レイは様々なことを学ぶために出逢っています。

 

例えば鏡。

 

レイに感じることは自分にもある面。

 

レイを素敵だと思う面は自分にもある。

レイを嫌だと思う面も自分にもある。

 

 

それを見つめ、自分を中庸にしていくことが

魂の成長と言えます。

 

 

レイに出逢うと

レイの女性は精神世界を学び

レイの男性は現実世界を学びます。

 

 

 

それは決して

精神世界にはまるわけではない。

それは決して現実世界にはまるわけではない。

 

 

両方を取り入れ、両方を生きること、それを元に様々な人々を助け、愛を振り撒くこと。

 

それが神の目的。

 

 

 

決して、それぞれの世界に逃げるわけではない。

 

 

天の生き方、地の生き方。

 

統合させて初めてレイの使命を果たせる。

 

 

 

レイは愛に満ちている。

それだけ過酷な人生を歩んでいるから。

 

 

レイは愛に満ちている。

それだけ人を想う気持ちが強いから。

 

 

 

神はそのようなレイが目覚めることを待っている。

 

本当の愛に目覚め、

対のレイだけではなく

 

様々人を救う使命を果たすことを。

 

 

 

 

この地球に生きる、出逢うべくして出逢ったレイよ。

天と地の生き方を統合させよ。

 

再会には現実世界を生きること、それが必須条件です。

 

そして、再会に向けてチェイサーは、ランナーが戻ってこれる環境を作らなければ

ランナーは戻ってこれません。

 

 

レイの二人が出逢う時、スムーズに結ばれる状況ではないはずです。

普通に出逢い、普通に付き合い、普通に楽しく逢い続け、普通に肉体関係を持ち、

普通に結婚し、普通に子供を授かる・・・

 

ごく一般的な男女の恋愛とはかけ離れたものであるでしょう。

 

※まれに、早くにレイ同士の子供を授かることを決めてきている場合はその限りではありませんが、その場合は子供を授かってから、壮絶な学びが始まります。

 

 

 

普通の恋愛目的ではなく、魂の成長が目的で出逢ったレイは、

既婚の状態で出逢ったり、二人が一緒になれない職業、環境、状況であることが多いです。

 

そのため、二人には大きな愛があるものの、そこにはとてつもない葛藤は生まれます。

 

 

そんな二人が共に歩むためのカギはチェイサーが握っています。

 

 

ランナーが戻ってこれる環境をチェイサーが作る

 

 

現状でお互いが近づいてはならない関係ならば、それを解消しなければなりません。

しかし、その為にやるべきことがあります。

 

 

既婚者の場合、『離婚』という選択をするかもしれません。

近づいてはならない職業の場合『退職』という選択をするかもしれません。

 

しかしレイにおいては、見切り発車、勢いで進めてもツインのプロジェクトは進みません。

 

その前にやるべきことがあるからです。

 

 

今、目の前にあること。

目の前にある、やるべきことがあるはずです。

 

 

 

まずは、今ランナーと近づけない理由になっている環境を終わらせる意志、決意を持って

腹をくくること。

 

その次に、その足場を固めること。

 

ここまで言えば、チェイサーは今何をしなければならないかわかるはずです。

 

ここは感情に流されてはいけません。

しっかり自身の身を固め、環境を整えるのです。

 

 

まずはそこに目を向けていかないと、ランナーはいつまでも戻ってこれません。

 

『待つ』のではありません。

 

待ちながら、成長させるのです。

待ちながら、固めるのです。

待ちながら、整えるのです。

 

待ちながら、決意するのです。

 

待ちながら、愛を育むのです。

 

 

 

 

 

 

 

ランナーだけに限らず、男性はとても理論的、理性的です。

それは現実世界を生き抜くうえで、感情に流されていては対応出来ないからです。

 

女性は感情の生き物。

特にチェイサーは感性豊かで感情レベルで様々なことを考えます。

 

大まかに分けて感情は女性性、理論理性は男性性。

 

チェイサーはランナーに出逢ったことで、現実世界を生き抜くことを学びます。 

感情レベルで考え生きるチェイサーは女性性に偏ります。

ランナーに出逢うことでランナーから理論理性という男性性を学ぶのです。

 

ランナーはチェイサーに出逢ったことで、情緒を学びます。

チェイサーの大きな愛に触れ、愛の大切さを実感します。

ランナーは社会的評価や価値を求め生きているので、そのような表面的なものには代えられない、愛を学ぶのです。

 

 

チェイサーが現実世界での自立を強いられ、

ランナーは愛の世界を受け入れることを強いられる。

これは簡単なことではありません。

 

それは今まで自分が信じていたものを根底から覆し、

大切にしてきたものをすべて手放すことになるからです。

 

ただただ『恐れ』に苛まれます。

 

 

そこに行きつくまでには、泣き叫び、吐くほどの想いを経験しなければなりません。

 

そんな過酷な道を果敢に取り組んでいくことによって、ランナーとチェイサーは次第に距離を近づけられるのです。

 

神は見ています。

レイの勇姿を。

 

神は見ています。

レイの苦しみを。

 

神は見ています。

レイの切なさを。

 

神は見ています。

レイの大きな愛を。。。

 

 

必ず夜は明けます。

 

 

 

 

 

ツインレイにはサイレント期間という、愛し合う2人が引き離される辛い辛い期間があります。

 

それは試練ではありますが、神から与えられた愛の期間とも言えるべき時期。

 

この時期にレイは、深い愛を育みます。

離れていてもお互いを感じる。

何かをしてもらうから愛している、というエゴではなく、

ただ相手の存在を愛している、という無条件の愛を学びます。

 

 

両者は引き離されている時もお互いを愛しています。

潜在意識ではそれを感じることが出来るのです。

 

 

サイレントに入る前はエゴに支配されていて

自分に目を向けることが出来る精神状態ではありません。

 

なぜこうしてくれないのか、どうしてあんな風にしてくれないのか。

 

こうしたエゴはお互いを傷付け合います。

 

エゴに支配されている間は、レイがどんなに努力しようがうまくはいきません。

 

相手に問題があるわけではなく、自分の中に答えがあるからです。

 

 

そうした状態をクリアにするために、サイレント期間はあります。

 

サイレントはトンネルの暗闇の中で、出口の見えないような、

とても長く辛く苦しい期間でもあります。

 

しかし、自分に目を向け、神から与えられた使命に繋がる役目をこなし、

魂に磨きをかけていくことが出来れば、サイレントは最高最善の形で終わります。

 

 

サイレントで大切なのは相手をどうにかしよう、周りをどうにかしよう、

環境・状況をどうにかしようとしないことです。

 

物事は自分で動かすものではありません。

 

レイは神の支配下に置かれています。

 

全ての物事を動かすことが出来るのは神・宇宙のみです。

 

 

エゴを捨てるのです。

ただ、目の前のことに精一杯取り組み、

自分で自分を満たし、

使命を果たせるような人間になるのです。

 

 

サイレントはいったんレイを捨てなければなりません。

レイに目を向けるのではなく、自分に目を向けるのです。

 

捨てるといっても、愛する気持ちは変わりません。

愛してください。レイを愛してください。

 

チェイサーはただ愛すのです。

求めるのではなく、ただ愛す。

信じるのです。ただ信じる。

 

その領域に心が踏み入った時、本当の目覚めが待っています。

 

 

 

 

 

 

レイは出逢うと、否が応でも覚醒のスイッチをお互いが押し合います。


ランナーは現実世界から
チェイサーは精神世界から

二人は目覚めるために
出逢うのです。

それは辛く、苦しい、
長い長い道のりのはじまりでもあります。



チェイサーは精神世界からの覚醒を余儀なくされ、スピリチュアルな世界へと足を踏み入れます。スピリチュアルな情報は自然と入り、意識せずともスピリチュアル的感覚が開花します。


ここでよく陥りやすいのが、
チェイサーの精神世界への逃避です。

レイだから分かってもらえる…
レイだからいつか必ず結ばれる…

たしかにそうでもあります。
しかし、レイだから…ではなく、

エゴがなく、相互理解の状態だからこそ
レイの道が拓けます。
現実をしっかり生き抜いているから
レイの道が拓けます。


チェイサーは精神世界から覚醒の流れを歩みますが、精神世界に生きてはなりません。

精神世界の感覚を悟り、
しっかり現実を生き抜くのです。

チェイサーが精神世界へ逃避しているということは、ランナーは現実世界へ逃避しています。

それは条件付きの愛を求めること。
経済的に安定している自分であるから愛される。
肩書きかある自分であるから愛される。

とランナーは逃避します。


本当はそんなものがなくても愛される。
と悟ることがランナーの覚醒なはずなのにです。



チェイサーがしっかり現実を生き抜くことで、ランナーは無条件の愛に目覚めるでしょう。