Bさんのコメント
>言う事は立派で他人を偉そうに指導したりさばいたりするが本人が
>全然それをしていないというばかばかしい光景は沢山見ました
確かにそう。
モルモンの指導者が間違いをおかしたとき、彼らは一様に同じような回答の仕方を示す。
それはこうである。
「私も不完全です。間違いを犯す、人間です」
そりゃ、わかってますがな。
私がいいたいのは、指導者にきっちりした責任の取り方ができる人はいないのだろうか、ということ。
私も、モルモンの指導者が、不完全な人間たちのあつまりであることくらい、理解している。
だが問題なのは、
1 不完全なものが不完全なものを指導する。
↓
2 当然のごとく、誤りを犯す。
↓
3 不完全がゆえに過ちをおかしたものは、誤りを認め、
↓
4 謝罪し、
↓
5 そしてともに成長してゆく。
と、いう、パターンをとっていくはずである、と思う。
ところが、モルモンの問題は3までは行くが(行かない人も多数見てきた)、ほとんどの場合、3以降へは到達しない、ということだ。
彼らの言い分は、先に述べたような「不完全さ」を強調し、一応は許しを請う(何度もいうがそこまで到達しない指導者も沢山いる)。
しかしその後、悪いのはすべて自分の不完全さのせいにして、教え(あるいは他の指導者の指導)が間違っているとは、口が裂けてもいわないことである。
某日本人長老の狂乱のバプテスマなどは、私は完全に失敗だったと思うし、活発会員の中にも、それが謝りだったことを認める会員は、大勢いるのだ。
だが、教会の方針としては、それも主の御心だったなどと、どうでもいい見方をしている指導者が今でも沢山いるのも事実だ。
「教会はそうやって失敗して成長していく」などと、のんきなことをいっている方も大勢いる。
ところが、その失敗のために傷ついた人間が沢山いるのだ。
それは、その計画に関わった人の不完全さによるものなのか? もしくは計画自体がおかしかったのか。ここはモルモンでは議論されないのだ。
指導者の教え、イコール、神の啓示だからだ。
私がいつまでたってもモルモンがモルモンたりえている、もしくは成長がないと思うのは、そこである。
「失敗を認めない」
このことは、教会にとってのガンであり、成長を妨げるバリケードのようなものである。
はっきりいって失敗したのは、指導者が自分の考えを神の考えだと誤解して、行った指導のせいではないのだろうか?
そして指導した人物は、これだけの不活発会員をだしたことに対して、それを認めなければいけない。私もその中の一人の不活発会員である。だから声を大にして発言する権利がある。
指導者の中には、神の啓示と自分の考えとが混同している指導者がたくさんいる。
そのために混乱していくのは、もうウンザリである。
その長老の計画で「ジョセフ・スミス・クラブ」伝道で改宗したある人は、その後すぐ不活発になり、神に不審を抱いて、おかしくなってしまった。
教会なら、その人がおかしくなったのは、もとからそういう芽がその人の中にあったのであって、決して教会がおかしかったなどとは、いわないだろう。
私たち「ジョセフ・スミス・不活発クラブ」の会員がいいたいことは、つまりはこういうことだ。
間違っていたことを間違っていたと認めない限り、神に敵対するものを作り出した罪で、あなた方こそ地獄の業火に焼かれるであろう、ということだ。
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と、まあ、かなり今日は辛らつな口調になってしまったけれど。
実際、教会を不活発になった人がおかしくなっていくのを、私は見てきました。
それに対して教会側が、何も責任をとらず、こちらに責任の萌芽が最初から存在していたという、詭弁を聞くのが耐えられないのであります。
最初からおかしかった、と教会側はいうのですが、最初からおかしい人間をどうして神は創造されるのでしょうか? 私の信じる神とは、そんなものではありません。