つづき

直火焼きの刑みたいな怒られ方って、多分通常の神経の持ち主なら誰でも嫌だと思う。だってさ、熱いし痛いし。

例に違わず俺もそうだった。

この刑はお灸を山状にして手の甲に置いて、その山の上に着火。そうするとジワリジワリ火が下に伝わって、最終的に手を焼かれるんだけど…この火が下に伝わってる間の時間が恐怖過ぎるんだよ。

と言う訳で、怒られない為に必要な最低限の努力(勉強)はした。つっても親の機嫌を損ねない様にやってただけだから、やっぱり強いられてるって表現になっちゃうよね。

でも今になって思えば、あの親の厳しい指導には感謝してるんだよ。あれ無ければガチでダメ人間になってたかも知れないし(笑)

ただ、余りにも厳しく子育てをされると「親に従って生きる事が正解」っていう錯覚に陥っちゃう。

親に従う事は良い事なのかも知れないけど、当然裏目に出ることもある。俺がそうだったみたいにね。

つづく
つづき

ダラダラした生活を送って努力をする動機を見付けられずにいた俺でも、多少の努力はしたんだよ。

いや…させられたっつうか、強いられたっつうか。

強いたのは親。

俺の親は、自分達が良しとする道筋に子供達を乗せる為になら半ば強引な手段を使ったとしても、それが将来子供達の為になるのだから仕方無い、っつう方針の子育てをしてきた様に思える。厳しかったからね、めちゃめちゃ(笑)

俺の親は学生の俺に「勉強を頑張れ」と言ったんだけど、それが道筋だった。

その道筋から外れようもんなら、つまり学校の試験で悪い結果を出そうもんならこっぴどくやられたもんだよ。色々な手段でね。

その中には今の時代なら間違いなく「虐待」って言われるようなものもあってさ、お灸を手の甲に置いて、それに火を付けて火傷をさせるって刑もあったなぁ。あれは酷かった…。

つづく
つづき

俺達(ロストジェネレーション以降の世代ね)が生きている今の日本って、昔みたいな「国民総中流社会」じゃ無いよね。

ただ育った頃の社会の常識・考え方は「国民総中流社会」のそれだったんだよ。丁度過渡期ってところかな。

社会に出てサラリーマンにさえなれば終身雇用で将来は安泰。大きな失敗をしない限り、安定した普通の生活が送れる。そんな考え方。

まぁバブル経済が終わった時には、「大きな失敗をしない限り」の後に「会社が潰れなければ」がプラスされた訳だけどさ。

でもその考え方って半ば社会主義的だよね。実際にその中で生きてた俺にとって、将来の為に努力する理由ってあんまり考えられなかったんだよ。

努力せずともそれなりの未来が開けている様な気がしたんだ。

てな訳で、がむしゃらに努力する必要性を感じなかったので、ダラダラで自堕落な生活を続けてました。

でもそれた自分が思い描いた将来に向かって自ら望んでやってた事なんだよね。

つづく