家族の理解。

今までにこれほどイヤな思いをしたこともなかった。

まずは一番協力が必要なな旦那に話す。

ケドあまり理解してない。

薬飲んどけばそのうち治るやろ?みたいな簡単な解釈

そんな簡単ではないのに・・・・


次は両家の両親

そこで本当にもう生きてるのさえイヤな事を旦那の両親に

言われ安定していた病状も悪化・・・・


「子供らに遺伝するんじゃないの?」「離婚したほうが・・・」と


鬱病は決して遺伝性の病気じゃない、脳の物質が少なってしまってる

だけです。誰でもなる。心の風邪


ケド50代前後の人達には偏見があってそう簡単に理解してもらえない



最初に行った病院は最悪で話は聞かないだだ薬を出すダケ

ケドそんなもんだと思っていたので薬を飲んでは寝ての繰り返し

周りから見たらただの怠け病に見えるので旦那だけじゃなく

家族からも理解してもらえない言葉の嵐。


薬を飲んでるのに一向によくならない、

だんだん心も限界になってきてもうどうでもよくなっていってた。

ケドこのままでは子供達がかわいそうなので

一人でネットで病院探しを・・・・・


そこでたまたま近所に開設された心療内科が出来た事を知り

すぐに予約。

普通は予約しても見てもらえるまでに1~2週間はかかるのですが

そこの病院は電話口でカウンセラーに代わって貰え今の状態を

説明する事が出来その日に診察してもらえる事に、ケド最初の

病院で散々な扱いを受けていたのでやはりそのトラウマは消えず


恐る恐る心療内科の扉を開けて見るとそこは病院とは思えない

作りで受付の人も明るく、わかりやすく説明してもらえました。


その病院は診察とカウンセリングが別々で受けるのです

まずは診察。

診察の先生もちゃんと話を聞いてくれ親身的で安心して説明でき

薬も最初から強い薬をだすのではなく、まずは弱い薬を試して

効果がなかったらつぎの段階って感じでした。


カウンセラーの先生は本当に友達みたいになんでも話せる人で

この場所にいる時が一番落ち着いていた自分


病名は鬱病、パニック障害、自律神経失調症、適応障害でした。


やっと自分の病名が判明して本当に楽になった。


今まで自分でもただの怠け病としか思えなく苦しかった。


ケド本当の闘いはここから・・・・


この病気は家族の理解なしでは乗り越えれないんです。


みんなが普通に出来る事が私には出来ない。

育児も協力なしでは無理でした。


4ネン前の秋


朝起きたらなんだか体がだるい


この時期いろんな事で悩んでいて


なかなか眠りにつけなかったのが


原因だと思っていた


あまり深く考えず日常生活を続ける


その後1週間は体のだるさあるものの


体は動くのであまり気にしていなかった


けど1週間後


今までにないくらいの倦怠感


家事しないといけないと思うものの


全く動けない何かに無理やり押さえつけられている

ような感じ


ケド理解のない元旦那から容赦ない某言


泣きながら無理やり家事をする


次の日。さすがにおかしい


感情すらなくなにもできなくなってしまった自分


ケドメンタル系の病気とは認めたくなくて


気合で過ごす


その時に病院に言っとけばよかったのであろうが


心療内科に行く勇気もなく


気合がたりないんだと言い聞かせ


しばらくはだぼーとしながらも家事をこなす


けどそなんな日々も長くも続かず


とうとう起き上がることさえ出来ず


家事しなあかんって分かってるのに


出来ない。体が言う事を聞いてくれない


そんな自分が情けなかった。


仕事から帰って来た旦那は散らかった部屋を

みて激怒


かなりひどい暴言が続いていたと思う


その瞬間


呼吸が出来ない


呼吸したいのに出来ない


もがくしかなく


その姿をみてさすがに旦那もただ事じゃないと

思ったのか救急車を呼んで


救急病医院へ


過呼吸は収まったが


そこの病院で体にはなんの問題もない


心療内科へ行く事を進められました