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2023.7.31 Sachiko Nagata × Ai Kisaragi / K's Gallrey GINZA
Ai Kisaragi / Action painting Sachiko Nagata / e-hamon
Ai Kisaragi (painting) Sachiko Nagata (e-hamon)
Ai Kisaragi Sachiko Nagata (Hamon)
thanks : H.W
2023 Ai Kisaragi Solo exhibition / k's Gallery(GINZA)
今回展示内容としては如月愛が近年に制作した作品展示発表で、展示としてのテーマや意図はない。
大まかに、3つの作品群による構成で、2021年から制作開始した廃棄養殖筏の漂流廃材である「ナル(丸太)」の平面軸の立体作品、2018年から制作のソーラーパネルのレディメイド オン ペインティング作品、
2012年から制作の、物質感ある赤の混じるBlack painting 作品を一挙展示した。
廃棄養殖筏を素材とした作品は、漂流ゴミとなっているもで、私が関東から伊勢志摩に拠点を移し、出会った「課題ある素材」、「ナル(丸太)」は一本7m近くあり、漂流し、たまっている。その素材を使い2021年から制作を続け、志摩の店舗などへ作品所蔵しながら個展でも発表をはじめている。
「世代交代」の時代とも一致した漂流とも捉えれる。「地方過疎化」「環境体型」など、日本の時代の変化を象徴し、可視化された素材であるというのは、ソーラーパネル作品にもいえ、共通で繋がる部分と、何れも未来へ向けて作られたものへ対して、どう向き合うのか。形とは何か。用途をなくした物とアート(芸術)が私のなかで繋がり、時代の転換期を受けないわけにはいかず、作品を手掛け始めた。
ソーラーパネルのレディメイド ペインティング作品は、大地に広がり続けるソーラーパネルを目にすることが多くなり、自然と私の頭に残る風景となった。 必然と2018年に制作開始。既製品であり完成形のソーラーパネルで「使わない、使えない」物を支示体として使う。良い悪いのジャッジをすることが目的ではなく、そこに広がる 新しい事実を提示し残すこと。 完成された時代に立ち、絵画からどう進化し作品を生むか。 そして「その先を描くか」という自己の問いの答えが今 進めている作品である。
今回の展示では、見る方の声として、筏作品とソーラーパネル作品は共通していることも多かった。
Ai Kisaragi Solo exhibition
2023.7.31-8.5
k's Gallrey / GINZA
IKADA/SAIKAERI 2022
アート ラン スペース
オルタナティブ スペース
か。そんな言葉に行き着くのは正に今。
私は小さいが築55年の一般住宅を所有し、作品発表の場
にしようと1人黙々と所謂リノベーションを
始めた。(現在助っ人として2名がリスペクトという形で手伝ってくれてはいるが)基本1人の作品を作るような工事を日々やっている。
ベクトルは、リメイクを最重視しているのと。
お金で権力で安易に解決しない。という事。
生かしていくやり方。
勿論費用もないから行き着いた考え方かもしれないが、自分の時間を直接使うことで
「無いから実現出来ない」という過去の自分の発想がこれで解決されることになる。
「自由」というのは何をもって自由か。
私自身が一見すると自由に見える事が多いようで、
私は自由という言葉も問う身近な言葉に変わったのだけれど。
決まりがある。その中でどう工夫するのか。
これが現在私の考える自由。
話の道中をすっ飛ばして最後にくる答えをだすと
「思想、志」=「自由」と解釈している。
建物で新たに建てるものでない。
55年建っている、経っている住宅にてをつける
ということは決まりが沢山存在している。
それを知り引き算、足し算。をしてる最中。
脱線したのですが、そんな建物で展示スペースを
作ることにしているが。
他者と向き合う為。言葉が必要。
まずギャラリーではない。
画廊でもない。
美術館、、、所有物の展示になる要素が強いので。これが妥当か。とも思ったが、普及している美術館のイメージを足して考えるなら狭い、販売しないわけではない。
少なからず私が影響、関連のある他者の作品を所有していたり
何故か運ばれてきたもの。
などもある。
同じ製作するものとしては
眠らせる。という悪意は
ない。
アート ラン スペースや オルタナティブスペース
というのが近いかと考えている。
がまだガシッとくる言葉が見つかるかもしれない。
そして都心部ではない最果てに。
という場所からの発信を。
これはコロナが課題になる前に
違う課題から私が行き着いた答え。
その希望が形となった。
一番伝えたいことは
数年前はただの想像、理想、願望であったことは
少し発想を加えれば広げれば現実に
なっている。
ということ。
未来は自分にもわからない。
だから創造が大事で
芸術の場は必要不可欠かと思う。
そんなスペースを動かしていこうとしていてる。
「選別はどうするの?」
「いろんな人が発表したいといった場合?」
という質問があって
基本は自分の発表が軸の場所である。そして
自分というのは、関わった人、影響を受けた人、作品で出来ているので。答えは決まっている。
それは建築家であるかもしれない、デザイナーかもしれない。文豪かもしれない。
他分野の方からのリスペクトも大いに受けていて関わっている。私は欲も熱意も伝えて自分からお願いし作品を展示させてもらうかもしれないが
経過にあるものが主体です。
ゴミと芸術は紙一重。
その間にあるのが愛かと思います。
私はその希望を実現する
手段を現在知りません。
作品を(スペースを)作る、描く
ことで伝えていくことしか。
愛
近況報告でした。
AI KISARAGI Contemporary Art