べイパーコーンについて考えてみた
先日、空力を研究されている方から航空機が生み出すベイパーコーンについての話題を提供して頂き、あれこれ考えるうちに解析してみたくなりました。とくに興味を持ったのは、ベイパーコーンの発生する位置とその形状についてです。ベイパーコーンとは遷音速で飛ぶ航空機に見られる現象で、以下の画像のような円錐状の雲が生じます。面白いのは、雲が機体全体を覆っているのではないという点です。出典:Wikimedia Commons, U. S. Navy with the ID 110606-N-TU221-408ベイパーコーンは空気中の水分が断熱膨張冷却によって凝結されて雲になったものです。機体周りの一部で気圧が低下し、湿度の高い環境で露点を下回ると空気中の水分が凝結して雲が発生します。この現象は湿度の高い空気の入ったフラスコから注射器で空気を一気に抜くとできるのと同じ原理によります。速度と関係なく見られる現象ですが、機体周りにプラントル・グロワートの特異点が現れた時に急激な気圧勾配が表れます。この特異点を表す公式にマッハ数Mが入っているために、音速が関係しているように見えるのです。詳しい解説は以下のWikipediaを参照してください。プラントル・グロワートの特異点 - Wikipediaw.wiki実験でベイパーコーンを発生させるにはどんな規模の風洞設備を持ってしても困難と思われますので、シミュレーションでどうにかできないか検討します。仮想空間に条件を作り出して雲の発生を観察できるような超絶便利なソフトを筆者は知らないのですが、OpenFOAMで円錐状の流速勾配/圧力勾配が再現できれば雲ができたことになると考えました。が、結論から言いますと可視化できませんでした!以下の手順は、それが判明する前から備忘録を兼ねて編集していたもので、消すのが勿体ないので記録に残します。航空機モデルの用意まずは音速で飛びそうな航空機モデルを探索します。戦闘機の精密な3Dモデルならネット上に多くありますが、これらはエアインテークの穴もモデリングされており、ここに流れ込む気流が全体の計算結果に影響する恐れがあります。従って、ジェット機の空力性能を正確に評価するには、結果を比較するために標準化されたモデルが必要です。この分野では長らくカナダ国立研究評議会が考案した”標準空力モデルSDM”が使われてきました(下の画像)。しかし現在では時代遅れのモデルとなっており、これでやってみようという気になれません。出典:VSP Airshow, Standard Dynamics Model, DSTO-TR-2600そこで今回はオーストラリアのニューカッスル大学とシドニー大学の研究チームが考案した”シドニー標準空力モデルSSAM”を採用します。これは最新鋭機の空力性能を評価するためのモデルで、その形状は米軍の第5世代戦闘機F-22ラプターを模したものとなっています。このモデルで空力性能を解析した研究論文はこちらで読むことができます。SSAM-Gen5と呼ばれるこのモデルはエアインテークが塞がれたソリッドモデルとなっており、エアインテークの存在が空力計算に悪影響を及ぼさないよう配慮されています。見た目も洗練されており、これならいい結果が得られそうな気がします。出典:Aerospace 2023, 10(9), 746,A Generic Model for Benchmark Aerodynamic Analysis of Fifth-Generation High-Performance Aircraftこの論文で使われた機体モデルはこちらから入手することができます。モデルデータはSTEP形式で収録されています。FreeCADでgen5_full.stepをインポートして、そのままSTL形式でgen5_full.stlにエクスポートすると良いでしょう。Blenderでインポートするには別途プラグインが必要です。モデルを実寸に修正する公開資料によれば、F-22実機の寸法は以下の通りです。 全長 62 ft 1 in= 18.92m 翼幅 44 ft 6 in= 13.56mgen5_full.stlの機体全長は1となっていますので、BlenderでモデルをインポートしてXYZスケールを18.92倍します。同名のSTLファイルにエクスポートすると、全長18.92となったモデルが上書きされます。この翼幅を計測すると13.499となり、実機の翼幅にかなり近い数値になることが分ります。モデル原点はノーズコーンの先端です。XSimの起動こちらのチュートリアルに従って解析領域を決定します。モデルの全長をおよそ20mとして、全長160m、全幅50m、全高50mの風洞にモデルを配置します。XSimのプロジェクト名はvpconeとします。形状のインポートモデルファイルgen5_full.stlをドロップします。例によって全長18.92kmというとんでもない大きさで認識されますので、[形状の編集]タブにて拡大縮小率を0.001します。[形状の追加]タブ-[タイプ]:直方体[形状の追加]タブ-[パラメーター]-[最小座標]:(-40, -25, -25)[形状の追加]タブ-[パラメーター]-[最大座標]:(120, 25, 25)直方体を追加すると以下のようになります。メッシュモデルを覆うように再分割領域を追加します。目標ベースメッシュ数は空間分解能と計算時間のトレードオフになりますので、どちらも許容できる範囲に調整してください。[体積メッシュ設定]-[目標ベースメッシュ数]:80000[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[レベル間のメッシュ数]:3[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[範囲タイプ]:直方体[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[最小座標]:(-10, -10, -10)[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[最大座標]:(50, 10, 10)[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[再分割レベル]:2[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[範囲タイプ]:表面(領域)[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[領域:gen5_full[体積メッシュ設定]-[再分割設定]-[再分割レベル]:3[レイヤーメッシュ設定]-[厚み比率]:0.3[レイヤーメッシュ設定]-[領域]:gen5_full[レイヤーメッシュ設定]-[レイヤー層数]:3基本設定非定常解析を行います。[終了時刻]:1(秒)[時間間隔]-[クーラン数による自動設定]:オン[時間間隔]-[初期時間間隔]:0.0001(秒)[時間間隔]-[最大クーラン数]:0.9[解析タイプ]:乱流[乱流モデル]:Realizable k-ε モデル物性[物性名]:Air初期条件こちらにて海面高度75ft、750mphで飛行するF/A-18Cでベイパーコーンが観測されたとのことですので、流速は335.28m/sとします。海面高度はそれほど高くなく、空気の物性は標準値とほとんど変わらないので0mとします。海面高度0mにおける音速は340.29m/sです。[物理量]:速度[値]:(335.28, 0, 0)流れ境界条件流入口、流出口、モデル表面のみ条件を設定します。条件が設定されていない領域は断熱のすべり壁になります。[領域]:XMin[タイプ]:流速指定[流れ境界条件パラメーター]-[流速]:335.28[流れ境界条件パラメーター]-[流入温度]:288.15[領域]:XMax[タイプ]:自然流入出[領域]:gen5_full[タイプ]:静止壁計算設定[並列数]:お使いのコンピュータのCPUコア数出力代表面積は揚力方向を指定すると自動計算されます。[タイプ]:指定時刻ごと[間隔]:0.1(秒)[全体]タブ:残差,y+値[領域]タブ-[領域]:gen5_full[領域]タブ-[タイプ]:力係数[領域]タブ-[代表速度]:335.28[領域]タブ-[代表長さ]:18.92[領域]タブ-[代表面積]:109.59858633546901(揚力方向)エクスポート[フォーマット]:OpenFOAM 11エクスポートをクリックするとvpcone.zipがダウンロードされますので、これを展開して得られたフォルダvpconeを$FOAM_RUNに配置します。解析実行以下の手順で解析を実行します。$ cd $FOAM_RUN$ cd vpcone$ chmod 755 ./Allclean$ chmod 755 ./Allrun$ ./AllrunparaFoamの起動解析が終了したら、paraFoamを起動します。$ ./paraFoam結果の確認まずはモデル断面のメッシュを確認します。あまり綺麗ではありませんが、そのままです。なぜならば予想と違う結果が出たことでメッシュにこだわる理由を無くしたからです。流速のカラーマップは300m/s〜370m/sの範囲としています。メッシュ流速分布流速分布(3D Glyphs)静圧分布流線表示遷音速の気流中にモデルを置いたことでエッジの効いた形状部分に変化が見られますが、期待した円錐状の”何か”が見当たりません。流れもほぼX軸方向で整っており、とりたてて大きな乱流がモデル周りに生じているように見えません。あえて気になるところと言えば、機体形状の凹凸部分で静圧が低下しているというごく普通の結果だけです。これより、ベイパーコーンは気流とあまり関係なさそうであることが分かりました。考察のようなものOpenFOAMを使えばすべてを明らかにできると思いこんでいましたが、この考えは改めねばなりません。思いついたのは、この記事の冒頭で排除した「音(圧力変動)」が関係しているかも知れないことです。今回のシミュレーションでは音波の影響を考慮していませんので、当然、結果にも反映されません。ここで音の性質を確認しておきます。以下の図は音源が移動した場合に音波がどのように拡散するかを示したものです。音源が静止している場合は全周一様に音が伝わりますが、音源が移動するとその方向に音波が偏り、音速では音源から音が逃れることができずに大きな衝撃波が生じます。超音速(Supersonic)に入るともはや音が音源に追従できず、衝撃が円錐状に広がるようになります。円錐の鋭さは速度に依存し、音速の2倍で移動すると角度θは30°となります。ただし、記事冒頭のベイパーコーンの画像は音速未満の速度で観測されたものですから、雲の形が似ていようとも超音速の計算を当てはめることはできません。しかしながら、遷音速(Transonic)においても音の偏りによって衝撃波は生じていて、急激な気圧変化はすでに始まっているのかも知れません。円錐状の凝結雲がキャノピーなど機体凸部の後方に見えるのは、衝撃波が引き起こした気圧低下に機体横断面積の減少に伴う断熱膨張が重畳され、部分的に冷却効果が強まったためではないかと推測します。以上、ベイパーコーンに興味を持ったために余計なことをしてしまいました。この結論はあくまで推測ですので、正確な情報をお持ちの方がいらっしゃいましたらぜひコメント、ご連絡いただけたらと思います。追記もう少し調べてみたところ、遷音速領域の解析には圧縮性ソルバーsonicFoamやrhoCentralFoam/shockFluid等が適しているとの情報がありました。この手法を今後取り入れてみようと思います。