最近、これだなって思う事。
意識してみたら楽になって思い通りになった事。

「判断基準は全部、自分。選ぶのも選ばないのも自分。基準はすべて私が感じる快、不快。」

何も享楽的に生きるって話じゃない。
物事の判断を人に委ねないという事。
つまり、「こう思われるから、やめとこう。これをしたら、どう思われるかな。」ていう、人の反応からの逆算の言動はしないという事。
「わたしはこうするけど、それが嫌ならお好きにどうぞ。それで無くなる不自由な関係なら、私には必要ないですよ。」て事。

思いやりや気遣いを欠くのではなく、その時には自分の損得からの言動じゃなく、本心からする。
したければするし、したくなければしない。決めるのは誰でもない自分だけって事。

これを意識的していたら、
自分を大事にする事と同じに思ってきた。人にも何故か前以上に丁寧にされるようになった。

自分の手綱は自分で持つもの。
誰にも預けちゃいけないんだ。

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少し前の8月23日から26日に女子3人で香港へプチトリップ。
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ずっとしゃべって、食べて飲んで。
人生半分以上知ってる仲なわけで、お互いへのツッコミも容赦無い。よそで聞いてたら、喧嘩だと思うだろうなぁ。

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あの頃と違うのは、
片手にパックジュースじゃなく、アルコールになった事。
学校の階段じゃなく、空高いBarになった事。
プチプラコスメじゃなく、ブランドコスメを買う事。


でも会話は、変わらないんだなぁ。
普段それぞれ大人に生きているはずなのに、揃えば傍若無人でかしましい。

女はみんなワガママで乙女。
楽しい旅でした。
ルブタンの約束。
ブレスの誓い。

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解毒された週末。
するする世界が綺麗に見えた。

土曜日。笑い飛ばしてくれる人と、広い場所に響く音楽で余計な考えなんて奪われるくらいに踊って。見た事ないくらいの雷の中で味わった事ない恐怖を共にした。くたくたで帰り道、また友達が集まる場所に寄り道。そこでも下らない事で笑って踊って。
幸せな夜。いつか思い出に変わっても間違いなく皆の幸せを祈ると思う。
感謝の伝え方がわからないけど、両手広げて受け入れてくれる友達がいて幸せ。ありがとう。

日曜日。ながくて濃い時間を過ごした人。きっと死ぬまで尊敬し続けると思う。今も新鮮にいつもわたしに影響を与えてくれる。のんびりして、ご飯を食べてゆっくり話して。きちんと自分が自分に戻る感覚。1番自分らしくいられる。そのままを受け取ってくれる安心感。

大事な人や場所に触れて、さーって浄化された気がした。すとんと帰ってきたような。自分の世界を大事だって実感した。
次の日、すごい何もかも綺麗に見えた。わたしは深いものしか欲しくないんだ。だから苦労してもそれだけ選ぶんだ。


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