ゴミ出しに出ると、空を覆う雲で星は僅かしか見えない。痩せた月の周りだけすっぽりと雲がない。気温は意外に低くないようにも感じるが、持ち出せる暖気が足りない季節となりつつあり、ヤッケを用意する。早起きしたが、ゆっくり支度をして出発時間に合わせる。

 マル試走。

 農道、 R477 、 r32 、広農、 R477 筋を菩提寺、 R1 バイパス側道で草津へ越え、草津丘側の路地を伝い、折り返し、駅前から旧河道を湖畔手前まで、南北農道で北上、等々。

 比良の辺りで薄霧。黄砂かスモッグのようでもある。
 寒さで爪先が麻痺する。次があるなら冬靴が必要か。
 r32 永原辺りの街路樹。常緑で枝振りがよい。殺伐とした荒庭の真ん中にこんな木を一本据えられたら、と想う。
 安養寺辻までの広農路上から左手に見える線路で断ち切られた鎮守の森が気になるが、今回も素通りする。
 希望ケ丘の裏を抜ける南北筋を伝う。土曜朝ということもあってか、 R477 (善光寺川筋)の交通量は多くもない。複数の左折レーン箇所あり。やってきた殆どの車が IC の交差点で消える。交通量が少ないと r22 の登坂(八重谷越)は気にならない。ここで体が暖まる。
 菩提寺は直進し、川傍まで進む。セメントヤードの前後に剣呑な砂。
 野洲川の前後から石部までは道が悪く、大幅にペースダウン。
 R1 バイパス側道、広い歩道あり。丘越えだが、登坂を意識せずに越えられる。側道も歩道も通行する車や自転車ナシ。便利な道の筈だがその存在が充分に周知されていないのか、前後の接続が嫌われているのか。
 手原から路地を伝って南下する。走ったことのない道を選ったつもりだったが、見覚えのある箇所が幾つかある。この一帯については複雑なメモを作成したが、幸いにも間違えずに済む。
 旧草津川の河道公園脇の堤防新道をダンプが連なって走っている。折角の良舗装も風前の灯火か。

 走行距離は 130.0km。

 マル試走。痛みは回避不可か。

 堅田から集落道や裏道で石山寺まで南下、南郷の堰を渡り、大戸川を南に迂回し、草津川を越え、栗東から湖畔へ進み、大橋を渡る、等々。

 払暁は冷え込むが、大溝から比良にかけての一帯は気温が高く、山上から麓にかけて厚い霧が湧く。
 堅田から先は通学時間帯と重なる。児童で塞がれる畦道を避け、西の裏道を伝う。
 裏道伝いに西大津まで進む。さらに膳所から先も路地を伝う。通勤時間帯は過ぎつつあるが、保育園や幼稚園へ子供を送るお母さんらの自転車などが少なくない。
 御幸駅先は坂道を横断してから山際の狭い路地を伝う。行き止まりのようだったが、犬走りのような細道で下の路地に通じている。
 高架下の狭い公園に真っ赤な紅葉あり。
 石山寺駅から石山寺まで西側の歩道を伝う。通学時間帯ではないので普通に走れる。ここでも二人(三人)乗りの電動アシスト自転車と何度も擦れ違う。
 南郷はいつものようにバスが群れる。公園の草地を、人を警戒しないセキレイがトコトコと駆ける。
 大戸川沿いは、狭隘区間が改修された為か、ダンプやミキサー車が多過ぎる。新免方面に迂回する。中野の(?)新橋は既に竣工している。
 r2 は相変わらずの悪路で(細かく砕けた舗装が何年もそのまま)大型車や工事車両も多く、馬場集落に迂回する。
 湖畔へ進み、北上する。まだシーズンオフでもあるまいが、その手の自転車とは一度も遭わず。大橋傍の歩道が道路改修で割を喰って狭くなっている。

 この日は最初から最後まで軽いギアで走り続ける。追い風のアシストもあり、巡航ペースはそれなりだった筈だが、数字には出ない。

 走行距離は 126.9km。

 マル試走。今回からサドルカバーなし。

 守山の某橋袂から南下、農幹を二段梯子し、 r26 を国府跡、唐橋を渡り、工業団地から北上して R1 に繋ぎ、大津駅を経て北上する。

 払暁の外気は一桁気温。室温が低く冷えきった身で走りに出ると、暖かい頃よりも寒さへの抵抗力が落ちるように感じる。シャツ二枚を重ね着するが心細い。
 守山の農幹二本は何れも半端な歩道で道幅狭く、舗装が荒れ、通勤路であり通学路でもある。それでも信号が少ないので幹線県道を走るよりはストレスが低い。
 r26 はいつになく道幅が狭く感じる。交通量多く、信号多く、距離がより長く錯覚する。
 畦道から国府跡へ上がる。本来の入り口は判らない。付近には案内もない。低い丘の上辺が平に整地され、四角い溝に囲まれ中央に基礎を示す石が二列に並ぶ、そんな建物の跡らしきものが幾つかある。休憩所らしき建物があるが、復元されたものなのかどうかは判らない。それぞれについて具体的な解説はない。
 この場所は森を切り開いた一画としてあったのだろうか、潅木に四方を囲まれた湿地だったのだろうか。「発掘された遺跡」はそれを調査して荒した我々の文明が滅んでしまえば、その次の文明からは見えなくなる。
 建部に寄り、唐橋を渡る。
 R1 は大型車両が目立つが、交通量は多くもない。大津駅前の広場に中高年ハイカーの(?)大部隊が整列し屯集する。
 西大津で降雨あり。
 比良の山肌が白く煙る。冷たい雨に叩かれる。
 小松の「歩道」を伝う。駅側からの道順案内は無い。

 走行距離は 114.5km。

 マル試走。惨憺たる半日。
 唐橋を渡り、矢橋北から r42 へ移り、野洲川まで北上、堤防を河口まで伝う。
 払暁低温。薄いシャツをもう一枚重ねた服装で出る。
 駐屯地から大津港近くまで渋滞。歩くような速度で車列が滞る。事故ではない。渋滞の先頭もない。競艇場の辺りから先はスムーズに流れている。
 r42 はほぼ全てで赤信号。守山の「移設樹林」は草臥れ枝振りも悪くなっているが、まだ立っている。
 野洲川堤防に文字ペイントあり。東側は R8 交差点を目的地とした距離表示が、西側はありもしない「ビワイチ自転車道云々」とあるのが可笑しい。堤防道は基本的に通行禁止のままだが、いないはずの通行者に向けた「接続案内」が記されている、というのも奇妙ではある。
 北小松のバイパス工事現場の隅に歩行者用通路が出来ている。バイパス着工と歩道整備の順序が逆のようであり、通路そのものも人が辛うじて擦れ違えるほどの狭さではあるが、ともかく「地獄の一本道」に逃げ場が出来たことになる。
 走行距離は 118.7km。

 マル試走続く。
 追坂野口、木之本駅から農道で南下、高月の橋から大通寺まで南下、路地で長浜市街を縦断、農道、米原は農道から線路側道や集落を経て、彦根駅東、芹川、八丁目筋、家棟堤防を豊郷、稲枝、安土越坂、西の湖北、湖畔道、等々。
 出発は遅れる。隣町の多重信号区間で早々に点滅信号の解除となる。
 奥琵琶湖から虎姫にかけての各所で不快事頻発。連続逆走、煽り、警笛、等々。土曜の朝ならそんなものか。
 米原南は工場道路や農道を伝う筈だったが、荒れ舗装道路を直進した為に未舗装路に迷い込み、そんなものがあるとも知らなかった狭い新幹線側道などを伝う。生い茂った草で道幅は狭まり、日陰で、黄色いイタチが闊歩する。集落を経て R8 歩道に出る。隧道を抜ければ彦根市街。
 能登川の外れから農道に移り、そのまま進む。安土山の北に回り込むつもりだったが、そんな道は無く、 r2 で越坂を越え、山際を経て西の湖を南に回ろうとするが、歩行者用道路にランナーが居るのをみて嫌気を覚え、逆の北に回る。ここでも風に逆らっての走行となる。
 反対車線の歩道を時々自転車のグループが北上して行く。玄人か素人かは遠目でもはっきりと判る。
 走行距離は 153.8km。

 マル試走続く。前回に続いてインナー着用。今度こそ無難に、との期待は叶わず、散々な半日となる。
 追坂野口、農道で長浜、ドーム傍から線路を潜り、彦根城、 r2 で愛知川、堤防を五個荘へ南下、きぬがさ南、八幡線路際、農幹道、 R477 、農道、等々。
 五個荘を横断し、きぬがさ山の際を安土方面へすすむ。安土区間ではいつもの地下道を潜らず、その先の歩行者用踏切へ進むが、目の前で遮断機が降りる。やってきたのは貨物列車。
 安曇の某神社の境内の高木に鴬。短いメロディを間隔を開けつつ繰り返し囀る。
 座骨問題は未解決。後半はブレーキ。
 走行距離は 148.9km。

 マル試走。
 追坂野口、木之本から長浜まで農道、長浜市街は路地、彦根まで農道や路地を伝い、彦根は東の造幣所筋を愛知宿方面へ、愛知川から旧中山道、 R477 、農道、等々。
 払暁の気温は八度。低温の為もあってか、早々にフロントディレイラーの隙間落ちあり、レバー戻りもあり。長浜以降ペースが落ち、中山道の前後などは極度のブレーキとなる。
 走行距離は 148.3km。

 マル試走。そろそろ長距離走に出られるかもしれないと、楽観的に走りに出るが、惨憺たる結果となる。
 野洲体育館から北上、広域農道、 r2 、きぬがさ、五個荘、愛知川から米原まで旧中山道、長浜南郊から集落道、姉川堤防を経て、虎姫から高時堤防、野口、知内堤防、等々。

 野洲の(?)広農は相変わらずの割れと歪みの荒れ舗装だが、休日の朝は交通量が少なく、路肩走行に拘らず気楽に走れる。八幡の r2 の信号ストレスも低い。
 愛知宿から旧中山道を北上。日曜朝とあって交通量は少ない。一頃は大荒れだった舗装も随分とよくなっている。
 北陸線の橋脚の前後に三脚を擁する人々が点在する。 SL の走行日だったか。
 高時堤防を北上。桜や新緑の頃ならともかく、秋深まる季節では面白みがない。
 賤ヶ岳のトンネル上の歩道(通学路)をハイカーが連なってゆく。
 今津の湖岸旧道を外国人ハイカーが続々とゆく。旅行代理店式の行軍スタイルではなく、散り散りに、各々戯れつつ、少人数のグループが数キロの長さに展開してゆく。先頭は北部の松原に至っているが、末尾はようやく木津を離れた辺りに居る。走っている連中もいるが、彼らは別のグループかもしれない。ユネスコの某商業ミーティングの参加者達だろうか。

 走行距離は 152.8km。

 マル試走。出口見えず。
 追坂野口、木之本から東へ、国友宮々岩脇、彦根城を西へ、湖畔集落道、石寺、愛知堤防、大中南、あやめ農道、等々。

 払暁低温。しかしマキノ北部では北風に暖気が混じる。
 賤ヶ岳旧道は通行止め看板に但し書きが付いている。
 農道の途中でつむじ風に合う。落ち葉がグルグルと輪を描いて舞い上がる。砂ぼこりが渦を型取る。
 農地の盛大な野焼きの煙りが遥か南の某橋の前後にたちこめ、一帯では酸欠に苦しむ。水路に甲羅干しの亀あり、水鳥が逃げる勢いに動揺したか、激しい動きで水に逃れる。
 地獄は「落ちる」といいながら、今生においてシームレスな存在としてもあり、すでにそこに何歩か足を踏み入れている。その人にとってこの世はすでに地獄なのだ。

 走行距離は 147.2km。