私が生体腎移植をしたのは、
1999年11月18日。
1999年って
ニュースで2000年問題がやたら騒がれていましたよねっ。
1999年から2000年になる瞬間。
私は、てっきり病院で過ごすと思っていたんだけど。
ちなみに1998年から1999年になる瞬間は、
病院でした。
発熱でヒーヒーしながら迎えました。
病院っ子の私には珍しくないことで
別になんとも感じてなかったのですが。。。
家族が病院にいるって
すごく大変なことなのにね。
そこら辺、少し麻痺してたかもね。
そんな私でしたが、
12月30日の誕生日は、病院。
誕生日当日は、
研修医くんにイチゴミルクおごってもらったぁ♪
12月31日から1月1日の1泊ですが、
外泊許可が出ましたっ。
え?良いの?ほんとに?って感じでした。
家に帰るだけなのに
しかも、マスクしちゃうからわからないのに
丁寧にお化粧して帰りましたよっ。
家に久々に帰る感じは
何度も経験してるけど、
なんとも言えない懐かしい感じ。
なんとも言えない懐かしさにかられる。
ぶぁ~!と押し寄せてくる感じ。
好きでしたね~。
初めて透析なしで帰る家。
不思議な感じ。
日中はそうでもないけど、
夜、寝るときに
いつもは、ギリギリにトイレに行って
(透析してるわりに尿量だけはあったので)
夜中、機械につないで透析をしていたから
寝るときフリーなのは本当に新鮮でした。
家族と夜遅くまで一緒に過ごして
フリーで寝る。
薬は決まった時間に飲むけど、
それ以外は自由。
夜中、何度も無意識に透析のチューブ探してる私がいました。
本当に不思議な感覚でした。
透析しなくて良いってすごいなぁ♪と
改めて感じました。
そのための外泊だったのかな。
そして、外泊ができると言うことは
退院も近いと言うことですね。
ここまで読んでくださり
ありがとうございました。
つづく
Kirara