ステルス性能を解析する
無人機を製作したら、それがどれぐらいレーダーに映るか知りたくなります。ここでは、ブラジル陸軍工兵学校の学生さんが米海軍大学院教授David Jenn氏の開発したレーダー反射断面積解析プログラムPOfacetsを参考に開発したOpen RCSを使用してみます。このソフトは高周波近似解法の一種である物理光学近似(PO)と幾何光学近似(GO)を使用してRCS計算を行います。Python3で動作します。Python3のインストールこちらからPython3の最新版をダウンロードしてお使いのPCにインストールします。現時点での最新バージョンはPython 3.13.0です。Add python.exe to PATHにチェックを入れてどこでもPythonを実行できるようにしておきます。Install Nowでインストールが完了します。Open RCSのインストールこちらからopen-rcs-main.zipをダウンロードして解凍します。フォルダ名をopen-rcsとして作業用フォルダに移動します。Windows11の場合は、C:\Users\ユーザー名\に配置すると良いでしょう。open-rcsフォルダを開き、そこでresultsという名称のフォルダを新規作成します。現バージョンではこのフォルダがないと動作しません。Open RCSの起動コマンドプロンプトを立ち上げ、Open RCSを起動します。初回起動時のみ、動作に必要なライブラリをインストールします。> cd c:\Users\ユーザー名\open-rcs> pip install -r requirements.txt> python openrcs.pyOpen RCSの画面が表示されます。ブラジルで開発されたソフトなので、ユーザーインターフェースはポルトガル語となっています。モノスタティック測定モードとバイスタティック測定モードを切り替えることができます。モノスタティック測定とは、送受信レーダー1基で探知する測定方法です。バイスタティック測定とは、別の場所に配置した送信用、受信用のレーダー2基が連携して探知する測定方法です。Monoestático:モノスタティック測定モードBiestático:バイスタティック測定モードFrequência (GHz):レーダー周波数Distância (m):相関距離Desvio Padrão (m):標準偏差Phi Inicial (º) ~Phi Final (º):Φ角度範囲Passo Phi (º):Φ角度ステップTeta Inicial (º) ~Teta Final (º):θ角度範囲Passo Teta (º):θ角度ステップPolarização:入射波の偏波。平行偏波TM-zまたは垂直偏波TE-zResistividade:材質の電気抵抗率。特定の材料または完全導体材料Upload Modelo (.stl):STLモデルのアップロード画面下側のGerar Resultados do Input Fileボタンを押すと、input_filesフォルダ内の.datファイルが読み込まれて何かしら解析結果が表示されます。毎度これらのパラメータを入力するのが面倒なときは、.datファイルを編集することで時間を節約できます。解析結果の妥当性を確認するまずはOpen RCSを使って意味のある結果が得られるかを確認します。RCSの評価においては、理論値との比較を容易にするため、完全導体材料PEC(Perfect Electric Conductor)を定義します。完全導体球のモノスタティックRCSの理論値は、球の半径a=0.05mと置くと以下の式で与えられます。RCS = πa2= π(0.05)2= 0.007854[m2]これをdBsm単位に変換すると以下の数値になります。RCS = 10log10(0.007854) ≈ -21.049[dBsm]理想的な条件では周波数2.998GHz(波長0.1m)のとき、すべての角度において-21.049dBsmが得られます[1][2]。解析に利用する半径0.05mの球体を用意します。FreeCADで生成できるSTLモデルの精度には限界があるため、商用CADを使用して高精度なSTLモデルを作成し、解析を行いました。画面右下のDownload Arquivo de Dados(データファイルのダウンロード)ボタンをクリックすると、resultsフォルダに数値データファイルを出力します。この.datファイルのRCS Theta (dBsm)を確認すると、概ね-21.043dBsm近辺と理論値に近い値が得られました。続いて、NASAがレーダーターゲットのベンチマークとして考案した円錐球モデルの解析をします[3]。このモデル断面の各部寸法(単位:mm)を以下に示します。こちらも商用CADにて高精度なSTLモデルを作成しました。垂直偏波9GHzにおける円錐球のモノスタティックRCSを解析すると、以下のような結果が得られました。既知の測定結果[3]とよく一致しているように思えます。この結果を見てもまだレーダー波をどの方向からどの方向に向かって走査したのかは分りません。そこで、θおよびΦのパラメータと照射方向の関係性を把握するため3つのパターンでデータを取りました。 以上より、θおよびΦは次の角度を示すことがわかりました。RCSを平方メートルで語ることが多々ありますので、以下の変換式を覚えておくと役立ちます。0dBsm=1m2です。1m2のPEC板に垂直偏波1GHzのレーダー波を照射した場合です。平板のRCSFPは縦a[m]、横b[m]、波長λ[m]として以下の計算式で求めます。RCSFP = 4πa2b2 / λ2 = 4π / (0.3)2 = 139.626[m2] = 21.449[dBsm]正面での解析結果は21.449dBsmであり、理論値と一致しました。最後に、NASAアーモンドと呼ばれるベンチマークターゲット[3]に垂直偏波7GHzのレーダー波を照射した場合です。NASAアーモンドは低RCS形状の代表的なモデルのひとつです。数値データが見つからないため、MATLABのヘルプページ[4]で紹介されているグラフと見比べます。物理光学/幾何光学近似法(PO/GO)の計算結果は正しそうですが、重い計算負荷と引き換えに高精度な結果が得られるモーメント法(MoM)の精度には及ばないようです。高精度な結果を求めるには、モーメント法など厳密解法に対応したソフトウェアが必要だということが分かりました。田中芳樹氏のSF小説『銀河英雄伝説』では、ステルス技術の進歩で艦艇をレーダーで捕捉できなくなった遠い未来が描かれています。物語に登場する銀河帝国軍の最新鋭戦艦ブリュンヒルト(加藤直之氏デザイン)は、NASAアーモンドのような流線型をしています。これはレーダーRCSの観点からとても合理的なデザインだと言えるでしょう。モデルを解析するなかなか使えそうだという手応えがありましたので、Open RCSに付属しているモデルを解析してみます。旅客機や貨物機などの民間機は、用途に応じた形を存分に追求した機体形状なので大抵はレーダーにがっつり映りますし、そうでないと困ります。レーダー反射断面積を気にする航空機といえばやはり軍用機やミサイルです。Open RCSのモデルにもそのような傾向があります。同梱のF-35モデルを解析してみます。機体を上から見て後方から反時計周りに全周を水平走査します。グラフ中央が機体の正面になります。この機体のRCS解析結果はネットで検索するとよく出てきます。製造元がRCSを公表するとは思えないので、これらはどこかの研究機関が勝手に調べたものでしょう。世界最強のステルス機であるがゆえに、諸外国から徹底的にマークされていることが窺えます。得られる結果は機体形状と仮定の表面材質だけで計算したもので、その他のテクノロジーは反映しておらずあくまで参考程度です。一説にはここから電波吸収材RAM(Radar Absorbent Material)によって-10dBsmほど押し下げられ、実機のステルス性能は対Xバンドレーダーで-30dBsm程度になるとされています。ネットで見つけたB-2の無料モデルでも試してみます。全幅52m、全長21mの大型機でありながら、電波吸収材も特殊塗料もない状態ですでに平均-3dBsm=0.5m2のRCSしかありません。ズムウォルト級駆逐艦、水上艦艇もRCS解析の対象です。対するSバンドレーダーは海面反射と吸収の影響が少ない水平偏波です。喫水線下のモデルは削除しています。このブログで作成した無人機のSTLモデル、myUAV.stlもそのまま解析に使えます。以上、色々なモデルでRCSを調べてみました。RCSを考慮した航空機には独特の機能美が感じられます。隠しかたを書いたのなら、見つけかたについても触れておく必要があります。レーダーの探知能力を評価するために利用されるレーダー方程式がこちらです。Rmax:最大探知距離[m]P:送信パルス電力[W]G:アンテナの絶対利得[dB]λ:波長[m]σ:物体のレーダー反射断面積RCS[m2]Smin:最小受信感度MDS(Minimum Detectable Signal)[W]とりあえずこの式を使ってみます。以下のような仕様のLバンド対空レーダー装置を仮定します。送信尖頭電力:5kW送受アンテナ利得:24dBiレーダー周波数:1.5GHz(波長0.2m)最小受信感度:-110dBm関数電卓がないと計算が難しいのですが、こちらの計算サイトにデータを入力すると簡単に求まります。たとえばRCSが-3dBsmの航空機は、この対空レーダーから23.7kmの距離で探知されます。レーダーに軍事技術のようなイメージを持つ方もいらっしゃると思いますが、航空管制や気象観測、近年は乗用車にもミリ波レーダーが搭載されるなどレーダー技術は身近な存在になりつつあります。様々な解像度の球体モデルを作成して比較した結果、良好な解析結果を得るにはできるかぎり高解像度のSTLモデルを作成するのがコツだとわかりました。機体の正確な形状を知っているのは、機体の設計者だけです。模型飛行機やドローンを作った人なら、その過程で使用したCADモデルが手元にあると思います。いまお持ちの機体のステルス性能を検討できる希な立場にあるので、ぜひ一度解析してみると良いでしょう。引用元および参考文献[1] 電子情報通信学会エレクトロニクスシミュレーション研究会http://www.ieice.org/es/est/activities/canonical_problems/[2] 「高周波回路設計におけるシミュレータ活用の勘所 Ⅰ, Ⅱ」Microwave Workshops & Exhibition (MWE) マイクロウェーブワークショップダイジェスト, WS08-10, pp.83-88, 2012年11月29日.[3] H.T. G. Wang, M. L. Sanders, A. C. Woo, and M. J. Schuh."Radar Cross Section Measurement Data, Electromagnetic Code Consortium Benchmark Targets".NWC TM 6985, May 1991.[4] https://jp.mathworks.com/help/antenna/ug/radar-cross-section-benchmarking.html