バシャーン。

「いい気味ね!!私なんかに刃向かうからよ!!」

水が垂れるバケツを持つ絵梨花が嘲笑う。

その彼女の前には、教室の床に座り込んだ奏江。

現在『心の苦しみ』の場面を撮り中である。

「…!な、何よ!!その目!!」

奏江がキッと絵梨花を睨み、そばにあったホウキをつかむと彼女に振り上げた。

「きゃ!?な、何すんのよ!!」

それを何とか交わす彼女。

「…まけない…。」
「はぁ!?」
「負けない!!もう私は逃げないって決めたの!!」

「カットー!!」

副監督の声に、奏江は我にかえった表情をして緒方のほうを見た。

「はい、OKです。」

視線に気づいた緒方は、にこっと笑う。

実はここ、できれば一発OKで済ませたいところだった。

水を被らされるシーンのため。

OKだと言われて、奏江はホッとした表情をすると着替えるため、メイクさんたちに肩にバスタオルをかけられて連れていかれた。

「モー子さーん!」

着替えを終えて、出てくれば、キョーコがいた。

「お疲れ様!はい、お茶!」
「…ありがとう。」

お茶を差し出された奏江はそれを受け取ると、

「飛鷹くんとの撮影は、今日は撮らないんだよね?」

キョーコが聞いてきた。

「そうよ。今日は学校シーンだけ撮るって監督も言ってじゃない。」
「そうだけど~。飛鷹くんに聞きたいことがあったんだけどな~。」
「…何よ、聞きたいことって。」
「う~ん?別に大したことじゃないんだけどね?」
「だから何よ。」
「内緒!モー子さん気づいてないんだもーん。」
「はあ!?」

何を気づいてないと言うのだろう。奏江は意味が分からない。

「それより!モー子さん、今度のお休みっていつ!?」
「はあ!?なに突然!!」
「久しぶりにモー子さんとお出かけしたいな~なんて!」
「却下。敦賀さんと行きなさいよ。誘えば、大喜びするでしょ、あの人なら。」
「ええ~~!!む、無理よ!!」

キョーコは首をブンブン横に振る。

「なにが無理なのかな?」
「…!?きゃああああ!!つ、敦賀さん…!!い、いつからそこに!?」

振り返れば、似非紳士とびっきりの笑顔をした蓮。

「琴南さんの『却下』あたりかな?どうして俺とはデート出来ないのかな?うん?」

その笑顔のまま、キョーコにジリジリよる彼。

「だ、だって、アナタは天下の敦賀蓮じゃないですか!そんな人と街をぶらぶらするなんて考えられません!!貴方のファンに殺されます!!」

想像するだけでキョーコは恐ろしいものだと思う。

「あのね…最上さん…俺たちは役者だよ?変装すればいいじゃないか…。」
「あ!そうですね!敦賀さんなら、別人になれますもんね!」
「うん。だから、君のためにスケジュール空けとくね?どこ行きたい?」
「ええ!?今決めるんですか!?ちょっと待てください!えっと…えっと…。」

うーんと唸って考え出すキョーコ。

(…この人…。)

そんな二人を見ていた奏江は頬をひきつらせ、

(策士だわ…恐ろしいほどの…。)

ニコニコ笑ってる蓮を見ながらそう思うと、

「何かな?」
「いえ…。」

蓮と目があったので目を逸らしたのだった…。