ラヴ KISS MY 書籍
第七章 充との過去
初めてちづるにキスをした後、酔ってファーストキスだったと言ったちづる。
俺は疑うこともなく、俺以外の男性との経験はないと信じていた。
しかし、あの酔った勢いで言ったあの言葉が俺に向けたのではないなどと、誰が予測出来ただろうか。
この日俺とちづるは一日中ベッドにいた。
しばらくして、俺は仕事が忙しくなり、帰りの時間が午前様になる日が多くなった。
ちづるは一人で食事を済ませて、ベッドに寝ている。
俺もちづるが用意してくれた食事を食べて、ベッドに入る。
この時、いつもちづるは俺の方に寝返り、俺の胸に頬をくっつける。
ちづるを抱きしめたくなる気持ちを抑えて眠りにつく日々が続いた。
ある日、日本に残っていた充から連絡が入った。
「その後、三神は何も言ってこないか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ちづるさんの様子はどうだ」
「落ち着いている、一週間前から子作りに励んでいるんだ」
「はあ?」
充の凄く慌てた様子が手に取る様にわかった。
「ちづるがお前を受け入れたのか?」
「ちづる?俺の妻を呼び捨てにするな」
「ちづるは八年前俺と結婚を約束していた仲だ」
衝撃の事実が充の口から語られた。
俺は我が耳を疑った。
「充とちづるは八年前からの付き合いだったのか」
充はちづるとの経緯を語り始めた。
「ちづると出会ったのは八年前の事だ、俺はちづるにプロポーズをした、しかしその頃会社が決めた婚約者がいて、仕事でアメリカへの渡米をちづるに連絡しなかったため、婚約者との結婚の話が進んでおり、ちづるは自分は振られたと勘違いした、そして俺の前から姿を消したんだ」
俺は黙って充の話を聞いていた。
「この間ちづるの気持ちを確かめたくて、お前のマンションを訪ねた」
「えっ?いつの話だ」
「二週間くらい前だ」
ちづるが充と八年も前から付き合いがあったなんて、結婚を約束していた仲だったなんて、
それなら何故充を知らないなんて言ったんだ、充もちづるに対してはじめましてなんて言ったんだ。
あの酔った勢いで言った言葉は、俺に対してじゃなく、当時充に対して言った言葉だったのか。
結婚を約束した相手なら経験がないわけがない。
俺だけが知らずに、自分がファーストキスの相手ではじめての相手などと浮かれていたのか。
二週間前にこの部屋でお互いの誤解を解いて、愛し合ったのか。
全てがよからぬ妄想で、俺の頭の中はごちゃごちゃになった。
過去の彼女の裏切りが走馬灯の様に蘇った。
俺は愛する女に一度成らず二度までも裏切られたのか。
「慎、ちづるを返してくれ」
「なんだと」
「ちづるは俺を愛している、自分を愛していない女と一緒にいても仕方ないだろう」
「ちづるは渡さない」
「俺との関係をお前に黙っていたのは何故だと思う?俺が訪ねて来た事を聞いてなかったんだろう?ちづるの気持ちを考えてやれ」
充は電話を切った。
嘘だろ?
ちづるも俺を裏切るのかよ。
俺はすっかり自信を無くした、
自殺した彼女が、俺の新たな恋愛を許さないって事なのか。
俺はその日も敢えて遅く帰った。
そして疲れた身体をソファに横たえた。
朝、目覚めるとちづるはもう起きていた。
「おはようございます、昨日も遅かったんですね、お疲れ様です」
「ああ」
「昨夜はソファでお休みになったんですね、私がソファに寝ますので、海堂さんがベッドで休んでください」
「俺と一緒は嫌と言う事か」
「そんな事は言ってません、海堂さんこそソファに寝たじゃないですか、私の事嫌いなんですか」
俺は言葉が出なかった。
「他に好きな女性がいるのですか」
「そんな事はない、ちづるこそ他に好きな……いや、 なんでもない、この話は終わりだ、仕事に行く」
「海堂さんが降って来たのに……」
ちづるはぶつぶつと文句の様な言葉を言っていた。
「もう、行くぞ」
「お食事は召し上がらないんですか」
「いらない」
「ああ、そうですか、ご勝手に」
いつもドアのところまで見送ってくれるが、今日はプイッと背を向けた。
「行くぞ」
「どうぞ」
「もう、行くからな」
「だから、どうぞ」
俺はちづるに近づき、腕を引き寄せ、キスをした。
ちづるは驚いた表情を俺に向けた。
「今日からまた一緒に寝るぞ、いいな」
俺は仕事に出かけた。
ちづるを信じよう。
ちづるが充を知らないと言うなら、その言葉を信じよう。
俺を受け入れてくれたんだ、あの表情と感じてくれた気持ちは嘘じゃない。
二股をかけられる女じゃない事は、俺が一番わかっている事じゃないか。
充がちづるを欲しいが為の嘘を言ったのかもしれない。
自分の妻を信じられなくてどうするんだ。
俺は自分に言い聞かせた。
私は海堂さんの言動が理解出来ずにいた。
仙道さんのことは話さなくてもいいと判断したことが、海堂さんを傷つけてしまう事になろうとは夢にも思わなかった。
この日また、仙道さんがマンションにやって来た。
「ちづる、開けてくれ」
「充?もう来ないで」
「どうしてだ、お前を幸せに出来るのは俺だ、お互いを想いあっているからこそ、幸せに繋がる、慎が愛しているのは自殺した彼女だ」
「でも、海堂さんは私を抱きしめてくれたの」
「ちづる、どうして奴に抱かれたんだ、慎は……」
「充、もう帰って、私、海堂さんに着いて行くから」
ドアの向こうで充は黙っていた。
しばらくして充の苦しそうな声が聞こえて来た。
「充、どうしたの?」
「ちづる、急に頭痛が、薬あるか?」
充は昔から頭痛で悩まされており、すぐに薬を服用しないと割れる様な痛みが襲ってくる。
「今、開けるから」
私は充の策略とは知らず、ドアを開けてしまった。
「充、大丈夫?」
「やっぱり、ちづるは俺を愛してくれているんだな」
「頭痛は嘘なの?私を騙したのね」
充は部屋に入るなり、私を抱きしめた。
「いや、離して!」
「奴に抱かれるんじゃない、俺が抱いてやる」
「充、やめて」
その時、ガチャっとドアが開く音がした。
そこに立っていたのは海堂さんだった。
「充、どう言う事だ、俺の留守に上がり込むとは」
「ちづるは俺の女だ」
そう言って充は私の腰を引き寄せた。
海堂さんは目を細めて充を睨んだ。
そして私には呆れた表情で言葉を発した。
「ちづる、何故充を部屋に入れたんだ」
「それは……」
私は言い訳出来ないまま俯いた。
「充、出て行け」
「わかった」
そう言って充は私の肩を抱いてドアの方へ向かった。
えっ?私このまま連れて行かれるの?
海堂さんは止めてくれないの?
視線を海堂さんに向けたまま、充に腕を引っ張られた。
私はもうここにはいられないと諦めた瞬間「ちづるを連れて行っていいと誰が言った」と海堂さんが私の腕を引き寄せた。
そして、海堂さんの背中に回された。
私は海堂さんの背中に頬をつけて涙が溢れてくるのを堪えきれずにいた。
俺は背中でちづるが小刻みに震えて、涙している事を感じた。
充は黙ってマンションを後にした。
俺はちづるの方へ向き直り、頬の涙を拭った。
ちづるは涙が止まらず、俺の胸に顔を埋めた。
俺もギュッとちづるを抱きしめた。