ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第四章 惹かれる想い

 

そこへ通りかかった警察に助けられて未遂に終わったが、美鈴の精神的ショックは計り知れないものだった。

美鈴の過去にそんな事があったなんて思いもよらなかった。

 

俺はマンションへ案内した時、いきなり抱きしめてキスをした。

 

なんて事をしてしまったんだろうと後悔してもしきれない自分がいた。

 

次の日から俺と美鈴のプラトニックな夫婦生活が始まった。

 

「行ってきます、美鈴も気をつけて仕事行けよ」

 

「はい、戸倉さんもお気をつけてください」

 

「美鈴、その呼び方、そろそろ名前で呼んでほしいな」

 

「名前ですか?」

 

「うん、慶って」

 

美鈴は恥ずかしがって、頬を真っ赤にし、俯きながら「慶さん」と小声で囁いた。

 

「えっ?聞こえない」

 

「もう、意地悪言わないでください」

 

「意地悪じゃないよ、お願い、もう一回呼んで」

 

美鈴は大きく深呼吸をして「慶さん」と俺の名前を呼んでくれた。

 

俺はつい嬉しくなって、美鈴を抱きしめてしまった。

 

慌てて美鈴から離れた俺は、美鈴に「ごめん」と謝った。

 

「だ、大丈夫です」

 

不思議、慶さんに抱きしめられて嫌じゃなかった。

 

今までは身体が拒否反応してたのに、今は慶さんの名前を口にしてドキドキした。

 

その瞬間、抱きしめられた事が嫌じゃなかった。

 

なんだろう、この気持ち。

 

「じゃ、行ってくる」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

そして、慶さんは仕事に出かけた。

 

私も月曜日に休みを貰って、火曜日から仕事に行った。

 

私は戸倉美鈴になった事、引っ越しした事を上司に伝えた。

 

慶さんはちょっとした有名人だと言う事を初めて知った。

 

羨ましいじゃなく、なんで私みたいな冴えないアラフォーが戸倉慶と結婚出来たのと妬みの視線が痛く突き刺さった。

 

ただでさえ、四十歳を迎えて、職場に残る事が難しい状況で、戸倉建設社長夫人になったのに、なんでまだ働いているのって、あちこちからひそひそ話が、私に重くのしかかって来た。

 

仕事から戻って、夕食の支度をしていると、慶さんが仕事から帰宅した。

 

「ただいま、美鈴」

 

「お帰りなさい」

元気のない私の様子にいち早く気づいた慶さんは、すぐに声をかけてくれた。

 

「どうかした、美鈴」

 

「あっ、何でもありません」

 

職場の愚痴を慶さんに話せるわけないと、言葉を飲み込んだ。

 

「何でもない顔じゃないな、俺で良ければ愚痴聞くよ」

 

愚痴って、慶さんは何でもお見通しなの?

 

なんか気持ちがちょっと楽になって、職場の愚痴を話してしまった。

 

「そうなんだ、でも俺はそんなに有名人じゃないけどな」

 

「そんな事ないです、職場の女性は皆んな慶さんを知っていましたよ」

 

「いいな、その呼び方」

 

「あっ、すみません、つい」

 

「全然大丈夫、その呼び方にしてと俺が頼んだんだから、美鈴は俺の奥さんなんだから」

 

慶さんはニッコリ微笑んだ。

 

誰だって私を妬むよね、この笑顔を独り占めしちゃったんだから……

 

「なあ、美鈴、仕事辞めてもいいよ」

 

「えっ?」

 

「出来れば美鈴には俺を支えると言う仕事をしてほしいな」

 

慶さんを支える?

 

「会社に挨拶しに行かないといけないし、取引先のパーティーに同伴して欲しいし、その度に仕事を休んでもらうのも気が引けてたんだ、だから俺の妻としての仕事に専念して貰えると助かる」

 

私、慶さんの妻になったんだ。

 

そうよ、仕事しながら、慶さんの妻の仕事は出来ない、そんな甘い世界ではないと改めて自覚した。

 

「私、仕事を退職して、慶さんの妻としての仕事に専念します」

 

「ほんと?じゃあ決まりな」

 

「はい」

 

私は銀行の仕事を退職し、慶さんの妻としての仕事に専念することにした。

 

まず、慶さんの行きつけのブティックに出かけることになった。

 

「あのう、ここは?」

 

「パーティーに出席する為のドレスを作るんだ」

 

「誰のですか」

 

「美鈴のドレスだよ」

 

慶さんはそう私に伝えると、ブティックのスタッフに指示をして、試着が始まった。

 

隣にいる慶さんはラフな格好でいる為、ドレス姿の私と並ぶと、年の差がはっきりしてしまう。

 

「あのう、慶さん」

「どうした?このドレスが一番似合うと思うけど、気に入らない?」

 

「そうじゃありません、あまりにも私が慶さんの隣にいるには不釣り合いのような気がして」

 

慶さんは、ブティックのスタッフに預けておいた自分のスーツを出してもらい着替えた。

 

慶さんのスーツ姿はグッと年齢が上がる。

私の隣に並ぶと、まるで別人のようだ。

 

「どう?鏡見てごらん、お似合いのカップルだろう、十五の年の差があるとは思えないよ」

 

鏡越しに見つめ合った。

 

そして、隣にいるのが慶さんだと確認する様に直接慶さんの顔を見つめた。

 

しばらく時間が止まったかのように静寂が流れた。

 

どの位の時間が経過しただろうか。

 

慶さんが口を開いた。

 

「美鈴、そんなにじっと見つめられると恥ずかしいよ」

 

「えっ?あっ、ごめんなさい」

 

私は吸い込まれるように慶さんをじっと見つめていた。

 

どうして私を選んでくれたの?

 

どうして父の会社の借金を払ってくれるなんて思ったの?