こんばんは。
昨日のブログで
私を否定して
私を責めて
私は変わりたくないと
心の奥で叫んでいたこと
反発していたことを
さらっと書きました。
改めて、
今日ノートに書きたくなったので
書いていました。
そうすると私は
失ったものばかり
見ていることに気づきました。
失ったものって
彼氏
愛する人
愛してくれる人
お金
・・・
そればかり見ていた…。
そしてそれを埋めるため
取り戻そうとするかのように
今のわたしを責めて
変わらなきゃっ!!
と自分を追い立てていたんです。
現実を
今を
見ていなかった。
認めることが出来なかった。
そして自分を責めていた。
そりゃー苦しいよね。。。
今を全く見ていないことに
気づいた。
だから
「今を見る」ことにした。
「現実を認める」ことにした。
私の今って、現実って
今は彼氏がいない。
今は借金がある。
今は好きな人がいない。
今は私のこと好きだと言ってくれる人がいない。
ただそれだけ。
私は私のままでいたい。
今の私が
失ったものだけ見ていて
今を見ていないから
何も変わらない。
苦しさは増すばかり。
今までその繰り返しばかり。
けど、今のわたしが私の今を見たら
未来が見えることに気づいた。
あ~
やっと私、スタート地点に立った
そんな気分です。
ここからスタートする!
そのためにも
まずは「今」を認めて
「今」を受け入れていこうと思います。
だらだらと書きましたが
この話し、まだたくさん
私と話したいところがあるので
続きます。
ありがとうございます。
こんばんは。
以前に書いていたブログ、何年も放置したブログを整理して
新たに書き始めようと思いました。
何故かというと、
ひとつは、
「わたしが自分の意見を言えない人」だからです。
そのことに気づいたからです。
だから、自分の思ったこと、気付いたこと、
そして心の奥にある本音をブログを通じて
どんどん出していこうかなと
改めて思いました。
もうひとつは
今、ノート講座を受けていますが
(ノート講座については改めて書きます)
皆さん、それぞれ自分の思いを発信されています。
それで刺激を受けました!
自分の本音を出す場として始めます!!
よろしくお願いします。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
実は、ここ数日、ずーっと沈んでいました。
今年に入って、ノート(自分)に向き合うことを知り、
書き続けている中で
自分が自己否定していることを知って
自分が自分を許せないでいることを知りました。
そんな過程の中で
変わりたくない!と強く思うようになったからです。
そもそも、
人を見下して、私は悪くないと思っていたし
あの人が悪いと周りを責めていて
自分が自己否定している、自分を許せないでいるなんて
思いもしませんでした。
その思いを知って
ノート(自分)と向き合っていると
変わりたくない!って本音が出てきたんです。
だから、ここ数日、
変わりたくないと思っている私を感じながら過ごしました。
根本的には、「私が悪い」と思っていたので
それを埋めるために、変わらなければと
思っている自分がいました。
私を否定して、私を責めて
私に変わりなさいって・・・。
だから私は変わりたくないって
反発していたんだと気づきました!
こんなこと
認めたくなかった。
今日、久しぶりにノートが書けました。
ノートを書くことで少し落ち着いて
そんな自分を認めることが出来ました。
自分の意思で。
まずは第1歩!!
そして少し浮上したので、
誕生日のこの日をスタートとして
ノートを通じて気づいたことなどを
個人の見解だけれど日記として
書いていこうかなと思います。
自分のために。
ありがとうございます。
お盆でお墓参りのため帰省。
車で1時間の所だけど
渋滞で1時間半かかって実家に到着。
そしてお墓まで1時間。
ずっと運転していたので少し疲れていました。
渋滞で疲れている私を気遣ってか
お墓参りが終わって食事をしたら
すぐ帰れと言った年老いた父。
一瞬、いろんな想いが込み上げてしました。
邪魔者みたいに!とか…なんかネガティブな想い。
けど、そう言わせてるのは私かな、と。
そう言わせる態度を取ってるからかな、と。
思えば、いろんな過去があって
まともな会話をしなくなって40年以上。
私が何を考えて感じているか
一度も聞かれたことがありませんでした。
また、父や亡き母は私を所有物のように
扱っていると感じていました。
私の意見や気持ちなど無視して
自分たちの思い通りにならなければ
気が済まない人たちでした。
言葉の暴力、虐待、
今だったら事件になることばかり。
だから、
父や亡き母は私に興味がないと感じてました。
所有物として自分たちが満足できる
状態にしたいんだと感じてました。
今も、
お前は面倒見てくれないから、と
罪悪感をあおる言い方をしている父。
年老いた父に申し訳なく思うものの
どうしても父と普通に接することが
出来ませんでした。
いろんな過去の出来事から
恐怖、激しい嫌悪感、憤りを感じていました。
そして今も、
自分勝手で自分のことしか考えていない言い方には
本当に嫌な気持ちを感じていました。
その言葉で私がどう感じるかは関係なく
ただ自分がそうしたいからしてるだけ、と
言っていました。
どうか、まともな親子のように付き合えればと
思っていました。
そもそもまともってなんでしょう。
私はなんの気負いもなく警戒心もなく
接して笑っていたかったのです。
けど、先日、
さらに嫌な気持ちをつつかれるようなことがあり、
もう諦めることにしました。
父の人生だと。
どうあっても父が歩いてきた結果です。
そんな父を何とかしようと
私が勝手に躍起になって取り繕おうとしてただけ。
だから、諦めました。
何とかできるはずがない、父の人生だと。
そんなんしてたらダメだよ、
そんなふうに接したらダメだよ。
心の中で叫んでいましたが辞めました。
父の人生だと。
私は私の人生を歩むしかない!
そうやって、まだしっかり心の整理が
ついてない中での帰省でした。
相変わらず父は一人で喋ってましたが…
「ご飯食べたら帰り、少しでも休憩したら
余計に疲れるだろうから」と。
何故かそのまま去りがたくて
帰り際に何か言葉をと思いましたが
出てきた言葉は「ありがとう」でした。
「ありがとう」と伝えたら
40年ぶりに父の笑顔を見ました。
今まで、ありがとうと言っても
無表情で「うん」というだけの父。
久しぶりに父の笑顔を見て
何故だか涙が溢れました。
高速での運転中、泣きながら運転していました。
何か伝えなきゃと何故あの時そう思ったのか、
父がそんなに長くないような気がしたのか、
あんな笑顔を見せられて
もしかしたら今までもっと違う見方が
あったのではないかと感じました。
今まで何を見てきたのだろう。
見えてなかったのは私なのかも知れないとも感じました。
何十年かぶりに見た父の笑顔。
温かい笑顔でした。
そこには私が欲しかった親から与えられ愛が
ありました。
私は父がもし他界したら
すごく後悔するかも知れないと思いました。
けど自分が選んだ道です。
前に歩くしかないと思いました。
もう少し時間があるなら、
もう少し歩み寄れるようになりたい…
