うまく行けば、多分今日からハワイで撮影でした。

そのオーディションは久々に大きなオーディションでした。オーディションも2日くらいに分けて行うほど多くのモデルを集めて行ったようです。

オーディションの内容は守秘義務があるので詳しくは書けませんが、ハワイの街を夫婦が楽しくおしゃべりしながら歩いているという設定です。

ところが、その大事な場所で、久々にやっちまったのです。

オーディション会場の待合室にはシーンのコンテが描かれたものが置いてあるのですが、それを見て私はあるシーンを想像していました。

然し、それは20年近く前、upsアカデミーのワークショップに参加した時、講師の小野田良さんから散々、注意を受けていた事だったのですが、どうやら私の身体の中にその注意が根付いてはいなかったようでした。

私はオーディションを待ってる間に、シーンを自分で作っていました。

設定では初めて行くハワイに無邪気に喜ぶ夫婦となっているので、私は夫婦で

ハワイの街を歩いている時に「あ、アレ…、アレでしょ!?…アラ…アロ

…アロワナセンターって…」やったのです。

奥さん役と娘役の人は即座に乗ってくれて、芝居をしてくれました。とても自然な感じがそこに生まれ、立ち会っていた制作の人にも受けていました。

然し、分かりますか?ココがポイントだったんです。

その日、年配の男性は少なかったので、もう一組の奥さん役と娘役のモデルさんと組んでやることになっていたのですが、最初の組みが終わって、次の組みを待っていると、次の組みの娘役の人が、満面の笑みで「お父さん!何言ってるの…」とまだオーディションも始まってないのに絡んできました。

きっと彼女もそのノリでイケる!と思ったに違いありません。

結果は、全くの裏目だったんだと思います。

彼女達が採用されたかは分かりませんが、申し訳ない事をしたな…と思っています。

この時は監督も立ち会ったのですが、若い女性の監督でした。正直監督の受けは良く無かったのです。


〈失敗その1〉

先程の小野田良さんが、私に口酸っぱく言ってたのは「俳優は、演出の目を持っては行けない!現場に入ったら監督なり、演出家なりに任せなければいけない!」と言うものでした。

それを、私は勝手に指示もないまま、自分で設定をして演技をしたわけです。

ココにもう一つのポイントがあります。


〈失敗その2〉

オーディション会場では、お芝居を要求される事がよくあります。然し、殆どが舞台や映画と違って簡単な設定しかありません。

その中で、俳優なりモデルなりがどう自分の個性をアピールするか?が勝負になる訳です。

但し、最低限自然な演技でなくてはいけません。中には、あえてコレでもか!と言うような強いキャラクターを求めてくる作品もありますが…。今回の仕事はどうなのか?と、そこを読まないと行けない訳です。

そして、もう一つCMなどの場合は、モデルが商品なり、企画なりの邪魔になってはいけないのです。

よく、現場ではお世辞でなく高評価だったとしても、クライアントによってはねられる。と言う事があります。今回はまさに自分でボケてウケ狙いのキャラクターを作ってしまったが為にはねられてしまった訳です。文字通りボケをやって墓穴を掘った訳です。

では、どうすべきだったのか?答えは、何もしないでいれば良かったのです。

舞台や映像と違い、芝居が上手い下手はほとんど重要なポイントではありません。要求されません。

そのモデルのイメージがその作らんとしている映像をより膨らませるほどのものであれば一番良い訳ですが、その作品と違和感がない、いや合っている!と言う人が選考に残る訳です。


〈失敗その3〉

NHKで「渥美清に会いたい」と言う対談番組がありました。対談するのは、寅さんの監督の山田洋次さんと渥美清さんと親交が深かった黒柳徹子さんです。

その中で山田監督が、映画の寅さんに森繁久彌さんが出演した時に、森繁さんが渥美清さんに嫉妬したと言うエピソードを紹介していました。

それを聞いた私はハッとしました。

森繁さんが山田監督に

「映画の中で寅さんが、団子屋と裏庭で繋がっている街の印刷工場の人に向かって

”労働者諸君!毎日インクまみれになって働いてご苦労さん!”と言うセリフ。あれは私には言えません。

仮に芝居の上であったとしても、私があのセリフを言ったら、たちまち『なんでい?でっけぇヨットなんか乗り回してるくせに!』ってなってしまう。」と言ったんだそうです。

それと、ある寅さん映画の中で、旅先で寅さんが知り合った若い女性の旅行客の人達と一緒に記念写真を撮るシーンでカメラを向けている人が「ハイ、撮りますよ」と言うと寅さんが「バ、バター…」と言うシーンも番組で紹介していました。

僕が今回のオーディションでやったのもこの手法の一つでした。

然し、森繁さんの言う寅さんの言葉も、バターと言うのも、渥美清さんがやるから良いのであって、他の人が真似したところで何も生まれないし、何の効果も現れたりはしないのです。

土台となってる”人間そのもの”が、先ず違うわけですから。

一流と言う人は…、現場の第一線に立ち続けられている方たちは、そこを外さない。

きちんと抑えられているんじゃないか?と思います。

そして、その事を裏付けるのが、大矢市次郎さんが共演された一流の女優さん達、山田五十鈴さん、京マチ子さん、越路吹雪さん、山本富士子さん,草笛光子さん、浪速千栄子さんなどの錚々たる女優さんたちを評して仰った言葉。

「こうして振り返ってみると、どの人もどのひとも、共通している事はただ一つ“自分をよく知っている”ということでありましょう。」と書いておられます。

そう!ココであのTBSの大山勝美先生から言われた言葉!私にとっては解くに解けないで40年以上が経ってしまったあの言葉が蘇ったのです。

『君は、自分の一番良いところを、自分で知らないみたいだね…。』

とは言え、頭の上では解けたと思っても、コレを今回のオーディションで失敗したように、身に付けなければ、本当に解けたとは言えません。

でも、いま初めてその”解”

が得られ、まだ遠い先にある目標だとしても、目標を目視する事が出来たのです!個人的にはこんなに嬉しい事はありません!

皆さんからすれば、呆れるほどの鈍感さ、愚者と映るかもしれません。

しかも70歳と言う歳で…、冗談でしょ…と。

でも、今の私のいる場所がどうあれ、私に与えられた道がそこにあるなら歩くしかないと思っております。

そして何より、歩く道が見えた!と言う事が何より嬉しく思います。