彼と顔を合わせない日々が、ふたたび始まった。

廊下を歩いても、郵便受けを開けても、エレベーターの扉が開いても、そこに彼の姿はない。


会わないことが当たり前のはずなのに、一度“触れそうになった”指先の記憶が、余計に鮮やかに残っている。

心の奥に、小さな火種のような熱を抱えたまま、私は日常を過ごしている。


夫のスマホに浮かんだ不自然な通知。

美咲の告白。

そして、あの夜の息づかい。


そのすべてが、織り交ざりながら私の中で静かにうねっている。

けれど——。


もう少し、この気持ちを自分の中で抱えたまま、静かに暮らしていこう。

そう決めることが、今の私にできる唯一の選択なのかもしれない。


今日も鍋の湯気の向こうに、いつもの家族がいる。

その光景を見ていると、私はまだ「妻」であり「母」であることを思い出せる。


でも、その奥で「女」である自分が、ほんの少しだけ微笑んでいるのを感じてしまうのだった。





🟢【次回予告】

【第32話】母として、女として、そして私として。

由美子の人生は続いていく…




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