実はとある事をきっかけに女帝が荒稼ぎしている実態を社員全員は知る事になる。


局の売上げなど細かい請求書は、社員の女の子が行っていたが、社員の給与などは親会社の本社で管理していた。ただしこれは社員に限ってのこと。

女帝はあくまでも外部業者であるから、毎月本社宛に請求書を発行し、支払い明細を作成していた。この明細、本来であれば社員である我々がやるものなのだが、女帝は何故か自身で処理をしていた。

それも、残業など滅多にしないのだが、この支払い明細を作るときだけは独りで事務所に残り密かに作成していたのだった。


解雇が決まってから数日だっただろうか、こういうものは芋づる式に出てくるものだ。とあるタイミングで、女帝のデスクの資料を私が探していた。

そこにあったのが、この支払い明細である。


見たことも無い用紙に記入されている金額を見て愕然とした。


週に3日程度の出勤に対しての月額報酬が60万円固定。それに自身が契約したスポンサーに対しての手数料として売上げの30%を請求していた。


2009年11月や12月などは金額にして100万円を超える額が支払われていたのである。


これは、社長との契約だから仕方ないことなのかもしれないが、コミュニティFMという業界からすれば破格な金額である。女帝は年間約1000万の報酬を受け取っている。


そりゃー我々に支払い明細は作らせないよな。


年間2000万の赤字が出るからFM局は閉鎖すると説明され、解雇されたわれわれ社員が納得できないのは言うまでもない。


さらに、この商売のうまみを知った女帝は次なるターゲットを探すべくパトロン探しに奔走したのだ。


そして邪魔な社員は排除しイエスマンのみ集めた帝国を築き現在に至っている。


次回はパトロン探しに奔走した女帝が、とある団体に交渉した際にした行動を書きたいと思う。

世の中うまいようにできていて、正社員を解雇するには事前にやっておかなければいけないことがある。

企業は解雇通知を出すまでに解雇回避努力義務というものを実行しなければいけない。

つまり、解雇しない努力をしたのか?が問われるのだ。


私たちは後で知ったのだが、この解雇回避努力義務を女帝はしたたかに実行していた。


2009年3月末、解雇通知を渡す予定の1ヶ月ほど前だろうか、普段は会議など招集もしない女帝が社員全員を集め、明日の午後一で会議をするから出席するように言ってきた。


突然の会議通知に驚いたが、まあゴールデンウィークの特番の話だろうと私は軽く考えていた。


そして翌日、時間に少し遅れて女帝登場(自分から召集しておいて失礼極まりない)

開口一番「今やっている業務で、簡素化できるものはない?」と言ってきた。


特番の話とばかり思っていた私たち社員は女帝の言葉に耳を疑った。


しばらくの沈黙の後、朝の番組担当の男性社員に向かって「お昼のニュースは止めてみるのはどう?」と言い出した。

毎日正午に生放送でやっているお昼のニュース、正直言って止めたところで何も変わらない。大して手間もかからない作業だし、第一止めたところで穴埋めが必要になる。


彼は「いや、やめるのは簡単ですけど、特に作業も面倒でもないですし、コストもかかってないので続けてもいいんじゃないですか?」と答えた。


女帝は「いや、止めたらその原稿を準備する時間とか空くじゃない、別の仕事もできるわよ」と言った。

そして私に「じゃー明日から止めましょう、何か穴埋めできるわよね?」と言った。


はっきりいって本人の中では会議をするまでもなく決まっていたのだ。


言われるがまま、私は翌日からの運行データの変更、他の社員は意味のわからない内容に疑問を持ちながらも自分たちの仕事に戻った。


これは、私の勝手な予想なのだが、FM局を閉鎖と社長から通達された時点で、解雇回避努力義務をするよう社長から指示されていたのだと思う。


だったら何故、解雇される社員に正直に「FM局を閉鎖しあなたたちは解雇される」そして「解雇を回避したいから協力してくれない?」って言わなかったのだろうか?

共に仕事に励んできた仲間に対して協力を仰ぐのは簡単だったはず、言われた私たちも必ず共に協力したはずなのだ。


この時点で既に女帝の帝国を築く構想ができていたに違いない。邪魔者は排除するのだ。。


後日談メモ

※2009年9月、前社長から会社の事業譲渡を成功させ、経営権をパトロンに移した女帝は、世話になった恩も忘れ未払いの請求を前社長にし、良好な関係を断ち切った。

翌年の5月、前社長は自殺を図り他界しました。

社員4名は前社長には怒りも憎しみもありません、ご冥福をお祈りいたします。



2008年秋に起こったリーマンショックは、私たちの小さなラジオ局の親会社にとって避けては通れない試練となっていた。


バブル崩壊をものともせず経営されてきた不動産大手の会社は100年に1度の大不況にはさすがに勝てなかった。保有していた不動産の価値が下がり、資産が目減り、これにより銀行の貸し渋りが起こり資金繰りに行き詰まった。


12月より7階事務所のリストラがスタート。


まずは駐車場とテナントビルを結ぶマイクロバスの運転手2名、次に事務員のおばさん、そして警備、、、、

次々と姿を消したものの我々のFM局だけはリストラの対象外なのか、不思議と静かな日々を送っていた。


2009年1月~2月、ラジオ局のあるテナントビルの大幅な経費節減対策が始まる。


まずは3基あるエレベーターのうち1基を完全に停止。そして9階までのエレベーターを5階以上は停止。館内の蛍光灯も必要な場所以外は外された。

営業が終わる20時には直ぐに館内は消灯され真っ暗に。


これはおかしい?とテナントの人、我々FM局社員は思い始めていた。


リストラが一巡した3月のある日。


この日は番組審議会が開かれる日であった。


実はこの2~3日前まで親会社&FM局の社長は体調を崩し入退院を繰り返していた。

もちろんこの日は欠席。


そしてこの番組審議会が行われる前日に、外部スタッフである女は社長に突然呼び出されFM局閉鎖の打診を受けていたのだ。


会社の監査役のじいさん、女、私の3人で番組審議会の会場へ向かう途中、じいさんと女が小声で打ち合わせをしている。聞き耳を立てていた私にはこのような会話が聞こえた。


女「昨日、急に呼び出されたと思ったらあんな事言い出しちゃってさ~」


ジジイ「まー仕方ないだろ、このご時世。で、次の当てはあるのか?」


女「そんな急に言われてもね」


ジジイ「新○和とかどうなんだよ、あそこ以前も買収の話あったろ」


女「まさか、あそこだけは嫌よ」


ジジイ「ははは~まーそうだな」


後ろで聞いていないフリをしていた私だが、その会話がFM局閉鎖し次の引き受け先をの話をしているのは完全に理解できた。


そう、この女は3月のこの時点で我々がリストラされるのを知っていたにもかかわらず、この先の4月10日に解雇通知を受け取るまでひたすら隠し通していたのである。


我々社員に相談するわけでもなく、協力を仰ぐわけでもなく、社長の言うがままに我々を解雇する準備、そして自分の帝国を作り上げる準備に取り掛かっていたのである。