罪と死 聖書 ローマ人への手紙5章12節
「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、、それというのも全人類が罪を犯したからです。」人が死ぬということは誰もが認めることです。しかし、その日がいつなのかは誰も知りません。もし、あなたが医者から「あなたはガンです。今の医学では治すことができず、あと数か月しか生きることができません。」と言われたなら、どのような将来の計画をも立てることができないでしょう。その前に死と向き合って、ガンに克服する方法を考えるはずです。もし、死が単なる自然の営みであるなら、だれも死を恐れることはないのです。むしろ、死は、社会のいろいろな悲劇、悩みや苦しみからの逃れの場所であり、死は救いの瞬間であると思います。しかし、多くの人は死を恐れ、年を取れば死にたくないという声を聴くのはどうしてなのでしょうか。それは、死は私たちを造られた神様に合う瞬間であるからなのです。死が怖いのは、この神様に対して罪を犯した私たち人間は、自分が持っている罪を裁かれる思いが潜在的に持っているからではないでしょうか。死は罪を犯した私たちに対する神様の裁きであると聖書は語っているのです。