ラヴ KISS MY 書籍

 

 

 

第ニ章 淡い初恋の想い

 

私はハッと我に返り、深々と頭をさげた。

「すみません、私ったらなんて事を」

 

「大丈夫だよ、俺が悪いんだから」

 

「私、戸倉さんとは結婚出来ません」

 

私は彼に背を向けてドアの方へ走り出した。

 

「待って、行かないで」

 

彼は私の身体に触れない様にドアの前に両手を広げ立ち塞がった。

 

「美鈴がいいって思うまで触れないから、俺を嫌いにならないでくれ」

 

嫌いだなんて、私は戸倉さんが嫌なんじゃなくて……肩を震わせて涙が止まらなかった。

 

「美鈴、ごめん、泣かないでくれ」

 

彼は私の震えている私の肩に手を伸ばし、躊躇して引っ込めてを繰り返していた。

 

 

 

俺は美鈴との結婚を五歳の時から決めていた。

 

俺の母親は俺を産んでまもなくこの世を去った。

 

親父は程なくして再婚したが、俺は義理の母親には懐かなかった。

 

ある日、俺は迷子になった。

 

たかが五歳で既に反抗期だったのかもしれない。

 

一人でうちに帰れると信じて疑わなかった。

 

ところが道がわからなくなり、徐々に心細くなっていった。

 

膝を抱えて途方にくれていると「僕、一人?大丈夫?」と声をかけて来た女性がいた。

 

笑顔が可愛くて、優しい眼差しの綺麗なお姉さんだった。

 

その女性は、バッグからお菓子を取り出して五歳の俺に差し出した。

 

お腹が空いていた俺は、遠慮なくお菓子にぱくついた。

 

うまい、なんて美味しいお菓子なんだと、もう一つ摘んだ。

 

「何か飲み物買ってくるわね」

 

俺に飲み物を買って来てくれた。

 

俺はゴクゴクと飲み物を飲み干した。

 

「お名前は?」

 

その女性は俺に名前を聞いて来た。

 

「戸倉慶、五歳」

 

「お利口さんね、自分の名前を言えて」

 

当たり前のことだがその女性は、俺を褒めて頭を撫でてくれた。

 

心の中で俺は子供じゃないと反抗心を剥き出しにしていた。

 

「私の名前は葉村美鈴、二十歳よ、よろしくね」

 

俺は美鈴に恋心を抱いた。そして美鈴と結婚するとこの時から決めていた。

 

これが美鈴との出会いである。

 

それから俺は中学、高校、大学とある程度の女性と付き合った。

しかし、そのたびに美鈴の笑顔が思い出されて、本気になれなかった。

 

俺は大学を卒業した後、親父の会社に就職した。

 

すぐアメリカに渡米して、建築のノウハウを勉強した。

 

俺が日本に戻ると急に親父は具合が悪くなり、入院する事になった。

 

「慶、悪いな、会社を頼む」

 

「取り敢えず引き受けるよ、でも弱気になるな、親父の奥さんを一人にするなよ」

 

「母さんのことか?」

 

「俺のお袋は俺を産んでくれたお袋ただ一人だ」

 

親父は寂しそうな表情で項垂れていた。

 

それから俺は社長業を引き継ぎ、戸倉建設の社長に就任した。

 

そして目に止まったのが美鈴の親父さんの会社の業績悪化だった。

 

そう、美鈴とは、俺が五歳の時結婚したいと決めていた、笑顔が可愛らしい葉村美鈴だ。

 

俺が五歳の時二十歳だったから、美鈴は現在四十歳か。

 

もう結婚しているだろうか?

 

俺は美鈴の身元調査を始めた。

 

「まだ、独身だ、親父さんの会社は相当な負債を抱えているな」

 

俺は現在の美鈴に一目会いたかった。

「美鈴が働いている会社は、すげえ大手の銀行か」

 

俺は客になりすまし、美鈴の働いている銀行に向かった。

 

「窓口業務との事だが、あっ、いた、美鈴だ、信じられない、あの時のままだ」

 

俺は二十年前にタイムスリップしたのかと思った。

 

全く歳を感じられなかった。

 

番号が呼ばれ、美鈴の目の前に立った。

 

「今日はどの様なご用件でしょうか」

 

「あっ、えっと、口座開設をお願いしたいんですが」

 

「かしこまりました、それでは担当窓口から改めましてお声掛けさせて頂きますので、お掛けになってお待ちください」

 

「はい」

 

二十年経っても、やはり美鈴の笑顔は健在だった。

 

しかし、この時俺は二十年前とは違う笑顔に気づくことが出来なかった。

 

 

 

 

俺は美鈴の父親の借金を払い、下請け会社の契約を交わした。

 

「本当にありがとうございます、なんてお礼を言ったらいいか」

 

「いいえ、あのう、美鈴さんとお話ししたいんですが呼んで頂けますか」

 

「はい」

 

美鈴の父親は早速美鈴を呼んでくれた。

美鈴は俺の前に腰を下ろした。

 

俺のマンションで美鈴を抱きしめて以来会っていなかった。

 

敢えて距離を置く様に努めた。

 

美鈴は一度も目を合わそうとはしなかった。

 

俺は兎に角謝ろうと頭を下げた。

 

「美鈴さん、この間は失礼しました、自分の気持ちが溢れて失礼な事をしたと反省しています」

 

「美鈴、戸倉さんに恥をかかせる様な態度を取ったのか?」

 

俺は透かさず否定した。

 

「違うんです、自分が悪いんです、美鈴さんは悪くありませんから」

 

しまった、父親の前でこの話はするべきではなかった。

 

美鈴と食事をしたかったから、まずは謝ってからと思ったのだが、美鈴の立場を悪くしてしまったと反省した。

 

「あのう、美鈴さん、外に出ませんか」

 

「美鈴、失礼のない様にするんだぞ」

 

美鈴の父親は俺に対してぺこぺこ頭を下げて恐縮していた。

 

美鈴は父親に追い立てられる形で、仕方なく俺の後について来た。

 

俺は車の助手席のドアを開けて、乗る様に促した。

 

俺は美鈴に謝った。

 

「美鈴、ごめん、俺の配慮が足りなかった」

 

「いいえ、父とは血の繋がりがないので、いつも私に対して厳しいんです」

 

「そうなんだ」

 

「特に戸倉さんの事になると全て従う様にって言われました」

 

「全て従うって大袈裟だろう」

 

「いいえ、私には戸倉さんの申し出を断ることなど出来ない立場だという事を肝に銘じる様に言われました、だから結婚をお引き受けします」

 

「それじゃ困る」

 

美鈴は驚いた表情で俺を見つめた。

 

「俺は美鈴と結婚したいが、心も手に入れたい、だから俺と入籍はしてもらう、もちろん俺のマンションに引っ越して貰う、ただ寝室は美鈴が心から俺を愛する気持ちになるまで別にする」

 

俺の言葉を美鈴は黙って聞いていた。

 

「でも、見せかけだけの夫婦ではなく、デートもするし、食事も一緒だ、俺を愛してくれるならなんだってやるよ」

 

「もし、ずっと私の気持ちが変わらない時はどうなさるおつもりですか」

 

「俺を誰だと思ってるの、美鈴は俺を好きになるよ」

 

「戸倉さん、自信満々ですね」