You are my melody.
釜山のジェジュンは笑ってた。
ずっとずっと見たかった
笑顔のジェジュン。
やっと会えた。
ただ見ているだけで。
ジェジュンを見ているだけで
ただ満足で
満たされた。
そんな時間だった。
強さをそなえるようになったやさしい顔。
そこにあるすべてを、見透かすようなその目。
泣けるほどに美しいその生き物。
見るだけで
ため息が出るそのひと。
放つオーラ。空気。ひかり。
どんな言葉でも言い尽くせない。
ジェジュンというひと。
まとうようになった強さは決意の表れなんだろうか。
たとえば、
きみがどの道を選んだとしても。
もう戻れないあちら側への道を
歩み始めようと決めたとしても。
きみを見ていく。
そう思わせるようなきみだった。
そこがきみの母国だったこと。
それは意味深い。
きみが母国でそういられること。
うれしくて。
安心して。
ほっとしたんだ。
おわりとそしてはじまり。
なにかがはじまるんだろう。
そしてそれはおわりでもあるんだろう。
ずっと願ってきたこと。それのおわり。
チャリコンだけしか見ていなかったら
辞めていたかもしれない。
きみのファンでいることを。
きみがまた謝るあのすがた。
そういうのはもういいじゃない?
ライブをするたびに謝るの?
謝るきみをみるために
ライブへいくんじゃない。
チャリコンのMCでもきみは言った。
日本に入れないんじゃないかと心配だったと。
そういうことも覚悟で
このイベントをやろうと決めたんじゃない?
あんな販売方法で。会場だって直前までわからない。
開催できないかもしれないリスク。
開催できたとしてもそのあとに起こることのリスク。
気は確か? それでも、やると決めた。
きみはすべてわかってる。
ステージは最善ではなく最高のものを、
そう言ったのはきみだったよね。
なのに また 謝るの? いつまで?
本当にこれからのことをおもうなら、
今じゃないんじゃない?
それでも強行して。
そしてまた謝罪するきみ。
ファンは好きなアーチストと同じように
その苦しみや悲しみを分けあわないといけないの?
ひとりだけ悲しく荒んだようなきみ。
笑えていないのはきみだけ。
みるのが
すごくつらい。
漏れてくるような
きみの苦しみ。
釜山へむかうときは、くやしくて。
苛立ち、もやもやして。
わからなくて。かなしかった。
いつになったら
パフォーマンスに集中して、
歌うきみだけを見れるんだろう。
いつまでこれが続くんだろうって。
謝罪が必要なライブをしなきゃならない
その状況が続くかぎり、
ずっと変わらないんだ。
そしてきみのうたはずっと正当に評価されない。
きみにしか歌えないきみのあのうた。
あの声。
もどかしかった。
だけどそんな釜山で見たのは
きみの笑顔。
笑顔。
進むと決めたなら進むしかないんだよね、
ジェジュン。
人を傷つけて、そして、
きみ自身も傷ついて。
それでも進むしかない。
孤独でさみしくて、こわくて不安で。
乗りこえたんだろう。
そして 決めたんだろうか。
それでもきみは孤独だろう。
前よりもずっと孤独かもしれない。
どんなに力になってあげたい
そこから助けてあげたいと願っても
ファンはなにもしてあげられない。
ごめん ジェジュン。
だいすきだよ ジェジュン。
きみのやさしいところ。
バカみたいにひとをたいせつにするところ。
自分をたいせつにしてと何度願ったかわからない。
ジェジュンがすきだ。
なにも変わらない。
ずっときみのうたを聴いてきみを見ていく。
だけどいまはきみの歌しか
信じられない。どうしてだろう。
きみが選ぶ道をどうしても
正しいことだと思うことができない。
皮肉だとおもう。
見たかったきみの笑顔をみれたというのに、
そのむこうにあるものが見えた。
見えたそのことがきみを遠ざける。
笑顔がみれないことは、
きみがまだ迷っているということの証だったんだと思う。
きみはほんとうに幸せなの?
だれのための選択だった?
誰かのための選択であったとしても、
それすらきみ自身の選択だと、
そう思うべきなんだろうか。
きみの幸せを願わないはずがない。
だいすきなジェジュン。
きみに疑いと言ってもいいような気持ちを
もってしまいながら、一方で、
きみの歌にはきみの魂がこもっていると
信じている。
信じているのはやっぱりきみなんだろうか。
それとも
だいすきなきみを信じ通せないのは
わたしが自分自身を信じきれてないからだろうか。
そんな風に思ったりもして。
きみのすることすべて。
選ぶことすべて。選んだことすべて。
ひっくるめて きみ。
だけど。
その先にきみが見据えてること。
それを再び自分もそうなんだと
思えるようになったら
またきみの歌を聴きにいこう。
いまはそれができないから。
きみが決めた道。
きみが決めたことなんだからとただ思えたら。
そしたらまた 歌を通してきみを見ていく。
いまはそう思えないから。
それまで。
釜山できみが向けてくれた笑顔。
目の前で歌ってくれたあの歌。
両者は相反するものだけど。
そのイメージと音。
両方をおぼえていよう。
バイバイ ジェジュン。
私なりの愛しかたで。
だいすきだから しばし お別れ。
きみの歌がすきだから きっとまたもどる。
きみが歌い続けるかぎり。
いつか。
ずっとずっと見たかった
笑顔のジェジュン。
やっと会えた。
ただ見ているだけで。
ジェジュンを見ているだけで
ただ満足で
満たされた。
そんな時間だった。
強さをそなえるようになったやさしい顔。
そこにあるすべてを、見透かすようなその目。
泣けるほどに美しいその生き物。
見るだけで
ため息が出るそのひと。
放つオーラ。空気。ひかり。
どんな言葉でも言い尽くせない。
ジェジュンというひと。
まとうようになった強さは決意の表れなんだろうか。
たとえば、
きみがどの道を選んだとしても。
もう戻れないあちら側への道を
歩み始めようと決めたとしても。
きみを見ていく。
そう思わせるようなきみだった。
そこがきみの母国だったこと。
それは意味深い。
きみが母国でそういられること。
うれしくて。
安心して。
ほっとしたんだ。
おわりとそしてはじまり。
なにかがはじまるんだろう。
そしてそれはおわりでもあるんだろう。
ずっと願ってきたこと。それのおわり。
チャリコンだけしか見ていなかったら
辞めていたかもしれない。
きみのファンでいることを。
きみがまた謝るあのすがた。
そういうのはもういいじゃない?
ライブをするたびに謝るの?
謝るきみをみるために
ライブへいくんじゃない。
チャリコンのMCでもきみは言った。
日本に入れないんじゃないかと心配だったと。
そういうことも覚悟で
このイベントをやろうと決めたんじゃない?
あんな販売方法で。会場だって直前までわからない。
開催できないかもしれないリスク。
開催できたとしてもそのあとに起こることのリスク。
気は確か? それでも、やると決めた。
きみはすべてわかってる。
ステージは最善ではなく最高のものを、
そう言ったのはきみだったよね。
なのに また 謝るの? いつまで?
本当にこれからのことをおもうなら、
今じゃないんじゃない?
それでも強行して。
そしてまた謝罪するきみ。
ファンは好きなアーチストと同じように
その苦しみや悲しみを分けあわないといけないの?
ひとりだけ悲しく荒んだようなきみ。
笑えていないのはきみだけ。
みるのが
すごくつらい。
漏れてくるような
きみの苦しみ。
釜山へむかうときは、くやしくて。
苛立ち、もやもやして。
わからなくて。かなしかった。
いつになったら
パフォーマンスに集中して、
歌うきみだけを見れるんだろう。
いつまでこれが続くんだろうって。
謝罪が必要なライブをしなきゃならない
その状況が続くかぎり、
ずっと変わらないんだ。
そしてきみのうたはずっと正当に評価されない。
きみにしか歌えないきみのあのうた。
あの声。
もどかしかった。
だけどそんな釜山で見たのは
きみの笑顔。
笑顔。
進むと決めたなら進むしかないんだよね、
ジェジュン。
人を傷つけて、そして、
きみ自身も傷ついて。
それでも進むしかない。
孤独でさみしくて、こわくて不安で。
乗りこえたんだろう。
そして 決めたんだろうか。
それでもきみは孤独だろう。
前よりもずっと孤独かもしれない。
どんなに力になってあげたい
そこから助けてあげたいと願っても
ファンはなにもしてあげられない。
ごめん ジェジュン。
だいすきだよ ジェジュン。
きみのやさしいところ。
バカみたいにひとをたいせつにするところ。
自分をたいせつにしてと何度願ったかわからない。
ジェジュンがすきだ。
なにも変わらない。
ずっときみのうたを聴いてきみを見ていく。
だけどいまはきみの歌しか
信じられない。どうしてだろう。
きみが選ぶ道をどうしても
正しいことだと思うことができない。
皮肉だとおもう。
見たかったきみの笑顔をみれたというのに、
そのむこうにあるものが見えた。
見えたそのことがきみを遠ざける。
笑顔がみれないことは、
きみがまだ迷っているということの証だったんだと思う。
きみはほんとうに幸せなの?
だれのための選択だった?
誰かのための選択であったとしても、
それすらきみ自身の選択だと、
そう思うべきなんだろうか。
きみの幸せを願わないはずがない。
だいすきなジェジュン。
きみに疑いと言ってもいいような気持ちを
もってしまいながら、一方で、
きみの歌にはきみの魂がこもっていると
信じている。
信じているのはやっぱりきみなんだろうか。
それとも
だいすきなきみを信じ通せないのは
わたしが自分自身を信じきれてないからだろうか。
そんな風に思ったりもして。
きみのすることすべて。
選ぶことすべて。選んだことすべて。
ひっくるめて きみ。
だけど。
その先にきみが見据えてること。
それを再び自分もそうなんだと
思えるようになったら
またきみの歌を聴きにいこう。
いまはそれができないから。
きみが決めた道。
きみが決めたことなんだからとただ思えたら。
そしたらまた 歌を通してきみを見ていく。
いまはそう思えないから。
それまで。
釜山できみが向けてくれた笑顔。
目の前で歌ってくれたあの歌。
両者は相反するものだけど。
そのイメージと音。
両方をおぼえていよう。
バイバイ ジェジュン。
私なりの愛しかたで。
だいすきだから しばし お別れ。
きみの歌がすきだから きっとまたもどる。
きみが歌い続けるかぎり。
いつか。
東方神起ということ
色んな考えがあることはわかっている。
わたしの考えをすこしだけ。
ユノとチャミがカムバックして、
日本でSMTでライブをして
たくさんの音楽番組に出演して。
たくさんのプロモーション。
それからあとは
なんだかとても騒がしかった。
二人を責め始めるひとが急に増えたように感じる
ことがあまりにも多くなった。
SMTのユノとチャミには見惚れた。
誇らしくて。誇らしくて。
ファンになれたことがしあわせだと、
そう思って心が震えた。
圧倒的なステージ。
カムバックに際し
二人が一年半、どうやって過ごしてきたか。
みんなが見てきたはず。
痛いほど感じてきたはずだ。
それは三人にも同じこと。
たくさんの苦しみも葛藤も寂しさも。
それを知っていながら
いまの二人を、あのパフォーマンスを見て
二人を責めること。
一年半、ずっと待ち続けた二人を。
一年半、なにも言わずに、そこにいてくれて
やっと戻った二人を。
どうしてそんなに汚い言葉で
責めることができるんだろう。
蒸し返された突然の憤怒。
どうしてだろう。
だれの役にも、なんの役にも立たない悪口。
無駄な噂。
やりきれない。
そしてまた
ファンがファンへ攻撃する。
同じ立場のファン同士が。
...ユノとチャミを応援することが、
三人をさらに追いつめることになる。
三人を応援するなら、
二人の東方神起を応援するな。
五人を信じてるオールペンは一番タチが悪い。
五人を守りたいなら、
いまは三人だけを応援しないといけない。
オールペンは花畑。
オールペンみたいなひとたちが
三人を追いつめている...
こういう話。
その理論はなんですか?
いつからファン同士はそんなに立ち入るように
なったんだろう。
踏み絵のようなおかしな連帯感をもって。
どちらかを愛するには、
もう一方を憎まないといけないの?
一方をどれだけ憎んでるか言うことが、
もう一方をどれだけ愛しているかということの
はかりになるの?
二人だけを愛すること。
三人だけを愛すること。
五人を愛すること。
一人だけを愛すること。
誰も愛さないこと。
どれもそのひとの選択の問題。
自分が愛すると決めた選択は正しくて、
他のひとの選択は間違っているの?
どの選択も正しくて。
どの選択も尊重されて、自由であるべきと思う。
それとも
カムバックした二人を見て、焦ったの?
負けるとでも思ったの?
ジェジュンを信じてないの?
ジェジュンのあの歌を。
勝ち負けなんてくだらないと思う。
ジェジュンにしか歌えない歌を、
誰とも比べる必要なんてないあの歌を。
たくさんもらってきたにもかかわらず。
信じていないのですか、あの歌を、あの声を。
二人のステージは気高かった。
ただステージを観ていれば、
ただそのパフォーマンスを観ていれば、
それでいいんだと、
そう思わせるものだった。
愛さなくなったひと、
愛せなくなったひと、
それも選択。
だけど、
ジェジュンを愛しているというならば、
ジェジュンが愛していると歌ったユノのこと、
今でも大事なひとだよって、
そう言ったユノのことを、
どうしてそんな言葉で罵ることができるんだろう。
ジェジュンを愛しているというならば、
ちゃんとジェジュンの言葉を聞いて、
ちゃんとジェジュンの歌を聞いて、
そこに彼が託している気持ちを感じ取ろうとしているならば、
なぜ彼の気持ちを無視するような言葉を、
そのように簡単に、
汚い言葉で、
口にすることが できるの?
東方神起という名前の商標権は事務所ではなく、
“五人“に属しているという。
だから二人だけが東方神起を名乗るのはおかしい、
そう言って二人を責める人たち。
だけどそんなことよりも、
商標権をもっているジェジュン達三人が、
二人だけが東方神起でいることになにも言わないこと。
やろうと思えば法的な手続きをして、
名乗らせないようにだってできるのに、
そうしないこと。
そこになにかを見出だすことはできないの?
ユノを、チャンミンを、
罵ることが、
あなたが愛しているジェジュンの気持ちを無視していることだと
なぜわからないの?
【以下は二人のインタビューより抜粋】
会えば一番最初に、
「東方神起」という名前を守って、
そしてチームが生きているようにしてくれて
本当にありがとうという話をしたいです。
ージェジュン
会ったらまず殴って、
それから抱きしめてあげたい。
ーユノ
とてつもない愛。
自分はジェジュンのファンだと、
そう言うなら、
彼が大事にしてるものを、
同じように、
大事にすることはできないの?
JYJだのホミンだの、汚い言葉を言い合って、
ギャーギャー騒いでいると、
彼らに置いていかれるんじゃないの?
彼らは置かれた環境で、
やれることを精一杯やって、
進化していっていると感じる。
わたしはジェジュンがすきだ。
ジェジュンを見て、
ジェジュンがいまも愛しているんだと
そう感じるユノがすきだ。
二人の愛を愛している。
愛する二人が大切にしているメンバーだから、
ジュンスもユチョンもチャンミンも、
大切だって、そう言えるファンでいたい。
ジェジュンの言葉を、ジェジュンの歌を、ジェジュンの表情を、
ちゃんと聞いて、よく聴いて、まっすぐにただ見ていたら、
彼が大事にしている人がだれかなんて、
わからないはずがない、
いまは誰のことも責めたりなんて、
できるはずがない。
ただ応援して、
待っていよう、そうシンプルに思える。
ぼくたちを愛してくれてありがとう。
ジェジュンがいつもいってるよね?
ただ愛して、応援して、いま感じることをただ信じて。
それだけのこと。
わたしの考えをすこしだけ。
ユノとチャミがカムバックして、
日本でSMTでライブをして
たくさんの音楽番組に出演して。
たくさんのプロモーション。
それからあとは
なんだかとても騒がしかった。
二人を責め始めるひとが急に増えたように感じる
ことがあまりにも多くなった。
SMTのユノとチャミには見惚れた。
誇らしくて。誇らしくて。
ファンになれたことがしあわせだと、
そう思って心が震えた。
圧倒的なステージ。
カムバックに際し
二人が一年半、どうやって過ごしてきたか。
みんなが見てきたはず。
痛いほど感じてきたはずだ。
それは三人にも同じこと。
たくさんの苦しみも葛藤も寂しさも。
それを知っていながら
いまの二人を、あのパフォーマンスを見て
二人を責めること。
一年半、ずっと待ち続けた二人を。
一年半、なにも言わずに、そこにいてくれて
やっと戻った二人を。
どうしてそんなに汚い言葉で
責めることができるんだろう。
蒸し返された突然の憤怒。
どうしてだろう。
だれの役にも、なんの役にも立たない悪口。
無駄な噂。
やりきれない。
そしてまた
ファンがファンへ攻撃する。
同じ立場のファン同士が。
...ユノとチャミを応援することが、
三人をさらに追いつめることになる。
三人を応援するなら、
二人の東方神起を応援するな。
五人を信じてるオールペンは一番タチが悪い。
五人を守りたいなら、
いまは三人だけを応援しないといけない。
オールペンは花畑。
オールペンみたいなひとたちが
三人を追いつめている...
こういう話。
その理論はなんですか?
いつからファン同士はそんなに立ち入るように
なったんだろう。
踏み絵のようなおかしな連帯感をもって。
どちらかを愛するには、
もう一方を憎まないといけないの?
一方をどれだけ憎んでるか言うことが、
もう一方をどれだけ愛しているかということの
はかりになるの?
二人だけを愛すること。
三人だけを愛すること。
五人を愛すること。
一人だけを愛すること。
誰も愛さないこと。
どれもそのひとの選択の問題。
自分が愛すると決めた選択は正しくて、
他のひとの選択は間違っているの?
どの選択も正しくて。
どの選択も尊重されて、自由であるべきと思う。
それとも
カムバックした二人を見て、焦ったの?
負けるとでも思ったの?
ジェジュンを信じてないの?
ジェジュンのあの歌を。
勝ち負けなんてくだらないと思う。
ジェジュンにしか歌えない歌を、
誰とも比べる必要なんてないあの歌を。
たくさんもらってきたにもかかわらず。
信じていないのですか、あの歌を、あの声を。
二人のステージは気高かった。
ただステージを観ていれば、
ただそのパフォーマンスを観ていれば、
それでいいんだと、
そう思わせるものだった。
愛さなくなったひと、
愛せなくなったひと、
それも選択。
だけど、
ジェジュンを愛しているというならば、
ジェジュンが愛していると歌ったユノのこと、
今でも大事なひとだよって、
そう言ったユノのことを、
どうしてそんな言葉で罵ることができるんだろう。
ジェジュンを愛しているというならば、
ちゃんとジェジュンの言葉を聞いて、
ちゃんとジェジュンの歌を聞いて、
そこに彼が託している気持ちを感じ取ろうとしているならば、
なぜ彼の気持ちを無視するような言葉を、
そのように簡単に、
汚い言葉で、
口にすることが できるの?
東方神起という名前の商標権は事務所ではなく、
“五人“に属しているという。
だから二人だけが東方神起を名乗るのはおかしい、
そう言って二人を責める人たち。
だけどそんなことよりも、
商標権をもっているジェジュン達三人が、
二人だけが東方神起でいることになにも言わないこと。
やろうと思えば法的な手続きをして、
名乗らせないようにだってできるのに、
そうしないこと。
そこになにかを見出だすことはできないの?
ユノを、チャンミンを、
罵ることが、
あなたが愛しているジェジュンの気持ちを無視していることだと
なぜわからないの?
【以下は二人のインタビューより抜粋】
会えば一番最初に、
「東方神起」という名前を守って、
そしてチームが生きているようにしてくれて
本当にありがとうという話をしたいです。
ージェジュン
会ったらまず殴って、
それから抱きしめてあげたい。
ーユノ
とてつもない愛。
自分はジェジュンのファンだと、
そう言うなら、
彼が大事にしてるものを、
同じように、
大事にすることはできないの?
JYJだのホミンだの、汚い言葉を言い合って、
ギャーギャー騒いでいると、
彼らに置いていかれるんじゃないの?
彼らは置かれた環境で、
やれることを精一杯やって、
進化していっていると感じる。
わたしはジェジュンがすきだ。
ジェジュンを見て、
ジェジュンがいまも愛しているんだと
そう感じるユノがすきだ。
二人の愛を愛している。
愛する二人が大切にしているメンバーだから、
ジュンスもユチョンもチャンミンも、
大切だって、そう言えるファンでいたい。
ジェジュンの言葉を、ジェジュンの歌を、ジェジュンの表情を、
ちゃんと聞いて、よく聴いて、まっすぐにただ見ていたら、
彼が大事にしている人がだれかなんて、
わからないはずがない、
いまは誰のことも責めたりなんて、
できるはずがない。
ただ応援して、
待っていよう、そうシンプルに思える。
ぼくたちを愛してくれてありがとう。
ジェジュンがいつもいってるよね?
ただ愛して、応援して、いま感じることをただ信じて。
それだけのこと。
