番外編 携帯シミ抜き
番外編 携帯シミ抜き

すんなりと納得のいく内容。
勝てそうなところを探す。 そしてそこで頑張る。
著者自身の陸上競技験を もとに
わかりやすく説明されている。
内容自体には目新しくないけど説得力ある。
①自分の特徴(能力、性格、適性)を把握する。
②それが有利に働くフィールドを探す。
③そこで頑張る。
多くの人は①&②をあんまり意識しないで③を続けがち。
何かに頑張っている途中であろうと、
ところどころで①に立ち返る。
今やっていることで目指す成果を
得られるかを考える。
そのうえで
「今いるところで頑張っても、成果が出る可能性が低い。」
そう判断できたら、きちんと見切りをつけて、
②のプロセスに進む。
そして違うフィールドで再度③のステップに挑む。
ただし、本人も言っているけど、
成果が目的ではなく、
今やっていること自体に喜びや意義、
やりがいを見出している人には あまり関係ない。
成果を上げたいという人に向けて 書かれている本。
じゃあの。
選ぶこと、決めることが
自分の人生を作っていく
30代になり、この当たり前のことが
とても実感をもって感じられます。
中学校のときはひとつの正解があると
思っていた。
勉強していい高校に行くことが正解。
高校のときもひとつの正解があると思っていた。
進学校だったこともあり、
周りはみんな大学進学。
勉強して自分の学力に見合った大学に
行くという選択肢しかないと思っていた。
選ぶのは、学部と大学所在地くらいで、
別に自分と深く向き合わないと
決められないような代物ではなかった。
大学に進んでからも、正解があると思っていた。
就職活動をして、自分の能力・興味・適正に
見合った民間企業に入るのが正解だと
なぜか思っていた。
ただ、就職活動では、
民間オンリーとはいえ、自分が選ぶ余地も
それなりにあったので、それまでの薄っぺらい
22年を棚卸しして、限られた経験に無理やり
意味づけをして、自分のキャラを強引に
決めつけて、自分が何をしたいのかを
一応「決めた」。
そのうえでそれに適いそうな会社をちゃんと
「選んだ」。
「選んだ」「決めた」経験をしたなと
実感したのはこれが初めてに近かった。
そして現在、
また「選んで決める」機会が訪れている。
後悔しないよう、自分がどうしたいのかを
ちゃんと考えたうえで、選んで決めたい。
ラスト手ぬいたな笑
おわり。
今年の6月で32歳になります。
20代はいろんなことを経験しようと
思って過ごしてきました。
きっとそれが30代になったときに
活きてくるだろうと。
で、いざ30代になります。
それなりにいろんな経験してきたつもりです。
それでふと気付きます。
「これまでの経験どう活かしたらいいの?」
経験値(インプット)つむことは考えてたけど、
それを人生にどのように役立てようとか
キャリアにどのように反映させていこう、
みたいな成果(アウトプット)を出すところまで
ちゃんと考えてなかった気がします。
仕事においてだけでなく、
家庭や人づきあいなどを含めた
人生設計や生き方といった広い意味に
おいてもそうです。
だから30代に入ってあせりました。
「30代ではどこかの分野において
プロフェッショナルになっていると思って
いた。なのに未だに特筆すべき事項ないぞ、、」
「30代ではぶれることない価値観をもって
仕事に家庭にと充実してると思ったのに
ブレブレやぞ、、」
「カラオケの持ち歌以外で、”THIS IS オレ”と
言えるようなスタイル確立できてないぞ」
飛距離に衰えは隠せないとはいえ
気持ちは今でも若いつもりでいます。
友達から借りた及川奈央を見るために
学校を早退したあの頃と変わっていないのです。
しかし、社会的にみると
30代はやっぱり大人なわけで。
会社だったら部下や後輩なんかも
わりといるわけで。
社会における
そのような自分の立ち位置も、
「ややや、30代になったのだから、
20代の経験を成果として出していかないと」
というプレッシャーに駆られる要因
なのではないかと思うわけです。
ただ、やみくもにあせってもやっぱり
仕方ないわけで。
そこで、30代からの過ごし方を
少し考えてみようと思うわけです。
結論
【進みたいベクトルを決めて邁進する】
まず、自分を棚卸しする。
20代までに経験したこと
それによって得られた
能力、趣味、性格、性癖、特技など
それをもとに
◎成果が出せそうな分野はどこか?
◎成果を出していきたい分野はどこか?
の2つを考える。
自分の進みたい方向を明確にする。
これが決まっても、まだまだ実力不足であることが
ほとんどでしょうから、
あとは、そのベクトルに沿ったうえで、
◎成果(アウトプット)出すことを意識する。
◎アウトプットを意識しながら経験(インプット)を積む。
これが大事なのかなと思っております。
そして、40代を迎えるときには
一角の成果だしまくりおじさんに
なっていたいと思うのです。
おわり
わたしの妹は高校を1年で中退。
16歳にして地元新潟を離れ、
吉本の芸人養成所NSCに入学。
当時は
「あほか」
「ありえない」
としか思わなかったけど、
今は「すごいなぁ」と思う気持ちもある。
(もちろん「あほか」「ありえない」
という気持ちの方がつよいけど)
わたしは小学生くらいから
優柔不断と言われていた。
高校2年生の春から、
「優柔不断ではモテない」
と考えて、なるべく物事は早めに
決めるように意識して過ごしてきた。
今ではやよい軒や吉野家では
あまり悩むことなく
注文できるようになった。
「ここで何を食べたかによって、
そのあとの人生にほとんど違いはない」
こう思うと、実にスムーズに
野菜炒め定食や
黒酢あんかけ唐揚げ定食を
注文できるようになった。
さらには、かるいノリでお新香を
追加オーダーするような大人の余裕まで
身につけてしまった。
こうして小事については
比較的はやく決めることができるようになった。
しかし、未だに
この決断は苦手だな、
おれヘタレだなと
思わせられるパターンもよくある。
今までAという道を歩いてきて、
「ここからは、これまでどおりのAという道と
今までとは違うBという道がありますよ」
というやつ。
途端に惑星ユウジュウフダンの
エリート王子である自分が顔を出す。
にわかに決めることから逃げ出してしまう。
決断する権利を行使しないで、
「そのまま今までどおりのAしか選べない
状態になるのを待つ」
となることが非常に多い。
結果的にはAを選択する決断をしたとも
言えるし、
「AもBも選ばない」決断をしたとも
言えるのだけど、
やはり自分としては「決断できなかった」
という想いに駆られるわけで。
何が自分を決断から逃げさせるのか。
それは知らない世界に
飛び込む勇気のなさだと思う。
「今までの道とは違うBを選ぶ勇気」が
自分には足りない。
Bに行きたい気持ちがあっても、
Bの前に立つと足がすくんでしまう。
克服するには、
①自分の責任においてBを選ぶ
②決断後の努力でその決断を
結果的に正解だったことにする。
このプロセスを経験することだろうな。
妹の選択自体は客観的に見たら愚かしい。
けれども、今の環境を大きく変える決断をした
その「飛び込む勇気」については、
自分にないものであり、2ミリ程度尊敬できるなと思う。
Bという道を選ぶ経験を通して、
知らない世界に飛び込む勇気を養っていきたい。
そして人として、
もっと粋なおじさんになっていきたい。