欧米ではいろんな料理にオリーブオイルをかける習慣がある。オリーブオイルに含まれるオレイン酸には動脈硬化を防ぐ効果があるため、心臓病の発症率を下げる効果があるからだ。ところが日本人は欧米人と比べて脂質の代謝が苦手なため、向こうの食文化を真似して大量にオリーブオイルを摂取すると、生活習慣病の発症リスクがメリットを上回ってしまう。そもそも日本人は欧米人と比べて心臓病の発症率が低いため、オレイン酸の摂取は必須ではない。せっかく健康のために取り入れても、それで不健康になってしまっては意味がないのだ。
サッカーも同じで、せっかく素晴らしい育成理論を取り入れても、それでパフォーマンスを落としてしまっては意味がない。今回のテーマである利き足と両足の論争も、そのメリットとデメリットをしっかりと理解した上で、自分のプレースタイルと照らし合わせて取捨選択していくことが大切だろう。それではまず利き足理論について整理してみたい。僕の知っている範囲では次の3つに分類できると思う。
1つ目は川崎フロンターレのアカデミーで三笘薫選手に教えたという利き足理論で、縦に運ぶドリブルの姿勢からスピードを落とさずに繰り出すキックが特徴だろう。具体的には利き足のアウトフロントキックを多用するスタイルで、逆足のインフロントキックよりも利き足のアウトフロントキックの方が強く正確に蹴れるという考え方だ。そこについては個人差があると思うけど、アウトフロントキックは小さい予備動作で強い回転を掛けられるため、ドリブルで縦に運んでいる場面で使う飛び道具としては有効だと思う。ただしアウトフロントキックで曲げるには強い筋力が必要なため、高校生でも少し厳しいかもしれない。この理論を体現している三笘選手がサイドで活躍していることから、サイドアタッカー向きの理論だと思う。
2つ目は常に利き足でプレーすることでパフォーマンスが向上するという考え方で、こっちが利き足理論の主流派になると思う。例えば利き足も逆足も両方80点の選手より、逆足が0点でも利き足が100点の選手の方が、より高いステージで戦える可能性がある、という発想である。そして利き足に特化するためには、ボールの置き所を工夫して利き足の使用率を高める必要があって、これにより100点満点の利き足が火を吹くのだろう。とても理に適ったメソッドだと思うけど、1つだけ見落としている点がある。それは同じ指導を受けて同じ練習を同じだけ積み重ねた子供でも、才能の差による到達点が違うということだ。
クリロナのように時速140キロのシュートを打てる強さも、メッシのように超人的なボールコントロールを発揮できる上手さも、利き足に特化することで誰もが到達できる訳ではない。例えば全盛期の小野伸二選手のテクニックに努力だけで到達できるなんて誰も思わないだろう。昔TV番組で中村俊輔選手が語ったエピソードがある。うろ覚えで申し訳ないのだけど、トップレベルのGKが反応できる限界が時速120キロで、非力な中村選手はフリーキックでその球速を出せないため曲げていると言う。つまり時速120キロがトップレベルで通用するキック力の境界線なのだ。おそらく数値化できないテクニックにも境界線があって、それらを越えられるのは一握りの天才にしか許されない。だから中村選手はフリーキックを曲げることでトップレベルの壁を突破したのだ。そして才能の限界が60点しかない子供なら逆足を鍛えて補えばいいのだ。
そもそもサッカーの最先端である欧州のスカウティングレポートにて、両利きを最高評価としていることからも、利き足理論が机上の空論であることが分かるだろう。海外では完全にサッカーがビジネス主導で、将来性のある子供を発掘して巨万の富を生み出している。得体の知れない子供の才能に億単位のお金を動かすのだから、組織を納得させられるだけのデータやエビデンスも準備しているはずで、そんなガチのスカウトマンが両利きを最高評価としているのだ。彼らの集めた膨大なデータと分析結果を見ることはできなくても、その結論を察することはできる。
とはいえ欧州で活躍するトップ選手のプレーを見ていると、逆足を一切使わずラボーナで切り抜けるシーンも珍しくない。だけどそんな上澄みだけを見て、利き足に特化すれば同じレベルに到達できると考えるのは短慮だろう。現実は逆足なんて教わることもないストリート出身の子供達の中から、一握りの化け物がチャンスを掴んで欧州に渡ったと考えるのが自然だ。彼らは生まれつき凄まじい才能があったから活躍したのであって、利き足に特化したから才能が開花したのではない。なぜなら彼らの成功の陰には、利き足に特化してもチャンスを掴めなかった数多の子供達がいて、彼らは今もストリートに残されているのだから。
とはいえトレーニングメソッドとしては秀逸で、取り入れるべき部分がたくさんあると思う。まずボールの置き所に拘ることで間違いなく次のプレーの質は向上するし、自分のストロングポイントを発揮できる位置にボールを置くことはとても重要だ。例えばベッカムのようにインフロントキックで曲げる選手は利き足のやや外側にボールを置くだろうし、ジェラードのようにインステップキックでミドルシュートを狙う選手は利き足のやや前方に置くだろう。またドリブルで勝負したい選手は相手が飛び込めない足元深くに置くだろう。次のプレー次第でボールの置き所がボール1個分は変わるため、トラップ技術の向上にも期待できると思う。また次のプレーを考えるということは、例えば負けている場面ならミドルシュート、押し込まれている場面なら縦に運ぶドリブル、前線で孤立している場面ならボールキープといった状況判断の向上にも期待できるだろう。
ちなみに意図的に利き足の使用率を高めることで、より精度の高いボールを供給できるという考え方は、欧州のトップレベルで多くの選手が取り入れていると思う。例えばイニエスタが利き足を95%も使うことは有名で、同じくメッシも利き足を10:1の割合で使うと言う。またクラシコなど大きな試合では更に利き足の使用率が高まるとも言われており、彼らが意図的に利き足で勝負していることを示している。そして面白いのは格下相手になると利き足の使用率がガクッと低下することで、常に利き足でプレーするのは消耗が激しいのだろう。実際に僕もこの利き足理論を試してみると、ボールを受ける際の位置取りや身体の向きを工夫し続ける必要があるため、確かに90分間これを継続するとしたら頭が疲れると思う。ちなみボールを利き足側に置くだけなら特に難しい技術を要することもないため、大人でも慣れれば取り入れられるアイデアだと思う。
3つ目は逆足を軸足に特化させるという考え方で、おそらく野球や格闘技のような型のあるスポーツから派生してきた理論だと思う。軸足を強固に鍛えることでキックとフィジカルが強くなるという考え方だろう。ただしキックについては軸足を抜くスタイルが主流になりつつあって、フィジカルもボディバランスを強化する方が360度からコンタクトを受けるサッカーには向いているため、軸足で踏ん張るというスタイルは時代遅れのように思う。とはいえ身長2m体重120kgのセンターFWがこの理論で軸足を鍛えたら、間違いなくゴール前で無双するとも思う。もし自分のストロングポイントに合致するなら取り入れてみるのも面白いだろう。
さて利き足理論について整理してきたけど、いろんな考え方があって興味深い。続いて両足派についても整理してみよう。こちらは理論というより逆足を鍛えるメリットとデメリットの話になると思う。
まず前提条件として、生まれつきの両利きは全体の1%程度しかおらず、両手を使える人の大半が後天的に逆手の運動能力を習得した状態で、これをクロスドミナンスと呼ぶ。このクロスドミナンスは左利きのほぼ全数にあたり、全体の10%程度と意外に多い。その理由は文字や道具が右利き中心に作られているため、左利きの子供は学校等で後天的に右手を発達させるからだ。これは逆手の習得に才能の影響が少ないことを示していて、逆足も同じと考えて大丈夫だろう。そして両足派とはこのクロスドミナンスの状態、つまりボールが右側にある時は右足で、左側にある時は左足で、左右遜色なく扱える状態が目標だと言える。小さい頃に利き手を矯正された子供が右手で上手に文字を書けるように、幼少期であれば利き足と遜色ない器用さと運動能力を得られる可能性は十分にあると思う。ちなみに脳トレの一環で僕も逆手を使ってみたことがあるけど、大人になってから細かい動作を習得するのは難しいと感じた。おそらく神経系が完成する小学生あたりが習得のリミットかもしれない。
次にクロスドミナンスの具体的なメリットを考えてみよう。パッと思い浮かぶのはゴール前で利き足に持ち替えて、モタモタして打ちきれない場面だろう。もし逆足で強いシュートを打てたら、もっとゴールを奪えたかもしれない。実際にペナルティエリア内で勝負するタイプの、いわゆるボックスストライカーは逆足でも強いシュートを打てる印象がある。だけど1.5列目やウイングになると利き足に特化したタイプの選手が増えてくる。おそらくペナルティエリアを分水嶺にして、利き足で打てるメリットが持ち替えるデメリットを上回るのだろう。もちろんクリロナのようにどんな体勢からでも左右関係なくゴールを打ち抜けたら最高だけど、実際は持って生まれた体格や筋力がある。逆足で強いシュートを打てない選手は、デルピエロのように利き足でコントロールしたシュートを打つ方が得点に繋がる確率が高いのだろう。
また近年はCBも利き足の影響を受けつつある。例えば今夏に京都サンガに所属する喜多壱也選手が渡欧したのだけど、久保建英選手も所属するリーガ・エスパニョーラの強豪チームがJリーグで出場経験のない若手DFを青田買いしたのだ。実は喜多選手は左利きCBで、海外で活躍する日本代表の伊藤洋輝選手や町田浩樹選手も左利きCBだ。近年の欧州では戦術的な理由で左利きCBの需要が高く、よくあるビルドアップの形では左SBが上がって左CBが左サイドに開くため、左CBが左利きだとセーフティにビルドアップできるアドバンテージがある。一般的に左利きの割合は全体の10%程度なので、極論だけどポジション争いにおいて左利きCBは右利きCBと比べて1/9の競争率になるし、左利きという理由で多少の実力差を覆してプロになるケースも増えるかもしれない。ではもし両足を遜色なく使えるCBがいたら、間違いなく大きなアドバンテージになるだろう。
さて利き足派と両足派の双方のメリットとデメリットを見てきたけど、どちらが正解かを争うよりも、両方の良い部分を取り入れるのがベストだと思う。まずは神経系の発達が見込める小学生から、自然と逆足を使うドリブル練習などでクロスドミナンスを目指してみると良いだろう。逆足キックは玩具の軽いゴムボールなどでフォームを作っていくのもアリだと思う。またすぐにシュートを打てる位置にトラップする意識付けも有効だろう。大切なのは遊びの中で自然に習得していくことで、どれだけ素晴らしいメソッドでも、大人が無理を強いた途端に子供は本来の輝きを失ってしまう。
僕達トンビは大きなタカを育てようとしているのだ。トンビが教えれば教えるほど、純粋無垢なタカはトンビのように振る舞うだろう。そしてもっと高く飛べるはずだったタカも、もっと速く飛べるはずだったタカも、トンビと同じように低くゆっくりと飛ぶだろう。だからタカは自由に飛ばせないといけない、もっと高くもっと速く飛べるように。そのためにはタカが誰にも邪魔されずに自由に羽ばたける環境が必要で、それこそが僕達トンビの役割だと思う。そしてもし僕達トンビがタカに何かを教えるとしたら、最初のほんの小さなキッカケだけだろう。
そうすればきっと僕達の小さなタカは、手の届かないくらい遥か高くへと力強く羽ばたくのだと思う。
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