ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

 

ちづるはそっと窓ガラスを開けた。

 

フェンスに乗り出し、俺に声をかけようとした仕草がはっきりと分かった。

 

「ちづる」

 

俺は思わずちづるの名前を口にした。

 

ちづるは急に振り向き、急いで窓ガラスとカーテンを閉めた。

 

三神がちづるの部屋に入ってきたのだろう。

 

俺は見つからないように三神の屋敷を後にした。

 

海堂さんの姿を確認した私は、自分の気持ちを叫びたかった。

 

あなたを愛していますと。

 

でもあなたの心の中にいるのは誰ですか?

 

私はあなたの胸に飛び込んでも迷惑ではないですか?

 

海堂さんへの言葉を全て飲み込んだ。

 

涙が溢れて、止まらなかった。

 

次の日も俺はちづるに会える事を願い三神の屋敷に向かった。

 

ちづるが俺の元に戻ってくる事を願ってくれさえすれば、連れ戻すことは簡単だ。

 

ちづるの意思で三神の屋敷にいるのであれば、連れ戻すことは容易ではない。

 

俺は昨日ちづるがいた部屋の窓ガラスに向かって石を投げた。

 

窓ガラスのカーテンが開き、ちづるが姿を現した。

 

「ちづる」

 

俺はメモに走り書きをして、石に包みちづるに向けて投げた。

 

ちづるは受け取ってくれた。

 

「ちづる、愛している、俺を好きになってくれ、会社や俺の立場は大丈夫だ」

 

ちづるは俺のメモを読んでフェンスに身を乗り出した。

 

そしてちづるの唇が動いた。

 

「海堂さんを愛しています」

 

ちづるはすぐに窓とカーテンを閉めて部屋の中に消えた。

 

今、俺の見間違えじゃなければ、愛していますって唇が動いた。

 

でもどうして三神の言うなりになっているんだ。

 

俺は極秘で三神を調べさせた。

 

まさかの事実が判明した。

 

三神は、海堂コーポレーションのメインバンクの頭取と、古くからの付き合いがあり、

 

裏から手を回したらしい。

 

よからぬ噂をネットに流して、俺の信用を落としたのだろう。

 

そして、海堂コーポレーションの取引先にも、手を回したことが判明した。

 

ちづるは脅されたのだろう。

 

自分の言う通りにしなければ俺の身が危ないと。

 

三神の息がかからないところから仕事を立て直す手立てを考えることにした。

 

俺はアメリカにいる知り合いにスマホで連絡をした。

 

社長就任の時、ノウハウを伝授してくれた俺の力強い味方だ。

 

「久しぶりだな、その後上手くやってるか」

 

「ああ、実は俺、結婚したんだ」

 

「マジかよ、慎が結婚なんて、よく承諾した女がいたもんだ」

 

「おい、それどう言う意味だよ」

 

「そのまんまの意味だよ、俺様でわがままで自分中心に世の中が回っていると思ってる男に黙って着いてくる女が、今の世の中にいるんだなと思ってさ」

 

「いや、ちづるは黙ってついてくる女じゃない」

 

「へえ、会いたいもんだな」

 

ちづるに興味を示したこの男は仙道充、資産家の息子だ。

 

親父さんの資産を倍に増やしたやり手のエリートだ。

 

俺と同じ性格で、いつもぶつかるが頼もしい頼りになる悪友だ。

 

「それで、結婚の報告をする為にわざわざ連絡してきたわけじゃないだろ?」

 

「ああ、ジュエリーデザイナーの三神亘を知っているだろう?」

 

「知ってるよ、相当のやり手だ、アメリカでも知らないものはいない程だ」

 

「その三神亘の息子がちづるに惚れて、三神がちづるを屋敷に監禁した」

 

「立派な犯罪じゃないか、警察に言えよ」

 

「それが、三神の屋敷にいるのはちづるの意思なんだ」

 

「どう言う事だ」

 

「海堂コーポレーションはメインバンクと取引先から撤退されそうだ」

 

「三神の仕業ってことか」

 

「ああ」

 

充は頭の回転がいい男だ、俺が説明しなくとも全てを理解した。

 

「ちづるさんは、慎と会社の為に自分を犠牲にする女なのか」

 

「そうだ」

 

「実は俺とちづるは契約結婚なんだ」

 

「えっ?」

 

充は驚きを隠せない様子だった。

 

「俺は初めてちづると会った時から放っておけないと感じて、でもちづるに惚れたんだと気づくまで時間がかかった」

 

「ちづるさんはお前に初めから好意を抱いてくれていたのか?」

 

「いや、今でも本当の気持ちはわからない」

 

「はあ?」

 

「俺がそう思い込んでいるだけなのかもしれない」

 

「いいんじゃねえの、慎が惚れてんのなら奪っちゃえよ」

 

「そうだよな」

 

「相手の幸せを願って身を引くってお前らしくねえよ」

 

「おい、随分な言い方してくれるじゃねえか」

 

「それで、俺は何をすればいいんだ」

 

「三神の息のかかっていない相手と会社立て直しのために取引したい」

 

充は電話口でしばらく沈黙になった。

 

「俺と仕事するか?」

 

「えっ?充と?」

 

「不満かよ」

 

「いや、願ったり叶ったりだが、お前の会社に迷惑かからないのか」

 

「会社じゃなく、俺が慎に投資するから、慎は自分で取引先を探せ」

 

「恩にきるよ」

 

「何社か紹介するからあとは自分でなんとかしろ」

 

「必ず金は返す」

 

「当たり前だ、もしダメだったらちづるさんを貰う」

 

「絶対に渡さねえ」

 

「その息だ」

 

充はデーターを送ってくれた。

 

資金も送金してくれた。

 

俺は充の紹介してくれた会社をあたり、海堂コーポレーションを立て直すための戦略を練った。

 

慎と電話を切ったあと、俺はある女を思い返していた。

 

慎と結婚したちづるさん、俺が八年前愛した女もちづると言う名前だった。