

「そうですね、手術受けます、でもその前に私と離婚してください」

 

「はあ?ちづるの言ってる意味がわからねえ」

 

「術後、何も出来なくなるんです、辛くて、悲しくて、苦しくて、海堂さんに寄りかかってばかりになります」

「いいじゃねえか、二人でいれば苦しみは半分になる、喜びは二倍になるんだぞ」

 

「でも……」

 

「俺は充とは違うんだろ?俺になら寄りかかれるって言ったじゃないか」

 

ちづるは目に一杯の涙を溢れさせて肩を震わせた。

 

「何も出来ないって言ったが、ちづるは生きて俺の側にいればいい、それだけでいいからな」

 

「海堂さん」

 

「なんだよ、その呼び方、慎だろ?」

 

「慎」

 

俺はちづるを抱きしめた。

 

しかし、ちづるは手術を受けようとはしなかった。

 

俺がちづると離婚する条件を飲まない限り。

事細かに報告しろとの充との約束を果たすために、充に連絡をした。

 

「ちづるの容態はどうだ」

 

「卵巣に腫瘍が見つかったl

 

「えっ?助かるんだろうな」

 

充の声は震えていた、ちづるが言うように狼狽えている様子が伝わって来た。

 

「ちづるは手術を受ければ助かる確率は格段に上がる」

 

「それなら、手術させてやってくれ」

 

「もちろんだ、しかしちづるが条件を飲んでくれたら手術を受けると言っている」