カラスノエンドウの日記 -34ページ目

カラスノエンドウの日記

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5月スタートにつき、ジョギングを再開した。

5月1日 4km 36分10秒
5月2日 4km 35分

・・・

3日坊主まであと一日というところで、本日挫折した。


というわけで、この3日間の出来事をかく。

1日 特に何もなし。
2日 お向かいのおじいさんが、亡くなった
3日 畑のきゅうりの苗が枯れた。


お向かいのおじいさんは、浴槽でおぼれたらしく、裏に住んでいる息子さんが見に行ったら亡くなっていたそうだ。
朝仕事していたらお向かいの家の前に救急車が止まった。サイレンは鳴らしていなかった。
担架をおろしたが、救急隊員もどこかのんびりしていて、ちっとも急患らしくない。

空っぽの担架の前で隊員同士何か話をしていると思ったら、そのうち警察官が2人きた。

カラの担架を救急車に積みなおして、サイレンを鳴らすこともなく静かに帰って行った。


・・・


だから、おじいさんは大したことなかったんだろうと思った。大事をとって救急車を呼んだけど、大したことないから そのままお引き取り願ったんだろう・・・


そう思ったんだけど、なぜか警察官が2人残っている。

車を取りに駐車場に行くとき、息子さんがいたので聞いてみた。

「大丈夫ですか?」

「だめ。朝様子を見に行ったら、風呂場で動かなくなっていた」


「あ・・・」

亡くなってたとは想像だにしなかったので、言葉に詰まった。

息子さんとおじいさんの家は隣同士。
うちは道路を隔ててお向かい。

つまり直線距離にして10mも離れていない距離に 若い?ひとがこれだけいるにもかかわらず、助けられなかった・・・



ほんの数メートルの距離・・・
気がつかなかったとしか言いようがないのだけれど、気がつけば当然助けられたはずだし、老人世帯ということで会えば挨拶などして多少なりとも気にかけていたつもりだったけど・・・


・・・



こういうのも孤独死のうちに入るのだろうか・・・


息子さんは大工さんなので、手すりを作ったりバリアフリーにしてた。


他人の自分でさえ、これだけやりきれない気分なんだから、息子さんはどれだけ悔しいだろう・・・



実家の父母の暮らし方を ジョギングしながら思い返してみた。

実家のふろの湯船は、広くて少し浅く、浴槽の床はザラザラしたすべり止めが付いている。湯船の片側は垂直ではなく、ゆるい傾斜が付いている。壁に手すりが付いている。


浴槽の中でバランスを崩しても、自力で這い上がれるような作りになっている・・・と考えていいのだろうか?

浴室のタイルもざらついているのは、転倒防止か?脱衣場と浴室に段差はない。


だから大丈夫という風に考えてもよいのだけれど、それでもやはり、想定外の何かが起こったとき、気がつかないという点では お向かいのおじいさんと大した違いはないと思った。

妹が同居しているし、父と母、2人いるから、何かあっても誰かしら気がつくとは思うのだけど・・・



「湯船の手すりにロープか何かをたらして、命綱の代わりにしよう」とか、「大きめのベルなど置いて動けなくなった時誰かに助けを呼べるようにしたら?」と提案したら、母曰く

「風呂場が汚らしく見えるので厭だ」

だそうだ・・・



20歳から40歳までの20年は、あっという間だったので、たぶんこれから先の20年もあっという間だろう・・・

自分は今44歳である。

60代半ばになって、父母が健在なら、いわゆる老老介護ということが現実に起こるのだろう。

20代、30代のころは両親もまだ元気な場合が多いから、自分の親が年をとって更に自分も年をとった状態など考えもしない・・・


住む場所、仕事の内容、勤務地、家族構成など年をとればとるほど 融通が利かなくなる。

若いうちに少しでも考えておいたほうがよいのだけど、20代30代のときにはその年齢に特有の問題があるのも事実で、そこまで考えられないのが現実だろう。



どうすればいいのやら・・・