父からの1本の電話が帰省の始まりだった➖35



7/4(金)

 
介護記録を
時系列で書いていきます。


介護者は
姪・私・
妹は➡️看護師
私達は妹に難しい事をお願いしている
姪・私➡️夜間は2人で交互
 日中は一緒に介助
その他
姪は実家の片付け(断捨離)・掃除
私は食事・掃除 家事全般

7/4日(金)  18:10
父が息を引きとった。

私は
医師から
『舌下剤は意識低下させる〜』
意識を落とす事で
父の痛み・苦しみを解放できる〜って
言われた事をすっかり忘れていた。

舌下剤を使う事で
父が楽になり、休める。
だから安心😮‍💨出来る❗️と思い違いをしていた。

だから
私は父が“ガーガー“
イビキのような音を立てていたのを
寝てくれていると思い違いをして
側にも付かず
17時過ぎより 義弟と夕食の用意をしていた。
母は父の側に居て
姪は 台所↔️父の所行ったり来たり〜
妹は 疲れ果てていたので休ませていた〜

18時前 姪が
『おばちゃん 
おじいちゃんの様子がおかしい‼️』
と飛んで来た。
急いで妹を呼びに行かせ
私は義弟と共に 父の所に
母はオロオロ😰

父の顔色は
土色になりかけ
ほぼ息が出来てなくて
もがき苦しんでいた。

皆が父のベッドを囲み
皆が其々に
心臓をトントンと人工呼吸する様に
圧をかけながら〜
全身を
さすり・ゆすり・声をかけた📢
『父さん‼️父さん‼️
おじいちゃん‼️
息をして‼️
わかる⁉️
父さん‼️…』と

パルスで測り…
血圧を測り…
数字が出ない😖

苦しさのあまり
手を上げてもがき苦しむ父…

そして
最期 2回
息を吐けない
息を吸えない
苦しみ悶えながら
カッ‼️
カッ‼️
と 大きな口を開けて
目を見開いて
そのまま動かなくなり
力尽きてしまった。
皆が父に向かって
『父さん・おじいちゃん・進さん!』
と叫んだが
父の意識は戻る事は無かった。

妹もやれる事は全てやってくれたが
それが最期になってしまった。


皆一瞬涙が出たが😢😭
気を取り直し

かかりつけ医・従兄弟・親戚・各々家族に
連絡

かかりつけ医がすぐに来てくれ
18:10分
間質性肺炎で〜
死亡診断書を書いておくので
明日病院に取りに来てください。
と言って帰られた。

それから頼んであった葬儀社に連絡した。

…続く