ファースト・ラブ
ー無償に与えられる愛を君へ・・・ー
その数十分後、豚の着ぐるみを着た不審な人物が養成所の中をトコトコと歩きだし、壁の隅に隠れ、あるものをそっと見る。
見た先には『天使のことだま』の台本を持つ震える手に、
「確かに・・・お母様がなくなったのはあの子のせいよ・・・。」
誰かの言葉。その言葉に豚の着ぐるみはどき・・・っと反応し、
「あの子さえ産まなければ、お母様は死なずに済んだわ・・・。」
言葉は続けられる。一方、何故かその周囲にいる人間は呆然としていた。
「けれど、生まれていたあの子に罪はないのよ・・・?お父様・・・!!」
なぜなら、それを言っているのが、スカーフとサングラスを外した奏江であり、
「お母様が悲しむわ・・・あの子を・・・お父様が憎むなんて・・・。」
皆の前で泣く演技を見せ付けている。が、奏江は突然持っていた台本を床に打ち付け、
「そんなことは分かっている!!だが、あの子を見るたびに思ってしまうんだ!!泣かれてもいい!!嘆かれてもいい!!わたしがシュリーを止めればよかったと!!」
女性の声だとは思えないくらいにぶっとい声で父親を演じ始めたので、周囲は同然の如く驚き、
「あの子を責めても、わたしのシュリーは還ってこない!!わかっている!!」
それを壁に隠れてみてる豚の着ぐるみはイラつき始める。
「しかし、わたしは自分が制御できず、自分への怒りをあの子にぶつけてしまうんだーー!!」
「あ、あの・・・。」
「す、すごいわ・・・っ。あの人・・・っ。一瞬シナリオを見ただけなのに・・・っ。」
奏江の演技を見てる周囲、基、生徒たちは、青い顔をしていた。彼女が台本を一瞬見ただけで全てを覚え、しかも、男女関係なく、登場人物をこなそうとしているので、
「「「ま、真似できません・・・!私達には・・・・!!」」」
敗北感で手と膝を床につけ、悔しがる。
「あら、もういいの?まだ半分以上、残っていてよ?」
そこで奏江は演技をやめて、
「これくらいで負けを認めるなんて、他愛無いわね!!」
おーほほほほっ!!と高笑いを始める。生徒たちは、それを聞くともっと悔しさを募らせ、
「ラブミー部員とか言うバカみたいな肩書きの人に負けたかと思うと心底悔しい・・・!」
なんていったせいだろう、機嫌をよくしていた奏江は、その言葉に反応し、
「ちょっと!!私はラブミー部員じゃないって言ってるでしょーー!!もーー!!いい事!?あなた達の言う通り、ラブミー部なんてのは、何の才能もない落ちこぼれが放り込まれるところよ!!でも、私は違う!!」
振り返って怒りながら反論していたが、話を終えたキョーコとローリィが戻ってきて
「本当に君の望みはそんなのでいいのかい?」
「え・・・?」
「なんなら、もし君がマリアの心のシコリを取ることができたら、この養成所への入所金・授業料の48万円分割とは言わず」
「あなた達だって、たった今、私の才能を認めたはずよ!!」
「君はもう一応、うちのラブミー部に所属という形になっているんだし」
「ちょっと手違いでこんな格好してるけど、断じて私は」
「両方免除というはどうだろう。」
「ラブミー部員よ。」
免除と聞いた途端に手のひらを返し、右手でLマークを作る奏江は、
「社長・・・!!お孫さんのことは、私達ラブミー部員におまかせください!!」
振り返って、キョーコの肩を抱く。
「うん?お、君は確か、琴南くん!そうか、来てくれたか!我がラブミー部に!」
奏江の言葉にローリィは嬉しそうに笑ったが、
「モー子さん、急にどうしたの?あんなにラブミー部、入るの嫌がってたのに!!私、生まれて初めてみたわ!こんな立派な手の平返し!!」
「あ~~ら・・・一体何のことかしら。」
キョーコは不思議に思って聞いたが、奏江は知らん振りし、肩を抱く手に力を入れる。
「そ、それはそうと・・・肝心のマリアちゃんは?」
「それが・・・俺の手の者と養成所の生徒の何人かが探してくれてるんだが、まだ・・・。」
何となく、聞いてはいけないと悟ったキョーコはローリィに話しを振り、
「まだ外にでた様子がないそうだから、室内にいるのは間違いなさそうなんだがな・・・。」
答えてるローリィはため息をつく。それを壁に隠れて見てる豚の着ぐるみは
(あの人は・・・。)
何かを考え込んでいるキョーコをみていた・・・。