今年は11月7日に二十四節気で言う「立冬(りっとう)」を迎えます。今年は猛暑でどうなるかと思いましたが、いきなり寒くなり、体調を崩された方も多かったのではないでしょうか。
今回は亥の子餅に続き、炎に込められた祈りと食文化、お火焚(ひたき)について書いてみたいと思います。
1.お火焚とは何か
京都の秋を彩る行事のひとつに「お火焚(おひたき)」があります。毎年11月、京都市内の多くの神社で行われる火祭りで、秋の収穫に感謝し、無病息災や火難除けを祈るものです。境内に設けられた火床で護摩木を焚き上げ、炎と煙を通じて神々に祈りを届ける姿は、古都ならではの荘厳さを感じさせます。
2.起源と歴史的背景
お火焚の起源は、宮中の新嘗祭や陰陽道の火祭りにさかのぼるとされます。古代中国の「亥子祭」が日本に伝わり、亥の月に火を焚いて五穀豊穣や子孫繁栄を祈る風習が広まったことが背景にあります。江戸時代には京都の町衆の間で定着し、町内ごとに神社へ火焚串を奉納し、火を焚いて厄を祓う行事となりました。
3.護摩木と炎の意味
参拝者は「護摩木(火焚串)」に願いを書き入れ、神前の火床で焚き上げます。炎が高く立ち昇るほど願いが天に届くとされ、燃え盛る火を見守る人々の表情には、古来からの信仰の力強さが感じられます。火が鎮まりかけた頃に蜜柑を投げ入れ、それを参拝者が拾う習俗もあり、冬の健康祈願として受け継がれています。
4.お火焚饅頭と柚子おこし
お火焚に欠かせないのが「お火焚饅頭」です。紅白の小麦饅頭に三つの炎の焼印が押され、餡が入った素朴な味わいで、厄除けの意味が込められています。さらに「柚子おこし」などの菓子も供され、柑橘の香りが冬の訪れを告げます。これらは単なる菓子ではなく、火の力を体に取り込む象徴的な食べ物なのです。
5.食文化との結びつき
1980年代の京都赴任時、会社でお火焚の日に特別な昼食が供されたことを思い出します。蜜柑や柚子おこし、お火焚饅頭が配られ、食堂のメニューにはおでんが並びました。その中に「コロ」と呼ばれる鯨の背脂や、牛すじなど関東のおでんでは考えられない、しかも京都の食文化にこんなに脂っこいものが入るのかと、東京出身の私にとって大きな驚きでした。1年もすると、京都の食文化に染まってしまい。「東京のうどんは黒いおつゆで、うどんの色が染まってしまう。」という京都の方の意見に同調してしまう自分が居りました(笑)。脱線しましたが、京都では戦後まで鯨肉が身近な食材であり、冬の滋養として親しまれてきたのです。また少し脱線しますが、1980年代の京都では、肉屋と言えば牛肉。鶏肉はかしわ屋。豚肉はあまり見ることはありませんでした。当時は大店法の規制で、京都市内にはスーパーやコンビニは東京ほど多くなく、そのようなことも肉食文化に影響していたのでしょう。横道に逸れましたが、お火焚の日に温かいおでんを囲むことは、火の恵みを分かち合い、冬を乗り越えるための共同体的な意味を持っていました。
6.現代における意義
現代においても、お火焚は大切な意味を持ち続けています。火を通じて厄を祓い、冬を迎える心身の準備をするという精神は、便利さを享受する現代社会においても普遍的な価値を持っています。自然災害や環境問題に直面する私たちにとって、「火と水」「陰と陽」のバランスを意識することは、持続可能な社会を築く上での示唆を与えてくれるのです。
7.まとめと問いかけ
京都のお火焚は、火を通じて厄を祓い、神に感謝を捧げ、冬を迎える心身の準備をする行事です。蜜柑や饅頭をいただくことは、単なる食事ではなく「火の力を体に取り込む」象徴的な行為でした。神事と食文化が一体となった京都独自の知恵が息づいています。
では、現代を生きる私たちは、この炉開きやお火焚の精神から何を学ぶことができるでしょうか。火と水、陰と陽、実利と象徴。その調和こそが安定と繁栄をもたらすのです。