もう途中経過を書く暇すらなくて記録も止めてたけど、
帰国して3年
ようやく仕事も落ち着いてきた
まだまだ勉強したいことはあるけど、それは少し落ち着いて、職場環境もまずまずに
子どもたちも成長して以前よりできることが増えて、少しだけ楽になった
帰宅が遅いから寝るまでは毎日戦争 マミーってわずか数時間の間に耳に残るほど呼ばれる
有り難いことに二人ともママ大好きだから取り合いされて本気で困る
賃貸だけど実家も出てなんとか現在の見通しがたったので、もっと未来を考えていかないとと考えつつ
日々の忙しさに忙殺されてる生活
ファミリーサポートの活用や、お祖母ちゃんのサポート、友達の援助とか職場の理解など沢山の人にお世話になってるけど、仕事、家事、育児を365日こなし続けるのはキツイ
通勤時間は途中で記憶が飛ぶため、未だに途中の駅の名前を順番に言えないwww
そんな毎日
2月頃だったか、子供達に会わせろと調停をおこされた。
子供がOKならどうぞ私抜きで会ってくださいといっても、娘が拒否してるから難しい。
息子は帰国してから1度も会話してないのに何故か会いたいメンバーに加えられていた・・・心象良くするため?
調停員にも私に言うより子供に気持ちを確認して望むなら会わせてOKと何度も伝えてきた。
7月に調査が入った時も同じように伝えてた。
そして10月。
相手が調停員へ告げた内容を確認すると、何でこんな事になっているのか理解できない。全て私が仕組んでいる。子供を洗脳している。それを思うといたたまれず怒りが込み上げてくるなどと、私への恨みが語られていた。
自分は仕事であまり帰国できないから、帰国のタイミングに合わせて複数回会えるように調整したいと。
3年経ってまだ同じことを言っている…恐怖しかない。
その日の夜、久々に弁護士からの連絡。
すごく手続きが遅くなったけど、裁判の準備が整いました。
どうされますか?
夫婦ってのは色々な事を乗り越えて最後に思い出話として過去を語らうもの??そうなる可能性もゼロではない?
夫婦とはなんぞや?
と、考えたりもしたけど、調査書の内容に解決の糸口を全く見いだせない以上、先を考えるなんて時間の無駄だと確信
よろしくお願いしますと裁判の申請を依頼しました。