ボランティアってやつにいってきました。
まあひどいね。いつまでかかるやらだ。
仙台市内だからまだたいしたことないのだろうが。
なかなか泥ってやつは困ったもんだ。
しかし津波がきたところと来なかったところで雲泥の差があるね。
仙台の市街地は、もう普通の生活をしてて、当たり前なのだが。
こっちとの温度差と同じくらいの温度差がある。
うーんなんか変な感じだね。天国と地獄があんなに近くにあると。
楽天の試合も普通にやってるし。AKEとやらのコンサートもやってたみたいだ。
当たり前なんだがなんか違和感…。

街中の人も明るく元気そうだったけど心に傷を負っている人もいっぱいいるんだろうか。

被災した方も飲みもんや食べもんを出してくれたり、そのときの話をしてくれたり
大変だろうに…。

しっかし、もう4ヶ月になるのにまだまだな状況で
きれいになるのはいつになることやら。

と、ここまではほんとに偽善で、仙台市内でJK追っかけたり
帰る途中の東京で変態的な店に行ったりしたことを付け加えておく。
そう変態の偽善者でも人の役に立てる…こともある。
もうだめだね
頭がおかしい。
まともになりたいけどなれない。
くるってるわ。
僕は偽善者だなと思う。
正直地震の第一声を聞いたとき、なんだかわくわくした。
津波すげー、家が、車が、船がすげーすげーそう思った。
もちろん同情して泣きもしたけど、
死者の数がどれだけ増えるのか、どきどきした。
それは、阪神大震災の時も同じだった。
こんなことを思うのは僕だけじゃないと思う反面
僕だけであってほしいとも思う。
自分のところに災害が起こったらあのコから連絡があるんじゃないかとか
最低なことを思ったりする。
もちろん、そんなことはすぐに振り払うのだが思ったのは事実だ。
今すぐ、現場にいって人を助けたい、そうも思った。
だけど、あの現場を単純に見てみたい。そうも思った。
マグニチュードの大きさ、断層の大きさ、津波を大きさを数値でみて
国内最大とか、世界で見ても何番目とかそんなことに興奮した。

先日は、自らの偽善の部分を書いた。

そのときにも、正直に自分の悪の部分も書こうとも思った。
だけど何かにびびった。
この匿名であるはずのブログに書くことにびびった。
テーマは心の声であるはずなのにびびったのだ。

単純に支援したい。ボランティアに行こうと思った。
だけど、今言っても邪魔だ。じゃあ募金だ。
ここまではいい。
だけど、いくら募金するのか葛藤があった。
結局は最初におもった額を募金したのだが、
今度は何に使われるのか、ちゃんと使われるのかが気になったり
自分が払っても払わなくても結局は何も変わらないのではないかと思ったり。
別に見返りなんか求めてないはずなのに、心の中でそんなものがあったりする。

イチローが一億だしたという記事をみて、たった一億かよ。ダサいな。正直そう思った。
だけど、そんなことを思う奴のほうがよっぽどださい。

あのときの気持ちは正直冷めてきている。
もうボランティアにも行かないかもしれない。
こんな自分が嫌だから行くかもしれないが、
少なくともあの時の気持ちではない。
いてもたってもいられず、今すぐいきたい気持ちではない。
かっこつけたいだけだ。
全ては偽善だ。

昨日親に電話した。
これは完全に偽善だった。
偽善だとわかってて電話した。
心配でもなんでもなかった。
それでも喜ぶだろうなとも思った。
そしてそっちの様子が知りたかった。

あのコの住む土地は大丈夫かと思い
別の人にメールを送った。
その人はメールありがとうって言ってたけど
あなたはそんなに心配じゃなかったなんて言えない。
心が痛い。

まじめなふりをする。一生懸命なふりをする。
どれがほんとの自分かわからなくなる。
人から見えてる自分が自分なのか
自分から見えてる自分が自分なのか。
自分から見えてる自分も一人ではない気がする。
まじめな自分、不真面目な自分。

答えは出ないな。
ただ悪魔のような自分が言ってるよ。
「偽善者め!」
ってね。