乗っかってみるか?

自分の中では、大きな飛躍でした。

それは、あるロックバンドのMVに出た時のことでした。そのビデオでは、若い男の子同志、若い女の子同志のカップルと年配のおじさんとおばさんのカップルの三組が街中で顔と顔が段々接近してきて、キスをする直前に、そのロックバンドのメインボーカルの人の大きな顔が割って入ってきて,その新曲を歌っていると言うシーンが、何度も出てくると言うものでした。そしてその前後に三組のカップルの意味深な表情だったり、動きが入るのですが、歌のサビで盛り上がるところとカップルの顔と顔が近づく所がシンクロする。そんなビデオでした。

私はそれまでラブシーンと言うのがイヤでした。

出来れば一生なければいいと思っていました。

一番嫌だった理由は、いわゆる自分の中の核となっている性格とは真逆のものだと感じていたからです。

この点でも、K先生が「君は俳優には向いていない」と仰っていたことが正しかったと言えるのですが…。

特に、いわゆる二枚目と言われている俳優がやる様な仕草や格好や表情には強い抵抗感を持っていました。

然し、この時の現場では、まさにそれを出さなければ、それに成り切らなくては絵になりません。

どうしたものか….と考えながらも衣装を付けてメイクを終え現場に行くと、スタッフの方々から、やっぱりな…とか、成程流石ですね…とか、良いムードですね…と言うように、現場を盛り上げようと色々言ってくれます。

その時、そうか…、それならそれに乗っかろう!見ている人が感じてるものに、そのまま乗っかってしまえ!とふと思ったのです。

そして何も考えずに、今まで考えてもみなかった事を、思い切ってやり出しました。

新宿村でいきなり、踊りの振り付けをされた時に、自分はアステアだと思い込んだように、自分のポリシーは忘れ、お客様の望む通りのことをしよう!と気持ちを切り替えたのです。

正直、相手の年配の歳のいったご婦人は美しくもなく、愛しいとも思えるはずもありません。(失礼ながら…、然しきっと彼女も同じように思っていたでしょう。)それでも目と目を合わせなければなりません。相手を見ながら見ない。相手を見ずに相手を見る、自分の心を同時に、自分の身体の中にあるいくつもの自分の部屋に置いて、出来上がる絵だけを想像して俯瞰で観た光景を思い描きながら演じる事で、

喜んでいただけたシーンを幾つも撮ることが出来ました。

それまで否定していた世界にもポンと飛び乗れた、

演技の原点に立ち返る事を感じた分岐点でした。